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重なりすぎた付箋

Penulis: 中岡 始
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-20 21:10:50

朝の光が窓越しに差し込む時間帯、営業フロアはいつものように慌ただしく立ち上がっていた。電話のベルがひとつ鳴って、すぐに止む。その余韻に重なるように、キーボードのタイピング音や書類をめくる乾いた音が入り混じる。

空調の風が均一に天井から流れ、コーヒーの香りが微かに漂う中、鶴橋蓮は自販機横の倉庫室から戻ってきた。外回りの資料を取ってくるついでに少し伸びをしたせいで、肩が微かに重い。

デスクに戻ると、見慣れないファイルがひとつ置かれていた。A4サイズのクリアファイルに、緑色の付箋がひとつ貼られている。文字は細く、整った字でこう書かれていた。

「進捗整理(営業チーム)・資料更新済」

手に取ってページをめくると、各資料の右上には異なる色の付箋が貼られていた。黄色、水色、そして朱色。どれも重ねて貼られ、ページが開きやすいよう端がずれている。まるで階段のように見えるそれは、ひと目で目次のように機能していた。

最初は気にも留めず、内容を読み進めていたが、ふと鶴橋は手を止めた。

付箋の並びが、自分が過去の打ち合わせで話した順番と、妙に一致している。

見込み案件から契約進行中のクライアント、その後に新規候補。無意識のうちに話しやすい順にしているつもりだったが、その順序を“誰か”が拾って並べ替えたような、そんな配置だった。

(…いや、たまたま?)

手に持つ書類をもう一度めくり直して確認する。中身の構成も、以前自分が社内会議で使った資料の流れに近い。会話の中で出た細かい修正希望も、すでに反映されていた。思わず、声を出しそうになる。

一番最後のページを見て、さらに息を詰めた。ファイル名がPDF出力用として印刷されており、「営業チーム用(202X\_0425\_Tsuruhashi)」と書かれていた。データ作成者の名前ではなく、誰のためのものかが明記されていた。

思わず椅子の背もたれに寄りかかる。背中に固い感触が伝わるなか、周囲の雑音がふっと遠のいたように感じられた。

誰かが、明確に自分のためにこの資料を作った。しかも、それを「そうとは悟られないように」さりげなく置いていった。

作業して

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