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目、閉じてください

Autor: Amy
last update Fecha de publicación: 2026-09-21 07:54:31

午前10時05分。

小さなコーヒー焙煎所の前に、

「香り当て体験 5分」

という看板が出ていた。

連休の朝。

急ぐ予定もない。

私はなんとなく入った。

店の奥には、30代前半くらいの男性。

黒いエプロン。

白いシャツ。

袖は肘までまくっている。

「体験ですか?」

「はい。5分なら」

「じゃあ3種類だけ」

彼は小さな瓶を3つ並べた。

中には挽いた豆。

「目、閉じてください」

「いきなり?」

「香りだけで当てるので」

「見ちゃだめ?」

「見たら意味ないです」

仕方なく目を閉じる。

視界がなくなると、急に店の音が近くなる。

ミルの低い音。

カップが触れる音。

そして。

「近づけますね」

声が思ったより近い。

「はい」

鼻の前に瓶が来たらしい。

深く吸う。

香ばしい。

少し甘い。

「チョコ?」

「惜しい」

「コーヒーなのに?」

彼が笑う気配。

「もう1回」

瓶が少し離れて、また近づく。

今度は彼の指先が、鼻先のすぐ下にある気配がする。

見えないぶん、変に意識する。

「何か分かります?」

「……ナッツ?」

「正解」

「ほんと?」

「開けていいですよ」

目を開ける。

彼の顔が、思ったより近くにあった。

「近い」

思わず言う。

「香り届かないと困るので」

さらっと返される。

彼は1歩下がった。

次の瓶。

「また閉じて」

「はいはい」

目を閉じる。

今度は少し緊張する。

「そんなに警戒しなくても」

「してません」

「眉間に出てます」

「見えてるのずるい」

「僕は開けてていいので」

低く笑う声。

2つ目は柑橘っぽい。

「オレンジ?」

「正解」

「簡単」

「じゃあ最後難しくします」

瓶ではなく、今度はカップらしい。

ふわっと香りが来る。

柔らかい。

少し花みたい。

私は考える。

「これ、コーヒー?」

「コーヒーです」

「香水みたい」

「そういう豆もあります」

「分からない」

「ヒント出します?」

「お願いします」

一瞬、間。

それから、

「春っぽい香り」

耳の近くで言われた。

近い。

さっきより近い。

思わず目を開ける。

彼も少し驚いた顔。

「開けましたね」

「今のは反則」

「ヒントですけど」

「耳元じゃなくていいでしょ」

「小声のほうが集中できるかなと」

本当?

絶対少し楽しんでいる。

彼が笑う。

「答えはジャスミン系です」

「分かるわけない」

「でも、かなり近かったですよ」

「香水って言っただけ」

「それで十分」

彼はそのカップにお湯を足した。

「飲みます?」

「いいんですか?」

「体験のおまけ」

渡されたカップを受け取る。

指先が少し触れる。

一瞬。

でも、さっき目を閉じていたせいか、いつもよりはっきり感じた。

一口飲む。

軽い。

苦すぎない。

「おいしい」

「でしょう」

「これなら朝でも飲める」

「朝用に買っていきます?」

「営業?」

「半分」

「残り半分は?」

彼は少し考えて、

「また目閉じてもらいたいので」

さらっと言った。

私はカップを持ったまま止まる。

「そういうこと言うんだ」

「たまに」

「慣れてる?」

「全然」

「信じない」

彼が笑う。

結局、豆を100グラムだけ買った。

彼が袋に豆を入れながら聞く。

「普段、朝は何飲むんですか?」

「だいたい適当。水の日もある」

「それは飲み物というより、生存確認ですね」

「朝は生きてれば十分です」

「それ、結構好きです」

何が好きなのか聞く前に、彼は袋の口を折ってシールを貼った。

「じゃあ今日は少しだけ、いい朝にしてください」

そう言って渡された紙袋は、まだほんのり温かい。

帰り際。

「家で香り当てしてもいいですよ」

「1人で?」

「目閉じたままお湯こぼさないでくださいね」

「危ない」

「じゃあまた店で」

最後まで営業なのか、そうじゃないのか分からない。

でも、連休の朝にはその曖昧さくらいがちょうどよかった。

紙袋から、さっきの花みたいな香りがする。

今日はこれを持って帰ろう。

****

予定のない朝に、好きな香りが1つ増えたらそれで十分。

今日は急がなくていいから、ゆっくり自分のペースでね。

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Comentarios (1)
goodnovel comment avatar
面白い発想大好き
作者さんも連休ゆっくりしていますか^_^
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