帝都に戻った僕らは主だった面子を集めて宿り木へと集合した。
クロウリーさんは後から合流する事になっている為今はいない。
「なるほど……神域でそのような事が」
「そう。だからできるだけ戦力がいるんだ、レイ」
レイさんを筆頭に帝都にいる能力の高い冒険者を集めてもらい、僕とアレンさん、レオンハルトさんはまた白帝テスタロッサさんに会いに行く。
情報収集については"黄金の旅団"の一部のメンバーに魔神の所在を調べてもらう事になった。
テスタロッサさんの邸宅へ赴いたまでは良かったが――
「魔神討伐に付き合えだと?お前達でも何とかできるだろう」
「いや、奴は強くてね。確実に殺す必要があるんだよ」
「それで私に手を貸せと?」
どうやらテスタロッサさんはあまり乗り気ではないようで、腕を組んで鼻で笑う。
「殲滅王と魔導王が参戦してそれでも足りんと言うのか?」
「念には念をってやつさ」
「過剰戦力にも程がある。それに私に依頼するなら破格の依頼料が発生するぞ」
世界最強の白帝に依頼などしようものならとんでもない額なのではないだろうか。
正直聞くのも恐ろしい。
「この世界の為に戦ってくれないかい?」
「私は今忙しい」
「じゃあ先にそれを手伝うからさ」
「お前では役に立たん。そうだな……カナタ」
不意に僕の名前が呼ばれると同時に鋭い眼光が僕へと向けられる。
「は、はい」
「私にマフラーの編み方を教えよ」
「マ、マフラー?」
何かの隠語だろうか……まさか首に巻く方のマフラーでは無いだろうし……。
マフラーの編み方を教える事およそ二時間。やっとテスタロッサさん一人で編めるようになってくると、楽しくなってきたのか黙々とやり始めた。僕らはそれを眺めるだけ。これもしかして終わるまで見ておかないといけないのだろうか。アレンさんなんて早々に飽きてソファで寝てるし。「ふむ、なかなか奥が深いな」「でも慣れると案外サクサク進みますよ」マフラーの形にはなってきた。とはいえまだ半分ほどだが、このペースでいけば今日中には出来上がるのではないだろうか。「でもなんでまた突然マフラーを編みたいと思ったんですか?やっていない事に挑戦したいと仰ってましたけど」「一番手軽に始められるからだ。料理だと材料を集めるのが大変だろう」まあ言わんとしている事は分かるが、手先が器用じゃなければ編み物は難しい。その点テスタロッサさんは手先が器用だったからいいが、もし不器用だったら途中で投げ出していただろうな。レオンハルトさんは庭で剣を振っている。見ていてもつまらないだろうし当然か。僕はずっと見ておかなくちゃならないんだろうけど、見ているだけというのもなかなか苦痛ではある。不意にテスタロッサさんが顔を上げ僕をジッと見つめる。「カナタ、魔神討伐にお前も参加しているのか?」「はい。僕も目的があるので」「ふむ……死ぬなよ」それだけ言うとテスタロッサさんはまた手元のマフラーに視線を落とす。なんだろう、何か言いたげだったけど。「世界樹には行ったのか?」「はい、行きました。そこで精霊とお話もしましたよ」「ほう、世界樹の精霊か。私も会ったことはないな」世間話ついでに神域の話を振るとテスタロッサさんも興味が
帝都に戻った僕らは主だった面子を集めて宿り木へと集合した。クロウリーさんは後から合流する事になっている為今はいない。「なるほど……神域でそのような事が」「そう。だからできるだけ戦力がいるんだ、レイ」レイさんを筆頭に帝都にいる能力の高い冒険者を集めてもらい、僕とアレンさん、レオンハルトさんはまた白帝テスタロッサさんに会いに行く。情報収集については"黄金の旅団"の一部のメンバーに魔神の所在を調べてもらう事になった。テスタロッサさんの邸宅へ赴いたまでは良かったが――「魔神討伐に付き合えだと?お前達でも何とかできるだろう」「いや、奴は強くてね。確実に殺す必要があるんだよ」「それで私に手を貸せと?」どうやらテスタロッサさんはあまり乗り気ではないようで、腕を組んで鼻で笑う。「殲滅王と魔導王が参戦してそれでも足りんと言うのか?」「念には念をってやつさ」「過剰戦力にも程がある。それに私に依頼するなら破格の依頼料が発生するぞ」世界最強の白帝に依頼などしようものならとんでもない額なのではないだろうか。正直聞くのも恐ろしい。「この世界の為に戦ってくれないかい?」「私は今忙しい」「じゃあ先にそれを手伝うからさ」「お前では役に立たん。そうだな……カナタ」不意に僕の名前が呼ばれると同時に鋭い眼光が僕へと向けられる。「は、はい」「私にマフラーの編み方を教えよ」「マ、マフラー?」何かの隠語だろうか……まさか首に巻く方のマフラーでは無いだろうし……。
「それじゃあまた来るのを楽しみにしているよカナタ君」「はい、いつになるかは分かりませんが必ず戻ってきますので」ペトロさんと握手を交わし僕らは入ってきた結界の所まで送ってもらうこととなった。使徒ペトロさんの管轄内であるその結界の場所までは転移で移動ができる。瞬きする間もなく到着した僕らを出迎えたのは、アレンさんに鎖で雁字搦めにされた神族だった。「む……貴様らは」僕らの顔を見て一瞬凄い形相になったが、すぐそばにペトロさんがいるのを確認するとすぐに片膝を突いた。「ああ、ここの警備を担当している神族かな?」「はっ!その者達はあろう事か強引に神域へと侵入しました」「知ってるよ。ガブリエルからまた詳しく聞いておくといい」それだけ言うとペトロさんは僕へと向き直った。「次に来る時は結界の外から呼び掛けてくれるといいよ。そうしたらガブリエルに迎えに行かせるから」「分かりました。入った時は強引なやり方ですみませんでした」僕が悪いわけではないが、ペトロさんは僕しか気に入っていないようで他の人の話は無視だからな。「結界を修復するのも面倒だからね。じゃあまた会うのを楽しみにしているよ」全員で頭を下げると僕らは神域の外へと出た。出ると同時に後ろの光景は瞬時に変わり、森の中に突然現れたような錯覚に陥る。「これからが大変だね。魔神を探さないといけないし討伐隊を組み直さないと」「そうですね……今頃どこに隠れているのか」魔神憎しで集まる者は多いだろう。ただ探すとなれば魔族国に入らなければならない。魔族だって一体一体が相当強いし討伐隊の人数はこれまでの倍以上の数になるのではないだろうか。
突如響いてきた声は男とも女とも言えない性別が分からない声質だった。僕が狼狽えていると再度声が響いてくる。『人の子よ、何用か』「あの、願いを叶えて欲しくて……」『願い、か。申してみよ』「僕の世界の時間を平和だった日に戻して欲しいんです」威圧感こそないが、言葉を間違えれば即座に存在ごと消されてしまいそうな、そんな気がした。だから僕は一言一言を丁寧に伝える。少し間を置き精霊は答えた。『時間を戻すとなれば相応の代償を払わなければならない』「代償……ですか。内容を教えて頂けますか?」代償はやはり必要なのか。痛くないものだったらいいけど。『人の子よ、そなたの命程度では到底足りぬぞ』「命でも足りないとなれば僕は何を差し出せばよいでしょうか?」最悪の場合、自身の命と引き換えくらいは覚悟していたが、その命を使ったとしても時を戻す願いは簡単に叶えられないようだった。『とはいえわざわざここまで来たそなたに一つだけ試練を課そう。それを見事達成した暁にそなたの願いを叶えてもよい』「試練、ですか?」代償の次は試練か。無理難題でなければいいけれど、と僕は不安を抱えながら問い掛けた。『魔神をこの世界から葬り去って欲しい』「ま、魔神をですか?流石にそれは……」『できんと申すか?そなたの望みはそれ程までに高みにある願いぞ』魔神か……アレンさん達と協力しても勝てなかった相手だ。僕一人でどうこうできる話ではなくなってきたな。「いえ、やります。では魔神を倒したらまたここに来てもい
結界の中へと入ると聳え立つ世界樹が一層神々しく見えた。地球には存在しないレベルの大きさに僕はポカーンと口を開けてしまう。「どうしたんだい?カナタ君。もしかして君の世界には世界樹がないのかな?」「え?そうですね、世界樹なんて植物は僕のいた世界ではありませんでした」ペトロさんが不思議そうな顔をしているがこんなファンタジーの塊みたいな植物が地球にあってたまるかってんだ。「世界樹がない世界か……興味深いね」「そうなんですか?」「もちろん。世界樹は世界を支える柱みたいなものだからね。柱のない世界がどうやって存在しているのか、そっちの方が不思議でならないよ」そう言われると確かにと妙に納得してしまう。世界樹がないから魔法という概念も存在しなかったのだろうか。そもそも世界樹はどうやって誰が生み出したものなんだろう。……考え始めるときりが無いな。世界樹の根元まで来ると壁が目の前にそり立っているような感覚に陥る。太さだけでも田舎町くらいなら入りそう大きさだ。「凄い……これが世界樹なのね」ソフィアさんもうっとりしたような声を漏らしている。多分世界樹にここまで近づく事が出来たのはエリュシオン帝国初の人間になるんじゃないか?「これほど巨大とはのぉ……世界広しといえどもこんな大きな樹は初めて見たわい」「おい、近付くな」クロウリーさんも興味が尽きないのか世界樹に触れようとしてヨハネさんに怒られていた。神聖なものみたいだし勝手に触ろうものなら殺されてもおかしくはない。「じゃあ中に入ろうか」「中に、ですか?」「そう。もちろん入っていいのは願う者だけだよ」となると入れるのは僕だけか。何かあった時にアカリやアレンさんが側に居ないのは不安だな。ペトロさんと共に世界樹の巨大な入り口に立つと、ゆっくりと重い扉が開かれていく。
僕は今までの事をヨハネさんに全て話した。日本での悲劇、というより魔神が引き起こした惨劇の全てを。そしてそれをなかった事にしたいという僕の願いをヨハネさんは黙って最後まで聞いてくれていた。「時間を戻す、か。確かにそれは世界樹にしかできん御業だ」「では許可を頂けますか?」「……ふん。まあいいだろう。ギガドラに膝を突かされたのは事実なのでな」ヨハネさんは渋々ながらも許可を出してくれた。これで障害はなくなった。「それでは今から向かおうかカナタ君。ヨハネ、君も付いてきてくれるだろう?」「行かねば結界を通り抜けれんだろうが」なるほど、六人の使徒が結界の解除をしなければ、そもそも世界樹に近付くことすらできないようだ。世界樹へと向かう道中、クロウリーさんはずっと気落ちしていた。それもそのはず、自身の持てる最大威力の魔法が使徒に対して何の意味も成さなかったのだ。格が違うというのを実感させられたからだろう。「儂も長年魔法技術を追求してきたはずじゃ……しかし、擦り傷一つ与えられんかった……」正直ここまで力の差があれば、魔神討伐で使徒の力を借りるのが一番手っ取り早い気もする。「あの、魔神を倒す為にペトロさんとかに手を貸してもらうのはダメなんですか?」純粋に気になったから聞いてみると、アレンさんが答えてくれた。「ああ、普通はそう思うよね。でもそれはダメなんだよ」「ダメ……というのは?」「神域に暮らす神族や使徒は神域外での干渉は禁じられているんだよ。魔神はあくまで魔族国のトップだからね、使徒に手を貸してもらう事はできないんだ」そういうものなのか。人間が脅かされているんだから手を借りればいいのにと思ったが、そう簡単な話ではないらしい。「まあ魔神が神域に攻め込んでこれば話は変わってくるけどね。ただ、奴も馬鹿じゃないからそんな事にはならないだろうけど」魔神とて使徒や神族を相
ギガドラさんが落とした雷は目を開けていられないほどに光を放っていた。徐々に視界がクリアになってくるとヨハネさんは忌々しそうな顔で突っ立っていたが、その姿に若干の違和感を覚える。白い服がほんの少しだけ焦げていたのだ。ギガドラさんの攻撃は結界を多少なりとも貫通したようで、初めてヨハネさんに傷を負わせたらしい。「ククク、我の一撃は重いであろう?使徒統括といえど生身で受ければ消し飛ぶ威力ぞ」「雷神獣……確かに貴様の力は他の神獣を凌駕している。だがそれでも所詮は神獣の領域を出んという事を理解しておけ」「どうした?饒舌に喋るではないか。そんなにも意外だったか?結界を貫通する攻撃手段を持っていたことに」二人の舌戦は徐々に激しくなってくる。「少しばかり結界を貫通したというだけでふんぞり返るなど……程度が知れるぞギガドラ」「ほう?ならば次はもっと火力を上げてやろうか?その余裕そうな顔を歪ませてくれる」「やってみるといい。所詮は獣だという事を今一度知らしめてやる」ヨハネさんは片手を突き出し、ギガドラさんは口元に電撃を収束させていく。今度は二人の攻撃がぶつかり合う事になりそうだ。僕らは余波を受けぬようまた数歩下がり、防御の態勢を取った。「これは不味いですね。全員私の後ろに。絶対領域!」トマスさんが気を利かせてくれたのか僕らを覆うほどの結界を展開した。これなら余波を心配する事もないだろう。「我が全力の一撃、その身に受けよ!破軍雷光弾!」「全ては無に帰す……絶界」音は消え不意な静寂が訪れる。僕の目ではもはや何が起きたかすら知覚する事は出来なかった。突如、耳を劈くほどの轟音を掻き鳴らしたと思えば地面に片膝を突いていたのはヨハネさんであった。「ぐ……獣如きが……」「ククク、天辺で胡座をかいているからそういう事になるのだ。神獣だ
無傷のヨハネさんは不機嫌そうな表情を浮かべて口を開く。「くだらん……この程度で私に勝てるだと?ペトロ、貴様も知っているはずだろう。使徒統括である私との差を」ヨハネさんの余裕の態度は崩れる事がない。ペトロさんも苦笑いを浮かべており、力の差は歴然だった。「それはどうかのぅ?これを食らっても平気か?エンドオブカタストロフィ!」準備が整ったクロウリーさんが両手を頭上に掲げるとおどろおどろしい黒と紫色の雲が突如として現れた。見ただけで分かる、ヤバいやつだ。僕は咄嗟に数歩下がり、自分の安全性を確保した。ブラックホールのような渦がヨハネさんを飲み込むとそのまま圧縮するように黒い円は縮んでいく。やがて人の大きさ程まで小さくなったところで、何処からともなく指を鳴らす音が聞こえてきた。「人間にしては凶悪な魔法を使うではないか。しかしこの程度で私を滅するなど片腹痛いぞ」その言葉通り、黒い円は霧散し中から無愛想なヨハネさんが出てきた。クロウリーさんの渾身の魔法ですら傷一つ付けられないとなれば正直打つ手はない。「これで終わりか?すべて出し切ったのか?」「いえ、まだ僕がいます!」ここからは僕の番だ。僕は握り締めていたギガドラさんの爪を地面に叩きつけた。「それは……まさか」「お願いしますギガドラさん!」僕が叫ぶと真っ白な空間である部屋に稲妻が走り、雷雲が立ち込める。「承知した」部屋に響き渡る低い声と共に雷鳴が轟き、白い虎が姿を現した。「人間に手を貸したかギガドラ」「ほう?これは面白い!ヨハネと相対し
先に動いたのはアレンさんだった。片手を上げたまま魔法を発動させる。「消し飛べ、バニシングブラスト!」あの四天王グリードを跡形もなく消滅させた魔法だ。最初からフルスロットルで戦うようだ。「私に触れることは誰であろうと許されざる行為だと知れ」ヨハネさんが片腕を払う仕草をすると、アレンさんの魔法は何事もなかったかのように掻き消された。「今のを消すのか……なるほど、使徒というのは格が違うとは聞いていたけどこれほどとはね」アレンさんも苦い表情だ。多少のダメージを与えるどころか魔法がヨハネさんに触れることすらできなかったのだから、当然の反応といえる。「どけ人間!その程度の攻撃では小鳥のさえずりにしか感じんわ!牙城崩落!」今度はシモンさんが全力の一撃を放った。砲撃を思わせるその音に僕は耳を塞ぐ。凶悪なまでの一撃がヨハネさんに襲い掛かるが、やはり相変わらず突っ立ったまま微動だにしない。「シモン、貴様のそれは威力だけなら脅威だ。しかし……直線的すぎると何度も伝えたはずだぞ」ヨハネさんがそう言い終わるや否や目の前に黒い円の空間が生まれた。砲撃と錯覚する程の一撃は黒い円に飲み込まれていき、音すら消えてなくなった。「流石はヨハネ!じゃあこれならどう!?」次に動いたのはアンデレさんだった。周囲に浮かぶ無数の水晶から繰り出されるレーザーは某アニメに出てくるような全方位攻撃だ。流石にこれなら一発くらい掠ってもいいのではないか、そう思っていた僕はまだ考えが甘いことを思い知らされた。ヨハネさんが指を鳴らすと、自身に向かってくるレーザーを歪曲させ一発たりとも被弾す