「紫音がこっちの世界にいるってどういうこと?」
「それがアレンさんの話では、恐らくゲートが閉じる前に飛び込んだのではないかって事らしい」ほんと無茶をしたものだ。ゲートが閉じる瞬間というのは空間が不安定になっているに等しい。そんな中に飛び込めば身体はバラバラになり、即死していた可能性だって拭えないんだ。「……そう。多分カナタが心配だったからじゃない?」「多分な。それで今は魔族に拾われて魔族国にいるってさ」「魔族が味方する?……信じられない」やはりこっちの世界の住人であるアカリから見ても魔族が人間を助ける行為は異常に映るようだ。なんの意図があって姉さんを助けたのか、気になって仕方がない。「でも多分紫音なら大丈夫」「そうだったらいいんだけど」「案外上手くやってると思う」アカリにそう言われればそんな気もしてきた。確かに姉さんは社交性高いしどんな場所でも馴染んでいるイメージがある。もしや魔族が姉さんに惚れたとか?……いや、流石にそれはないか。「でも良くあの白帝を引き込めたね」
「ああ、あの人か。マフラーの編み方を教えたら協力してくれる事になったんだ」「……なんで?」いやそれは僕に聞かれてもな……。逆にこっちが聞きたかったよ、なんで?って。「とにかくこれで魔神が討伐できる戦力も揃ったんだ。姉さんの事も心配だけど、元の世界があの日にまで戻ってくれたら全て解決する」「記憶はなくなるんでしょ?」「記憶か……引き継げられたらいいんだけどな」記憶が消えれば当たり前だが、アカリとも出会っていない事になり存在を忘れてしまうだろう。それだけは嫌だな。アレンさん達との思い出だって全て消えると思うと寂しく感じる。こっちの世界に来たことだって無かったこ魔神討伐へ向けて出立する当日。宿り木の前には300人の討伐隊が装備を整え揃っていた。指揮を執るのはアレンさんだ。全員の前にアレンさんが出てくるとざわめき立っていたその場は水を打ったかのように静まり返る。「良く集まってくれた。この場にいるのはこれから死地に向かう者達だ。前回の二倍にものぼる人員が集まってくれた事、感謝する」みな真剣な表情で頷く。討伐隊だなんて軽々しく言っているけど、魔神との戦闘では死ぬ可能性の方が高い。ここに集まっているのは命を懸ける覚悟を持った人達ばかりだ。魔神討伐はこの世界でも悲願である。魔神による被害は大きく、辛酸を飲まされてきた人間は数知れない。「今回は百帝テスタロッサ、魔導王クロウリーも参戦している。それに加えて集まったのは精鋭ばかり。今度ばかりは魔神とてそう簡単には逃げられやしないだろう」それに魔神陣営には四天王の数が減っている。あと二人くらいしかいないんじゃないだろうか。グリードは死んだし、もう一人はアカリが倒していると聞いた。となると後はゾラって奴ともう一人なのかな。まあ今頃増やしているかもしれないけど、この世界の精鋭が集まっているこの討伐隊なら負けはしないはずだ。それだけここにいる人達の顔つきを見ていれば覚悟を決めたような自信に満ちた雰囲気だった。「我々に敗北の二文字はない。あるのは勝利のみ!全員行動開始!」アレンさんが最後に号令をかけると各々馬車に乗り込んでいく。魔族国に向かう僕らの馬車は優に五十台にものぼる。大移動を眺めている民衆から上がる歓声が僕らを包み込んだ。「期待を背負っていると思うとワクワクするね」「いやしませんよ!どっちかというとプレッシャーが……」アレンさんは能天気に民衆に向けて手を振っているが僕はそうはならない。誰しもが望んでいる魔神討伐だが、僕のできる事なんてたかが知れている。そのせいか期待が大きすぎてプレッシャーになっていた。
「紫音がこっちの世界にいるってどういうこと?」「それがアレンさんの話では、恐らくゲートが閉じる前に飛び込んだのではないかって事らしい」ほんと無茶をしたものだ。ゲートが閉じる瞬間というのは空間が不安定になっているに等しい。そんな中に飛び込めば身体はバラバラになり、即死していた可能性だって拭えないんだ。「……そう。多分カナタが心配だったからじゃない?」「多分な。それで今は魔族に拾われて魔族国にいるってさ」「魔族が味方する?……信じられない」やはりこっちの世界の住人であるアカリから見ても魔族が人間を助ける行為は異常に映るようだ。なんの意図があって姉さんを助けたのか、気になって仕方がない。「でも多分紫音なら大丈夫」「そうだったらいいんだけど」「案外上手くやってると思う」アカリにそう言われればそんな気もしてきた。確かに姉さんは社交性高いしどんな場所でも馴染んでいるイメージがある。もしや魔族が姉さんに惚れたとか?……いや、流石にそれはないか。「でも良くあの白帝を引き込めたね」「ああ、あの人か。マフラーの編み方を教えたら協力してくれる事になったんだ」「……なんで?」いやそれは僕に聞かれてもな……。逆にこっちが聞きたかったよ、なんで?って。「とにかくこれで魔神が討伐できる戦力も揃ったんだ。姉さんの事も心配だけど、元の世界があの日にまで戻ってくれたら全て解決する」「記憶はなくなるんでしょ?」「記憶か……引き継げられたらいいんだけどな」記憶が消えれば当たり前だが、アカリとも出会っていない事になり存在を忘れてしまうだろう。それだけは嫌だな。アレンさん達との思い出だって全て消えると思うと寂しく感じる。こっちの世界に来たことだって無かったこ
僕にはアレンさんが何を言っているのかすぐには理解できなかった。姉さんがこっちの世界にいる?どういう事だ、あの時ゲートに飛び込んだのは僕らだけ。姉さんは涙ながらに見送ってくれたはずだ。「これはウチのクランのメンバーが見つけた情報なんだけどね。ほら、あっちの世界に行ってたメンバーだったら顔とか覚えているだろう?それで魔神を探している時に偶然見つけたらしいんだ」「あの……それは見間違いとかではなくてですか?」「ボクもそう思ったんだけどね。その子もそんなはずはないとしっかり観察したらしいんだ。……やはり本人で間違いはないそうだよ」何故?という言葉が僕の頭の中をグルグルと回る。そもそもどうしてこっちの世界に来たんだ?どうやって?ゲートが閉じる前に飛び込んだか?分からない……どうして姉さんが。僕があまりに呆然としていたからかアレンさんは肩を優しく叩く。「でも安心していいさ。既にボクの仲間が監視している。今のところ危険はないようだけど、どうして魔族国にいるのかはこれから調べるよ」「はい……」「カナタのお姉さんはもしかしたらどうしても弟の事が心配すぎてついて来てしまったのかもしれないね。ただゲートが閉じる瞬間に飛び込んだとすればこっちの世界の座標は狂ってしまう。それなら納得もいく」百歩譲ってこっちの世界に飛び込んだのはいい。でもそれならどうして魔族国にとどまっているのか。魔物が闊歩しているから危険なのはわかるが、それなら姉さんが殺されていてもおかしくはなかった。でも今の今まで生きて魔族国で生活しているというのが不思議でならなかった。「魔族にも人間に味方する者はいると聞く。もしかしたらそういった魔族に拾われたのかもしれないよ」「そうですね……それならいいんですけど」「とにかく続報を待つしかないし、どのみち魔族国に入ればいずれ会う事ができる。それまではボクの仲間が
テスタロッサさんを引き連れ宿り木に戻ってきて、一週間が経った。最初こそ白帝がいると大騒ぎになったものだが、それも二日三日で慣れたのかいつも通りの日々が戻ってきた。「よく集まってくれたね」宿り木の一階には沢山の冒険者や有力な戦力が集まっている。アレンさんは彼らを見回しそう口にした。「魔神の場所が特定された」「「「おおおおー!」」」その言葉にみなざわめき立つ。時間は多少かかったが、諜報系の職を持つ冒険者をフル稼働させた結果だろう。「場所は魔族国の北にある廃城だ。ここから馬車でおよそ二十日。かなり距離があるから入念な準備が必要になるだろう」魔族国……あの陰鬱とした場所か。この世界に初めて訪れた時を思い出すな。「当然だけど辿り着くまでにも魔族と戦闘になるであろう事は容易に想像につく。中規模の編隊を組む必要があるから、帝国騎士団にも協力してもらう運びとなった」アレンさんが紹介すると、数人の騎士服を着た者達がゾロゾロと入ってきた。その中にはソフィアさんの姿もあった。戦闘用ドレスを身に纏い周囲は騎士が固めている。「貴殿達冒険者と手を組む事は多々あるから知っている者も多いだろうが、私はエリュシオン帝国騎士団長、ロルフ・ラングレンだ」「ロルフはレベル5の冒険者と同等以上の実力者だ。他にも精鋭を連れてきてもらったので戦力としては申し分ない」ロルフさんは白と金色の鎧を身に纏っていて立ち振舞いからして強者のソレだった。他にも周囲に侍る騎士の顔付きは心強く感じられる。「冒険者と騎士団合わせて300人。それが今回魔神討伐に参加してくれる人員となる。前回に比べて2倍以上になっているけど、魔族国を抜ける事を考えればこれでも少ないくらいだと思っているよ」
マフラーの編み方を教える事およそ二時間。やっとテスタロッサさん一人で編めるようになってくると、楽しくなってきたのか黙々とやり始めた。僕らはそれを眺めるだけ。これもしかして終わるまで見ておかないといけないのだろうか。アレンさんなんて早々に飽きてソファで寝てるし。「ふむ、なかなか奥が深いな」「でも慣れると案外サクサク進みますよ」マフラーの形にはなってきた。とはいえまだ半分ほどだが、このペースでいけば今日中には出来上がるのではないだろうか。「でもなんでまた突然マフラーを編みたいと思ったんですか?やっていない事に挑戦したいと仰ってましたけど」「一番手軽に始められるからだ。料理だと材料を集めるのが大変だろう」まあ言わんとしている事は分かるが、手先が器用じゃなければ編み物は難しい。その点テスタロッサさんは手先が器用だったからいいが、もし不器用だったら途中で投げ出していただろうな。レオンハルトさんは庭で剣を振っている。見ていてもつまらないだろうし当然か。僕はずっと見ておかなくちゃならないんだろうけど、見ているだけというのもなかなか苦痛ではある。不意にテスタロッサさんが顔を上げ僕をジッと見つめる。「カナタ、魔神討伐にお前も参加しているのか?」「はい。僕も目的があるので」「ふむ……死ぬなよ」それだけ言うとテスタロッサさんはまた手元のマフラーに視線を落とす。なんだろう、何か言いたげだったけど。「世界樹には行ったのか?」「はい、行きました。そこで精霊とお話もしましたよ」「ほう、世界樹の精霊か。私も会ったことはないな」世間話ついでに神域の話を振るとテスタロッサさんも興味が
帝都に戻った僕らは主だった面子を集めて宿り木へと集合した。クロウリーさんは後から合流する事になっている為今はいない。「なるほど……神域でそのような事が」「そう。だからできるだけ戦力がいるんだ、レイ」レイさんを筆頭に帝都にいる能力の高い冒険者を集めてもらい、僕とアレンさん、レオンハルトさんはまた白帝テスタロッサさんに会いに行く。情報収集については"黄金の旅団"の一部のメンバーに魔神の所在を調べてもらう事になった。テスタロッサさんの邸宅へ赴いたまでは良かったが――「魔神討伐に付き合えだと?お前達でも何とかできるだろう」「いや、奴は強くてね。確実に殺す必要があるんだよ」「それで私に手を貸せと?」どうやらテスタロッサさんはあまり乗り気ではないようで、腕を組んで鼻で笑う。「殲滅王と魔導王が参戦してそれでも足りんと言うのか?」「念には念をってやつさ」「過剰戦力にも程がある。それに私に依頼するなら破格の依頼料が発生するぞ」世界最強の白帝に依頼などしようものならとんでもない額なのではないだろうか。正直聞くのも恐ろしい。「この世界の為に戦ってくれないかい?」「私は今忙しい」「じゃあ先にそれを手伝うからさ」「お前では役に立たん。そうだな……カナタ」不意に僕の名前が呼ばれると同時に鋭い眼光が僕へと向けられる。「は、はい」「私にマフラーの編み方を教えよ」「マ、マフラー?」何かの隠語だろうか……まさか首に巻く方のマフラーでは無いだろうし……。
「それじゃあまた来るのを楽しみにしているよカナタ君」「はい、いつになるかは分かりませんが必ず戻ってきますので」ペトロさんと握手を交わし僕らは入ってきた結界の所まで送ってもらうこととなった。使徒ペトロさんの管轄内であるその結界の場所までは転移で移動ができる。瞬きする間もなく到着した僕らを出迎えたのは、アレンさんに鎖で雁字搦めにされた神族だった。「む……貴様らは」僕らの顔を見て一瞬凄い形相になったが、すぐそばにペトロさんがいるのを確認するとすぐに片膝を突いた。「ああ、ここの警備を担当している神族かな?」「はっ!その者達はあろう事か強引に神域へと侵入しました」「知ってるよ。ガブリエルからまた詳しく聞いておくといい」それだけ言うとペトロさんは僕へと向き直った。「次に来る時は結界の外から呼び掛けてくれるといいよ。そうしたらガブリエルに迎えに行かせるから」「分かりました。入った時は強引なやり方ですみませんでした」僕が悪いわけではないが、ペトロさんは僕しか気に入っていないようで他の人の話は無視だからな。「結界を修復するのも面倒だからね。じゃあまた会うのを楽しみにしているよ」全員で頭を下げると僕らは神域の外へと出た。出ると同時に後ろの光景は瞬時に変わり、森の中に突然現れたような錯覚に陥る。「これからが大変だね。魔神を探さないといけないし討伐隊を組み直さないと」「そうですね……今頃どこに隠れているのか」魔神憎しで集まる者は多いだろう。ただ探すとなれば魔族国に入らなければならない。魔族だって一体一体が相当強いし討伐隊の人数はこれまでの倍以上の数になるのではないだろうか。
突如響いてきた声は男とも女とも言えない性別が分からない声質だった。僕が狼狽えていると再度声が響いてくる。『人の子よ、何用か』「あの、願いを叶えて欲しくて……」『願い、か。申してみよ』「僕の世界の時間を平和だった日に戻して欲しいんです」威圧感こそないが、言葉を間違えれば即座に存在ごと消されてしまいそうな、そんな気がした。だから僕は一言一言を丁寧に伝える。少し間を置き精霊は答えた。『時間を戻すとなれば相応の代償を払わなければならない』「代償……ですか。内容を教えて頂けますか?」代償はやはり必要なのか。痛くないものだったらいいけど。『人の子よ、そなたの命程度では到底足りぬぞ』「命でも足りないとなれば僕は何を差し出せばよいでしょうか?」最悪の場合、自身の命と引き換えくらいは覚悟していたが、その命を使ったとしても時を戻す願いは簡単に叶えられないようだった。『とはいえわざわざここまで来たそなたに一つだけ試練を課そう。それを見事達成した暁にそなたの願いを叶えてもよい』「試練、ですか?」代償の次は試練か。無理難題でなければいいけれど、と僕は不安を抱えながら問い掛けた。『魔神をこの世界から葬り去って欲しい』「ま、魔神をですか?流石にそれは……」『できんと申すか?そなたの望みはそれ程までに高みにある願いぞ』魔神か……アレンさん達と協力しても勝てなかった相手だ。僕一人でどうこうできる話ではなくなってきたな。「いえ、やります。では魔神を倒したらまたここに来てもい
結界の中へと入ると聳え立つ世界樹が一層神々しく見えた。地球には存在しないレベルの大きさに僕はポカーンと口を開けてしまう。「どうしたんだい?カナタ君。もしかして君の世界には世界樹がないのかな?」「え?そうですね、世界樹なんて植物は僕のいた世界ではありませんでした」ペトロさんが不思議そうな顔をしているがこんなファンタジーの塊みたいな植物が地球にあってたまるかってんだ。「世界樹がない世界か……興味深いね」「そうなんですか?」「もちろん。世界樹は世界を支える柱みたいなものだからね。柱のない世界がどうやって存在しているのか、そっちの方が不思議でならないよ」そう言われると確かにと妙に納得してしまう。世界樹がないから魔法という概念も存在しなかったのだろうか。そもそも世界樹はどうやって誰が生み出したものなんだろう。……考え始めるときりが無いな。世界樹の根元まで来ると壁が目の前にそり立っているような感覚に陥る。太さだけでも田舎町くらいなら入りそう大きさだ。「凄い……これが世界樹なのね」ソフィアさんもうっとりしたような声を漏らしている。多分世界樹にここまで近づく事が出来たのはエリュシオン帝国初の人間になるんじゃないか?「これほど巨大とはのぉ……世界広しといえどもこんな大きな樹は初めて見たわい」「おい、近付くな」クロウリーさんも興味が尽きないのか世界樹に触れようとしてヨハネさんに怒られていた。神聖なものみたいだし勝手に触ろうものなら殺されてもおかしくはない。「じゃあ中に入ろうか」「中に、ですか?」「そう。もちろん入っていいのは願う者だけだよ」となると入れるのは僕だけか。何かあった時にアカリやアレンさんが側に居ないのは不安だな。ペトロさんと共に世界樹の巨大な入り口に立つと、ゆっくりと重い扉が開かれていく。