LOGIN交際4周年の記念日を祝い直すため、朝倉時哉(あさくら ときや)は私をフェアリーランドへ連れていくと言った。 私の親友・柳原詩乃(やなぎはら しの)は熱を出していたのに、彼はそれでも詩乃を連れてきた。 「詩乃はこの日をずっと楽しみにしてたんだ。水を差さないでくれ」 私は2か月遅れの記念日ケーキを見つめ、うなずいた。 けれど入園の際、チケット係は時哉と詩乃を見ると、笑顔で2枚のステッカーを差し出した。 「朝倉様、柳原様。今夜もお城の3周年記念コースを回られますか?システムでは、あとは花火をバックに最後の記念写真を撮れば、すべて揃います」 私はその場に立ち尽くした。 時哉は顔色ひとつ変えずにステッカーを受け取り、何気なく詩乃のスカートの裾に貼った。 「スタッフの企画だよ。何でも真に受けるな」 詩乃は、時哉がこの日のために用意したプリンセスドレスを着ていた。彼女は当然のように時哉の腕に絡み、慣れた様子で私を列の最後尾へ連れていった。 パレードの間、時哉は詩乃のためにカメラを構えていた。 ジェットコースターが急降下すると、詩乃は悲鳴を上げて彼の胸に飛び込んだ。 私が一度だけ乗りたいと言ったメリーゴーラウンドだが、時哉は眉をひそめた。 「いつも、もう子供じゃないって言ってただろ?どうして今日に限って甘えるんだ」 日が暮れ、お城の花火が始まろうとしていた。 前もって予約しておいた観覧エリアに着くと、そこには詩乃の手を取って立つ時哉がいた。 スタッフが、両腕いっぱいのバラを詩乃に手渡しているところだった。 「柳原様、朝倉様がご予約になった3周年の花火サプライズをご用意しております」 私は手の中のカップケーキに目を落とした。 列に並んで買った、200円のものだ。 その一方で、詩乃が抱えるバラは観覧スペースを埋め尽くすほどだった。 花火が上がると、大型スクリーンに1行の言葉が映し出された。 【詩乃が毎年この日を迎えるたび、いつも時哉がそばにいますように】 記念写真は3年前から順に流れていった。 1年目、詩乃は時哉の肩にもたれていた。2年目、時哉は詩乃にキャラクターのカチューシャを着けてやった。3年目、時哉は花火の下で身をかがめ、詩乃の額に口づけた。 私が失望を重ねた一年一年の裏で、彼女にはこんなにも華やかな一日が用意されていたのだ。 花火は変わらず美しかったけれど、私はもう願い事をしなかった。 願いは口に出せば、かなわなくなるから。 そして私に残されたただひとつの願いは、彼のもとを去ることだった。
View More翌年の春、私はもう一度フェアリーランドを訪れた。一緒に来た同僚が尋ねた。「前にも来たことある?」私は答えた。「一度だけ」同僚は私の手を引き、メリーゴーラウンドへ駆けていった。「じゃあ、これはきっと乗ったことあるよね?」私は一瞬、言葉を失った。それから首を横に振った。「ないよ」その日は列が長かった。私たちは40分以上並んだ。自分の番が来ると、白い馬を選んだ。音楽が流れ、木馬が上下に動きだした。隣では、子どもが声を上げて笑っていた。ふいに2年前、時哉の隣に立ち、一度乗ってみたいと言ったことを思い出した。時哉は言った。「いつも、もう子供じゃないって言ってただろ?どうして今日に限って甘えるんだ」あの頃の私は、こういうものを好きなのは幼稚なのだと、本気で思っていた。あとになって、ようやくわかった。メリーゴーラウンドに乗りたいと思うことは、幼稚ではない。愛する人に一度付き合ってほしいと願うことも、恥ずかしくはない。何かを望んだ私が、間違っていたわけではない。ただ、求める相手を間違えただけだった。降りると、同僚がかぼちゃの馬車型ポップコーンバケットを買ってくれた。「さっきからずっと見てたよね。ほら」私は数秒、目を見開いた。それから、受け取った。「ありがとう」一度逃したものでも、あとから手にできることはある。ただ、それをくれる相手が、昔と同じ人とは限らない。夜、花火が始まった。人々がいっせいに城のほうへ駆けていく。私は観覧席を予約していなかった。ただ、人波の一番後ろに立った。花火が上がると、大型スクリーンが目に痛いほどまぶしく輝いた。そばでは誰かが目を閉じ、願い事をしていた。同僚が肩で私を軽く小突いた。「願い事しないの?」私は空を見つめた。そして、ふっと笑った。「しない」2年前も、私は願い事をしなかった。あの頃、たった1つ残っていた願いは、時哉のもとを離れることだった。その願いは、やがてかなった。花火がかなえたわけではない。あのとき初めて、自分で自分を救うことを選んだからだ。ポケットの中で、スマートフォンが震えた。知らない番号からの短いメッセージだった。【4周年、おめでとう】私は長いこと見つめていた。誰なのかは尋ねなかった。返事もし
6か月後、私は一度、かつて暮らしていた街へ戻った。友人の結婚式があった。招待状が清浜市に届いたとき、私はそれを長いこと見つめたが、それでも出席した。結婚式が終わり、ホテルを出た時、時哉が入口に立っていた。一瞬、足を止めた。6か月ぶりに見た時哉は、ずいぶん痩せていた。昔は黒い服を好んでいたのに、今はごくありふれた灰色のコートを着ているだけだった。時哉は近づいてこなかった。ただ、その場に立ったまま尋ねた。「少しだけ話せないか?」私は断らなかった。私たちは街角のコンビニへ行った。昔、けんかをすると、時哉はいつもそこで温かいコーンスープを1本買って私の機嫌を取った。今回は、何も買わなかった。席に着くと、時哉は古びた紙袋を私の前に差し出した。中には、家に置いてきた白いシャツが入っていた。婚姻届を出す日に着るつもりだったもの――私が3度もアイロンをかけたもの。私の指がわずかに止まった。「どうしてまだ持っていたの?」「捨てられなかった」時哉は少し笑った。「おまえに渡していいのかも、わからなかった」私は何も言わなかった。時哉はテーブルを見つめた。「あのあと、役所へ行って、3時間も座った」私は時哉へ目を向けた。「職員に、誰を待っているのかと聞かれて、婚約者を待っていると答えた。婚約者はどこにいるのかと、また聞かれた」時哉の声がかすれた。「何と答えればいいのか、わからなかった」コンビニの中で誰かが冷蔵ケースを開け、冷気が流れてきた。時哉はうつむいていた。「夕花、あの日おまえが経験したことを、あとになって1つずつ考え直した。おまえは6時に起きて、白いシャツにアイロンをかけた。俺は9時30分に着くと約束した。なのに最後は、一人ぼっちにさせて……それなのに俺は、『たった一週間だ』って言った」そこまで言って、時哉は長いこと黙った。「あれがどれほど最低な言葉だったか、今になってわかった」私は窓の外を見た。「時哉。もういいよ」時哉の目の縁がたちまち赤くなった。「もう一度だけ、謝りたい。戻ってきてほしいからじゃない。許してほしいからでもない。ただ……」声が一度、途切れた。「おまえには、まだ本当の意味で謝れていなかった」私は白いシャ
その後、詩乃が一度だけ清浜市に来た。私を訪ねてきたわけではない。全ては時哉から聞いた。その日、住まいの前で私を待っていた時哉は、珍しく近づいてこなかった。「明日、帰る」私はうなずいた。「うん」時哉は長いこと立っていた。「今日、詩乃が会いに来た」私はそのまま立ち去ろうとした。すると、時哉が不意に尋ねた。「夕花、俺はずっと、おまえのほうが詩乃より我慢できると思っていたんだろうか」私は足を止めた。時哉はうつむき、少し笑った。ひどく痛々しい笑い方だった。「詩乃が泣くと、大変なことが起きたと思った。おまえが泣かなければ、何も問題はないと思った。詩乃が怖いと言えば、すぐ駆けつけた。おまえがつらいと言っても、俺はいつも『分かってくれ』って我慢させた」時哉は私を見つめた。「それはおまえのほうが大人だからだと、本気で思っていた。今になって、違ったとわかった。俺がおまえに甘えて、傷つけていただけだった」鼻の奥がつんとした。私は顔をそむけた。時哉がついにわかってくれた。けれどよりによって、私が去ったあとだった。時哉の声は次第に小さくなった。「今日、詩乃に聞かれた。どうして昔は何でも付き合ってくれたのに、今は会おうともしないのかって。俺は、前はずっと、おまえが去るはずはないと思っていたからだと答えた。……詩乃は泣いた。ずっと前から俺のことが好きだったと」私は黙って聞いていた。驚きはしなかった。時哉は続けた。「俺はずっと、詩乃に必要とされることを楽しんでいたんだと気づいた。同時に、おまえに愛されることにも甘えていた。ひとりには自分が大切な存在だと思わせてもらい、もうひとりには帰る家が永遠にあると思わせてもらっていた」時哉の目は真っ赤だった。「どちらも手放したくなかった。その結果、おまえを失った」私は遠くの街灯を見つめた。長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。「時哉。私を傷つけていることに、今初めて気づいたわけじゃない」時哉の体がこわばった。「私は泣いたし、けんかもしたし、何度もあなたに聞いた。そのたびに、あなたはちゃんとわかっていたはずよ。ただあの頃は、私があなたの元を去るはずなんてないと、高を括っていただけ……だから、怖くもなかったんでしょう?」その
時哉はすぐには清浜市を離れなかった。私の会社の近くに宿を取った。1日目には、ブラックコーヒーが届いた。私は受付から返してもらった。2日目は、私がいつも飲んでいた胃薬だった。受け取らなかった。3日目には、マンゴーのミルクレープが届いた。それを見て、私は数秒固まった。そして、別れてから初めて時哉にメッセージを送った。【私はマンゴーアレルギーよ】1分もしないうちに、時哉から電話がかかってきた。私は出なかった。代わりにメッセージが届いた。【前はよく食べていただろう?】その言葉を見つめたまま、長いこと返事をしなかった。昔、詩乃はマンゴーのミルクレープが好きだった。時哉は買うたびに、2つ用意した。1つは詩乃へ。もう1つは、ついでのように私へ。時哉の気分を損ねたくなくて、いつも2口ほど食べた。あとで胃が苦しくなってから、こっそり捨てていた。時哉は、私が食べたことだけは覚えていた。けれど、そもそも好きではないことには一度も気づかなかった。その晩、時哉は夜11時まで住まいの前で待っていた。私が帰ってきたときも、まだそこに立っていた。あのマンゴーのミルクレープは、もう捨ててあった。「どうして言わなかった?」私は足を止めた。「何を?」「マンゴーアレルギーのこと」時哉の声はひどくかすれていた。私は思わず笑った。「言ったよ」時哉の体がこわばった。「いつ?」「2年目の夏。あなたが詩乃に誕生日ケーキを買ってきて、私がひと口食べたあと、発疹が出たじゃない?」私は時哉を見つめた。「薬局へ連れて行ってくれたわよね。でも途中で詩乃から『もうろうそくを吹き終わった』って電話が来て、あなたは私を薬局の前に置いて、そのまま行った」時哉の顔から、少しずつ血の気が引いていった。私では、とっくに忘れたつもりでいた。けれど、胸の奥に沈んでいただけの悔しさもあるのだ。少し触れただけで、今も痛む。「そのあとは?」時哉はかすかな声で尋ねた。「ひとりで家に帰った」「どうして俺に言わなかった?」危うく、その言葉に笑いそうになった。「時哉。私はあのとき、あなたの隣にいたんだよ」時哉は完全に言葉を失った。……その日から、時哉が食べ物を届けてくることはなくなった。ただ毎晩
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