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第9話

Auteur: たぬき
「奈々、僕はアルコールに弱い体質で、どうしてもその場では飲めなかった。けれど、あの時の仕事の席は極めて重要で……君が代わりに盃を受け、たった一人で七、八人の社長たちを相手に飲み勝ったんだ。

君を連れて帰宅した時、全身が真っ赤に腫れ上がり、熱にうなされ吐き気に苦しみながらも、『まだ飲める』と笑っていた。その時初めて、君も軽いアレルギーを抱えていたことを知った。

あの頃の君は、それほどまでに僕を愛してくれていた……」

彼はそう言いながら、期待と切望を込めた眼差しで私を見つめた。まるで自らを痛めつけることで、私の記憶を呼び覚まそうとしているかのようだった。

だが、きっと彼は落胆するだろう。システムによる浄化は徹底的で、私は何一つ思い出せないし、思い出そうとする気すらないのだから。

「あなた自身が言ったでしょう?それはすべて昔のこと。今の私はあなたを愛してなどいないし、覚えてすらいないの」

その言葉に、彼の頬を涙が伝い落ちる。雫は次第に数を増し、やがて酒に混ざって喉へと流れ込んでいった。

私は冷ややかに見つめるだけだった。彼が次々と酒をあおり、赤い疱疹が顔に広がっていく様を。

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    「奈々、僕はアルコールに弱い体質で、どうしてもその場では飲めなかった。けれど、あの時の仕事の席は極めて重要で……君が代わりに盃を受け、たった一人で七、八人の社長たちを相手に飲み勝ったんだ。君を連れて帰宅した時、全身が真っ赤に腫れ上がり、熱にうなされ吐き気に苦しみながらも、『まだ飲める』と笑っていた。その時初めて、君も軽いアレルギーを抱えていたことを知った。あの頃の君は、それほどまでに僕を愛してくれていた……」彼はそう言いながら、期待と切望を込めた眼差しで私を見つめた。まるで自らを痛めつけることで、私の記憶を呼び覚まそうとしているかのようだった。だが、きっと彼は落胆するだろう。システムによる浄化は徹底的で、私は何一つ思い出せないし、思い出そうとする気すらないのだから。「あなた自身が言ったでしょう?それはすべて昔のこと。今の私はあなたを愛してなどいないし、覚えてすらいないの」その言葉に、彼の頬を涙が伝い落ちる。雫は次第に数を増し、やがて酒に混ざって喉へと流れ込んでいった。私は冷ややかに見つめるだけだった。彼が次々と酒をあおり、赤い疱疹が顔に広がっていく様を。すべての瓶が空になった頃、ようやく彼は我に返り、血走った瞳で悲痛に私を見据え、掠れた声で問う。「僕が病院に運ばれるほど飲んでも……君は、心配してくれないんだね?」私は沈黙を貫いた。その沈黙こそが答えだった。彼は打ちのめされたように体を丸め、それでも必死に立ち上がり、私を抱きしめようと手を伸ばした。「大丈夫だ……君はただ僕を忘れているだけ。まだ時間はある……」そこで言葉を切り、まるで自らを鼓舞するように続ける。「必ずまた、君に愛されてみせる……」私は冷ややかな目で彼を見つめた。あまりにも下手な芝居に思えて、強く突き放す。「茶番はやめて。私が去ると決めた時、自分の目が曇っていたと思うことはあっても、あなたを恨んだことは一度もないわ。でも今のあなたは、ただ私を不快にするだけ。割れた鏡は二度と元には戻らない。私たちの間に関係が戻ることは、決してない。この言葉を理解して、早く私と安浩を解放して」押し返された彼はよろめき、床へと倒れ込む。ぐったりと横たわり、虚ろな瞳で天井を見つめるうち、涙が溢れ、床に滴り落ちて小さな水たまりを作った。「奈々……」苦し

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