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第4話

Penulis: 狐坂
家に帰ると、リビングにはまだ明かりがついていた。テーブルには、新しいケーキが置かれていた。

今度は、チョコレートプレートにこう書かれていた。

【4周年おめでとう!夕花、もう機嫌直して】

ダイニングテーブルの脇に立っていた時哉が、指輪の箱を取り出した。

「今日は言いすぎた」

その指輪は、以前私が何気なく褒めたデザインだった。

時哉はすべて覚えていたのだ。

それなのに、どうして時哉はいつも、私がすっかり失望しきるまで待ってから、それを持ち出してなだめるのだろう。

私は顔をそむけ、返事をしなかった。

時哉はしばらく黙ったあと、うつむいて指輪の箱を開け、声を和らげた。

「もう1度だけ信じてくれ。来週は、絶対に遅れない」

けれど次の瞬間、時哉がテーブルに置いたスマートフォンの画面が明るくなった。

詩乃からメッセージが届いていた。

【時哉、コメント欄でみんなに浮気相手だって責められてる】

【私、もう本当に耐えられない】

【夕花はまだ怒ってるの?ひと言だけ説明してもらえないかな?】

時哉はすぐに画面を消した。

私は時哉を見た。

時哉は私の視線を避け、指輪の箱を閉じた。

「SNSに投稿してくれ。今日、婚姻届を出せなかったのは、夕花の体調が悪かったからだと」

私は小さく笑った。結局、詩乃が招いた騒ぎの後始末を私にさせたいのだ。

私は指輪を押し返した。

「投稿しないよ」

時哉の顔がたちまち険しくなった。

「詩乃は明日、チャリティー活動のイメージ審査を受ける。こんな話が広まったら、大きな影響が出る。夕花、これ以上みっともない騒ぎにするな」

時哉は歩み寄り、私の肩をつかんだ。

「ひと言投稿すれば、ウェディングフォトも、結婚式も、婚姻届も、全部予定どおりにする。夕花のお母さんにも、俺から説明する」

「お母さん」という言葉を聞き、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

「お母さんに何を言ったの?」

時哉は私の視線を避けた。

「午前中に、入籍のことを聞かれた。夕花の気持ちが不安定で、急に日程を変えたと答えた」

私はその場で固まった。

お母さんは昨夜、夜通しアルバムをめくり、おばあちゃんがくれたブレスレットを着けるかと私に尋ねていた。

婚姻届を出すのはめでたいことだから、ちゃんと華やかにしないとね、とお母さんは言った。

けれど時哉の話では、私が情緒不安定になって、急に予定を変えたことになっていた。

「どうしてそんなことを言ったの?」

時哉の表情も冷たくなった。

「ほかにどう言えばいい?詩乃の具合が悪くなって病院へ連れていき、夕花を1人で役所に残したとでも言うのか?」

「それが事実でしょう?」

「事実なら、何でも話さなきゃならないのか?」

時哉はついに、いら立ちを隠さなくなった。

「夕花、大人なら、お互いの立場を守ることも覚えないといけない」

私は時哉を見つめ、その言葉が急におかしく思えた。

時哉は詩乃の立場を守った。

自分自身の立場も守った。

ただ、恥をかかされるのはいつも私で、その恥はほかの人の過ちを何度も覆い隠すために使われていた。

私はテーブルのスマートフォンを手に取った。

私が承諾したと思ったのか、時哉の表情が少し和らいだ。

「ひと言でいい。余計なことは書くな」

私は時哉の目の前でSNSを開いた。そして詩乃の投稿についたコメントに、ひと通り目を通した。

【結局、時哉の奥さんになるのは誰?】

【本命の婚約者が一番モブみたいになってるけど?】

【病気なのに、婚約者は心が狭すぎない?】

私の隣に立つ時哉が、声を低くした。

「投稿したら、夕花の好きな店でうどんでも食べよう」

私は時哉を見上げた。

「時哉、一つだけ聞きたい。私が投稿しなかったら?」

時哉の顔から、穏やかさが少しずつ消えていった。

「それなら、結婚式はいったん保留にする」

手のひらでスマートフォンが震えた。けれど私は、急に画面を見るのが怖くなった。

「もう一度言って」

「今の夕花の状態では、結婚には向いていない」

時哉は私を見つめ、ゆっくりと言い切った。

「これから毎日家に帰って、詩乃を敵のように扱う妻と顔を合わせたくない」

指輪の箱は、まだテーブルに置かれていた。ケーキのクリームは、もう崩れ始めていた。

私はふと、4年前に時哉が初めて私の手を握った日のことを思い出した。

時哉は言った。「夕花、俺は身内を守る人間なんだ。これから先、誰かが夕花を傷つけたら、俺が真っ先に許さない」

4年前、私を守ると言った時哉が今の自分を見たら、それでも同じ人間だと思えるのだろうか。

私がいつまでも動かずにいると、時哉はスマートフォンを私の前へ押し出した。

「投稿してくれ」

私は動かなかった。時哉の声が低くなった。

「夕花、詩乃を追い詰めるな」

私は時哉を見つめ、急に反論することさえ無意味に思えた。

私が役所で周囲の笑いものになっていたとき、時哉は私のためにひと言も言ってくれなかった。

それなのに今は、詩乃をかばうために私に隠し事をさせようとしている。

私はスマートフォンを手に取った。

時哉はそばに立ち、私が1文字ずつ入力するのを見ていた。

【今日、婚姻届を出せなかったのは、私の体調が悪かったからです。詩乃は関係ありません】

時哉はそれをさっと確認した。

「もうひと言、加えてくれ」

私は時哉を見上げた。

「何を?」

「詩乃はただの友達だと」

私はうつむき、その文を付け加えた。

【詩乃は私たちの友人です】

その瞬間、私はすべてがひどくばかげていると思った。

まもなく時哉と結婚するはずの私が、自分のつらささえ詩乃のために後回しにしなければならないとは思わなかった。

投稿が完了すると、時哉は明らかにほっとした。

「最初からそうすればよかっただろ?」

その直後、詩乃から電話がかかってきた。詩乃は息を詰まらせるように泣いていた。

「時哉、私のページではまだ、横取りしたって責められてる……本当に怖い……」

時哉は私をひと目見た。

「すぐそっちへ行く」

私は小声で尋ねた。「また行くの?」

「詩乃のほうを先に何とかしないといけない」

「じゃあ、私は?」

上着を取ろうとした時哉の手が、一瞬止まった。

「夕花は家で頭を冷やしてくれ」

私は笑った。

「時哉、私はもう十分冷静だよ」

時哉は、私の言葉の意味に気づかなかった。あるいは気づいていても、気にしなかった。

家を出る前、時哉はあの指輪の箱をもう一度、私の前へ押し戻した。

「指輪はここに置いておく。考え直したら、自分ではめてくれ」

ドアが閉まる音は、とても小さかった。

けれど私の心に残っていた最後の何かは、大きな音を立てて粉々に砕けた。

もうためらわず、3日後の航空券を今夜の便へ変更した。

あのSNS投稿を削除し、スマートフォンの電源を切り、前から荷造りしてあったスーツケースを引いて家を出た。

搭乗前、私は最後に一度だけスマートフォンを見た。

時哉からの着信も、メッセージもなかった。

それでよかった。

今度こそ、私はもう戻らない。

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