魔神討伐へ向けて出立する当日。
宿り木の前には300人の討伐隊が装備を整え揃っていた。指揮を執るのはアレンさんだ。全員の前にアレンさんが出てくるとざわめき立っていたその場は水を打ったかのように静まり返る。「良く集まってくれた。この場にいるのはこれから死地に向かう者達だ。前回の二倍にものぼる人員が集まってくれた事、感謝する」
みな真剣な表情で頷く。討伐隊だなんて軽々しく言っているけど、魔神との戦闘では死ぬ可能性の方が高い。ここに集まっているのは命を懸ける覚悟を持った人達ばかりだ。魔神討伐はこの世界でも悲願である。
魔神による被害は大きく、辛酸を飲まされてきた人間は数知れない。「今回は百帝テスタロッサ、魔導王クロウリーも参戦している。それに加えて集まったのは精鋭ばかり。今度ばかりは魔神とてそう簡単には逃げられやしないだろう」
それに魔神陣営には四天王の数が減っている。あと二人くらいしかいないんじゃないだろうか。グリードは死んだし、もう一人はアカリが倒していると聞いた。となると後はゾラって奴ともう一人なのかな。まあ今頃増やしているかもしれないけど、この世界の精鋭が集まっているこの討伐隊なら負けはしないはずだ。
それだけここにいる人達の顔つきを見ていれば覚悟を決めたような自信に満ちた雰囲気だった。「我々に敗北の二文字はない。あるのは勝利のみ!全員行動開始!」
アレンさんが最後に号令をかけると各々馬車に乗り込んでいく。魔族国に向かう僕らの馬車は優に五十台にものぼる。大移動を眺めている民衆から上がる歓声が僕らを包み込んだ。「期待を背負っていると思うとワクワクするね」「いやしませんよ!どっちかというとプレッシャーが……」アレンさんは能天気に民衆に向けて手を振っているが僕はそうはならない。誰しもが望んでいる魔神討伐だが、僕のできる事なんてたかが知れている。そのせいか期待が大きすぎてプレッシャーになっていた。「扉が……勝手に開いていく、だと?」世界樹の入口が勝手に開くなど、ヨハネさんも初めて見た光景なのか目を見開いて驚いていた。「まさか……この三人を呼んでいる、とでも言うのか?」「そうに違いないだろうね。行かせてあげたほうがいいんじゃないかな?ほら、世界樹の精霊に逆らうわけにもいかないだろう?」「……いいだろう。行け」ペトロさんの後押しもあってかヨハネさんは渋々ながらも三人で入ることを許可してくれた。恐る恐るながら、世界樹の中へと入ると扉は勝手に閉まっていく。閉まる瞬間ペトロさんが手を振っていた。「またいつか会えたなら、今度は君の世界を案内してほしいな」そんなような事を言っていた気がする。閉まる直前だったから完全には聞き取れなかった。扉が完全に閉まると暗闇が僕らを包み込む。僕は二回目だから驚くこともなかったが、姉さんとアカリは狼狽えていた。目で見えているわけではないけど、ワタワタと手足を動かしているのが分かったからだ。「こ、ここ世界樹の中なの?どこにいるのカナタ!」「いるよすぐ横に」「きゃあっ!急に喋らないでよ!ビックリするじゃない!」じゃあどうしろというのだ。アカリは黙って僕の服の裾を掴んでいた。でも警戒しているのだけはわかった。何となく、アカリから放たれる殺気のようなものが僕の肌に突き刺さっていた。しばらく騒いで落ち着いてきたのか姉さんも静かになった。それを見計らってか突然目
ペトロさんと合流した後、僕らは世界樹の下まで移動した。姉さんは世界樹を見るのも初見だ。あまりの大きさに口をポカーンと開き雲を突き抜けて天まで伸びる天辺を見上げていた。「すっっごい大きな樹だね!これが世界樹?」「そうなんだ。あの幹のところに入口があって中に精霊がいるんだよ」「精霊かー、この世界に来て色んなものを見てきたけど精霊は初めてかも!」姉さんもしかして一緒に中に入るつもりか?世界樹の精霊が許してくれるだろうか。世界樹の幹までくると、そこには前回結界を解いてくれた使徒が勢揃いしていた。今回もまた結界を解除してもらわなければ中には入れない。「来たか……まさかこれほど早く戻って来るとは思わなかったぞ」ヨハネさんが最初に僕を見て口を開く。「久しぶりーカナタ!魔神を倒すなんてなかなかやるじゃない!ん?そっちの女の子はなになに?」「お久しぶりですアンデレさん。こちらは僕の姉です」「し、紫音です!」やはりアンデレさんは女性ということもあって、最初に姉さんが気になったらしい。僕の姉だと分かるとアンデレさんはニパッと花が咲いたように笑顔を浮かべた。「へぇ〜!別世界のそれもカナタの身内だなんて!私はアンデレよ、よろしくね!」「は、はい!よろしくお願いします!」何をよろしくするのか分からないが、まあ二人が仲良くお喋りするぶんにはいいだろう。どうせ元の世界に戻ったら二度とアンデレさんと会うことはないだろうから。「まさかほんとに魔神を倒してくるとは……人間の力も侮れませんね」トマスさんは感心したように頷いていた。僕だけの力ではないんだけど、わざわ
「やぁカナタ君。まさかこれほど早く会うとはね」入るやいなやペトロさんが僕の数メートル手前に現れそう声を掛けてくる。扉を開けた瞬間はかなり離れた位置にある椅子に腰掛けていたけど。僕が頭を下げたのを見て隣りにいた姉さんも同じように頭を下げていた。「ふむ……君がカナタ君のお姉さんかな?」「は、はい!城ヶ崎紫音です!」ちょっと緊張しているな。一応ここに来るまでに使徒とはなんたるかを説明しておいたからかな。使徒は僕ら人間など足元にも及ばない神に等しき力を持った者だ。神族の方々ですら圧倒的な力を持っているのにも関わらずへりくだっている。「なるほど紫音君だね。それでここに戻ってきたということは世界樹の精霊からの願いを全うしたということかな?」「はい。魔神はこの世から消滅しました」「そのようだね。魔神の気配が微塵も感じられない。どうやら本当にこの世にいないみたいだ」ペトロさんが言うには、突然禍々しい気配がなくなったらしく、魔神が倒されたのだとすぐに察したようだ。「人間の身で魔神を倒すとは……恐れ入るよ」「いえ、みなさんの協力があったからです」「ふむ……部屋を出て待っていてくれるかい?紫音君。少しだけカナタ君と二人きりで話したいことがあってね。ほら、分かるだろう?男同士の話さ」「え?は、はい分かりました!行こ、アカリちゃん」いきなりペトロさんがガブリエルさん含む三人を部屋から追い出すと、僕の目の前にテーブルと椅子が現れた。「積もる話もあるだろう?まあまずは掛けなよ」「はい、ありがとうございます」何となくペトロさんの次の言葉が理解できた。多分邪法のことだろうな。「もう私が聞こうとしている内容は分かっているんだろう?」「邪法、ですよね?」僕はいつの間にかテーブルの上に置かれていた紅茶のカップを取ると乾いた口を潤してから切り出した。
神域の結界に近付くと各々馬車を降りて徒歩ですぐそばまで寄る。手を伸ばすと目に見えない何かに触れた。ここに戻ってくるのもこんなに早いとは思わなかったな。使徒の方々と別れたのもついこないだ。まさかこんなに早く戻ってくるとは世界樹の精霊も想像していなかっただろう。「ここからどうするつもりだ」「多分結界に触れたので巡回している神族の方が来ると思います」「ならば俺は離れておこう。魔族が側にいれば良からぬ想像をされてしまうぞ」リヴァルさんはそれだけ言い残すと馬車を引いて見えなくなる距離まで離れていった。あとは待つだけだが、神族の人が気づいてくれるかな。確か巡回している神族のリーダーはガブリエルって名前だったはずだ。その方の名前を出せば他の神族の方でも話を聞いてくれるだろう。いつ来るかと待っていると神域の結界に穴が開き中から白い翼を畳みながらこちらへと一歩出てきた。ガブリエルさんだ、ちょっと不機嫌そうな顔をしているのはわざわざ迎えに来なければならなかったからだろうな。「……早かったな人間」「そうですね、思っていたよりかは早く戻ってこれました」「そっちの人間は誰だ」僕の姉だと説明するとガブリエルさんは怪訝な表情を浮かべた。この世界の人間じゃないって知っているから、どうして姉がこの場にいるのかと不思議に思っているようだ。「別世界の人間がまだこの世界に紛れ込んでいたのか……まあいい、付いてくるといい」ガブリエルさんの許可は出た。僕とアカリ、そして姉さんで神域へと足を踏み入れる。姉さんにとっては初めての神域だ。視界に飛び込んでくる広大な景色に驚い
魔界を出て早四日。神域までは後半日といったところだ。リヴァルさんが居てくれて本当に助かった。リヴァルさんの自前の馬車がなければ最悪の場合、討伐隊の馬車を一台借りて御者も誰かに頼まなければならなかった。姉さんに惚れていてくれて本当に助かった。まあ本人は否定しているけど、誰がどう見ても姉さんに惚れてるよあれは。神域に向かう道中何度か魔物の襲撃に合ったが、その時もリヴァルさんは真っ先に姉さんを守っていた。「ねぇカナタ。元の世界に戻ったら私の記憶はどうなるのかな?」「まだ分からないよ。僕だって記憶を引き継げるかどうか分からないし、そればっかりは世界樹の精霊次第だと思う」「そっかー。どうせならリヴァルもこっちの世界に来れたらいいのにと思ったけど難しいかなぁ」魔族を日本に連れ帰ったら大騒ぎになるだろう。というかそもそも時間が戻るんだからリヴァルさんと出会った事もなくなってしまう。姉さんはそれを理解できているんだろうか。「紫音、その提案は有り難いが俺にも守らなければならない領民がいる。彼らを放り出して別の世界に行くのは……難しい」「まあそうだよね。ゴメンゴメン、言ってみただけ。せっかく仲良くなれたのに残念だなって思ってさ」「……どうしてもと言うのなら吝かではないが」リヴァルさんすっごい小声で言ったな。領民を守るってのはどうしたんだ。惚れた女を優先する気満々じゃないか。「アカリとは、日本で会えそうだな」「うん。時が戻っても既にあっちの世界にいる時間軸だと思う」アカリやアレンさんはまた会えるだろう。春斗
リヴァルさんの馬車に乗り込むのは比較的容易だった。というのもリヴァルさんが近づく魔物や魔族を寄せ付けなかったのだ。結界魔法というのは便利だなとつくづく思う。しかしアカリから聞いた話では、移動しながら結界を維持するのは並大抵の魔力量では不可能だそうだ。それに移動しながら結界を維持するのは相当な魔法操作技術がいるらしく、少なくともアカリは無理だと言っていた。高位魔族であるリヴァルさんだからこそできた芸当だったようだ。「さっさと乗れ」「ありがとうございます!」僕と姉さん、アカリが乗り込むとリヴァルさんも一緒に乗り込んできた。この馬車を操作する御者はどうするのかと質問しようとすると、リヴァルさんが先に口を開く。「俺が魔法で操作する。どうせ神域の結界まで辿り着けばそれ以上俺の役割はなくなるだろう。だから魔力をどれだけ使っても問題はない」そんな事が可能なのか。自動運転の車みたいな感じだと思えばいいか。僕らは再度お礼をすると、馬車が動き出した。神域はここからだとかなりの距離がある。数日を要するのは間違いない。食料とか一切積んでいないが、その辺はあまり心配しなくてもいいとのこと。まあ冒険者であるアカリが言うのだから本当に心配する必要はないのだろう。――――――馬車の中では姉さんからの質問が止まらなかった。どうやって魔神を倒したのか、魔法が使えるなんてズルいだとか、世界樹って何?だとか。理解してもらうにはそれなりの時間が掛かったが、数日の旅で姉さんにも理解して貰うことができた。一応邪法に関しては一切話していない。そ