プリズムゴーレムの無様な姿を見て、僕はつい苦笑を漏らしてしまった。
脅威という割にはあまりに滑稽な姿。五メートルはあろうかと思える巨体が地面に尻餅をついているのだから、これで笑うなという方が難しい。「攻撃力は高いけど動きは単調なのよ。だからゴーレムの対処はそれほど難しくはないわ」
「なるほど……でも当たれば死にますよね?」腕をぶん回されて直撃しようものなら身体が弾け飛ぶのではなかろうか。「もちろんよ。ゴーレムの強みはその攻撃力なのだから。でも当たらなければいい話でしょう」
「まあそうなんですけど……」言うのは簡単だけども。ソフィアさんなら簡単に対処できるのだろうが、僕の体力では恐らく数分持てばいい方だ。「ああ、終わったわね」
「早いですね」「普通はこれだけ練度の高い共闘はできないけど、彼らは"黄金の旅団"だからこの早さで対処できる。貴方が入ったクランというのはそういう所よ」僕が加入したのはあくまで必然的な流れがあったからだけど、普通の人からすれば"黄金の旅団"というだけで格上扱いされるようだ。「ついていくのは大変だけれど、まあなるようになるわよ。せめてワタクシ程度の実力は身に着けた方がいいかしらね」「ソフィアさんの実力ってこの世界でいうとどの辺りなのかが想像つかないんですが」「ワタクシは……そうね、一応S級と同格だという自覚はあるわ」皇女なのにS級ってなんだよ。天は二物を与えたのか?権力も実力も美貌も全て兼ね備えたパーフェクトウーマンだよもう。「S級……今の僕はどの辺りですか?」
「カナタはC級ね」よわっ。冒険者の中でも最弱だよ。いや、考え方を変えるんだ。僕は元々一般市民なんだから、C級として数えられるだけいいんじゃないか?「その武器とかを考慮してC級よ」
「その武器がなければ……僕らは今小屋の前にいる。ログハウスというのか、木で自作したであろう小さな家だ。庭も整備されていてちょっとした家庭菜園もやっているらしい。「クロウリーはここに住んでいるんだ。あっと、カナタ。ボクより前に行ったら駄目だよ?」クロウリーというお爺さんは来客に対してまず魔法が発動されるよう罠を仕掛けているらしい。僕が先に行くと対処できず大怪我を負うそうだ。アレンさんが一歩庭に足を踏み入れた瞬間、庭の至る所から石でできたいくつものトゲが襲いかかった。「ほらね?」障壁のお陰でアレンさんは無傷だったが、あれが僕だったらと思うと背筋が凍る思いだ。「ほんと悪趣味な罠ね」フェリスさんも肩をすくめやれやれと呆れているようだった。「下手したら死人が出ません?」「今の所は出てないらしいのよ。まあここまで到達できるような実力があればこの程度大した罠でもないしね」言われてみればそれもそうか。ここに来ているって事はプリズムゴーレムを倒してきてるんだもんな。「……あ、出てきた」アカリが小さく呟くと共にお爺さんが家から出てきた。いるならさっさと出てきてくれたらいいのに。「なんじゃ!騒々しいのう!?」「やぁ、久しぶりだねクロウリー」「なぬ!?お前は……アレン、か?生きておったのか!」クロウリーさんはアレンさんを一目見て駆け寄ってきた。お爺さんの見た目で全力疾走はインパクトが強すぎて怖いな。「少し話したい事があってね。それと紹介したい人もいる」「ほう?そこの禁忌を犯した青年の事か?」クロウリーさんは僕をチ
「それで、こんな所まで足を運んだ理由を聞かせてもらおうかの」僕らは辛うじて座る事のできた長椅子に腰かけるとアレンさんが本題に入った。「神域について教えて欲しいんだ」「何じゃと?」突然神域という単語が出てきたからかクロウリーさんは怪訝な顔を浮かべていた。「どうしてまた神域の事が知りたくなった。あそこは名称に違わず神の領域じゃぞ?」「実は彼なんだけどさ――」アレンさんは僕の素性や神域に行かなければならない理由を説明した。クロウリーさんは僕が別世界から来た人間だと分かると興味深そうに視線を向けてくる。それはもうジットリとだ。上から下までジックリ見ると何か納得できる部分があったのか小さく何度も頷く。「なるほどのぉ、世界樹か。確かに神域にはそれらしきものはあったぞ」「やっぱり行った事があるのかい」「そりゃあ興味深いじゃろう。神域などと言われている場所なら未知の魔法があるのではないかと思っての。ただ、儂は許可を得ず神域に足を踏み入れたせいでえらい目に合ったわい」どうやら話を聞くと、神域は神族の許可を得ていなければ問答無用で攻撃されるらしい。本来なら結界に阻まれて簡単には入れないそうだが、クロウリーさんは強引にこじ開けたとの事。そりゃあ神族も怒るよ。土足で入っているのと同じなんだから。「神族に許可を取れば神域をうろつける。ただのぉ、その神族とやらがどこにおるか分からんのじゃ」「クロウリーの魔法でも無理なのかい?」「探知魔法の事か?あれでも無理じゃった。恐らく帝国内にもおるはずなんじゃがのう」各国に数人の神族が隠れているそうで、その人達を探すところからしなければならないようだ。「うーん、神族か……誰か彼らを探せるような心当たりはないかい?」「あったら儂が先に会いに行っとるわい」まあそうだよね。わざわざ危険を冒してまで強引に神域へと立ち入るような真似はしないだろうし。「ソフィアは心当たりあるかい?」
魔導王と呼ばれるクロウリーさんが仲間になった。いや、こんな言い方すると失礼か。異世界でのイベントはついゲームのような感覚に陥る。「では神族を探すということじゃな。うーむ、一つだけ方法はあるといえばある」「あるんじゃないか。それを教えてくれよ」「いや、隠しているわけではない。ただのぉ、正攻法とは言いずらいのでな」正攻法でなくともそれしか方法がないのなら、それに頼るしかないのではないだろうか。「あるにはあるんじゃが……」「何をもったいぶってるのよクロ爺さん」「クロ爺さん!?何じゃその呼び方は!」フェリスさんもイライラしてきたのか若干本性が出かかっている。爆発しないでくれと願うばかりだ。「……まあよい。それでその方法なんじゃがな」まだ勿体ぶる。ちょっとしつこくて僕までイライラしてきた。「強引に結界を突破するんじゃ」「いやそれ自分がやってえらい目に合ったって言ってたじゃないか」「まあ最後まで聞けアレン。当然結界を突破すれば神族が現れる。そこでお前さんの出番じゃ」そう言いながらクロウリーさんは僕を見た。え?僕何も出来ないんですけど。「別世界の話をするといい。神族とて別世界に渡る術をもたんのじゃ。だから別世界の話なら興味を持つ」「な、なるほど……?」「でもそれってリスクが大きいじゃないの。クロウリー、もっと安全な方法を導き出しなさい」ソフィアさんも無茶を言う。この方法しかないって言ってたのに捻り出せとはなかなかの鬼だ。「もちろん儂が全力で守ろう。まあその必要はないと思うがのぉ」「どうしてそう言い切れる
「おお、久しいなオルランド。儂が来てやったぞ」「お、お、お前は……クロウリー!?」オルランド皇帝はとても驚いていて、今にも膝から崩れ落ちそうだった。それにしてもクロウリーさん、皇帝陛下相手に馴れ馴れしいな。アレンさんのように王の名を持つ冒険者はみんな皇帝陛下に馴れ馴れしいのだろうか。「まあ貴殿には用はない」「ならどうして謁見の間に飛んできたんだ!」それはそう。今のはクロウリーさんが悪い。オルランド皇帝に僕は同意見だ。「あー済まないねオルランド。まさかここに転移するとは思ってなかったよ」「む、アレンか。そもそもどうしてここに転移してきたのだ?」「話せば長くなるけど、簡潔に言うと神域に行くためさ」アレンさんは掻い摘んで話した。いや、掻い摘みすぎてオルランド皇帝が口を開けて呆けているよ。「し、神域!?待て待て待て!そんな大事な話を適当に流すな!」「でも話すと長くなるからさ」「長くなっても構わんわ!頼むから話してくれ、神域が絡むとなると国として体裁がいるだろう!」神域ってそういう場所なんだな。結局僕らは場所を移し、皇帝陛下含む六人で話をする事となった。「それでは神域にはどうやって入るつもりだ?言っておくが余も神族の知り合いなどおらんぞ」「まあそこはクロウリーの策があるみたいだよ」皆の視線が一人へと集中すると、クロウリーさんは咳払いをした。「おほん!そうじゃ、儂に策がある」「どうやって入るつもりだ。あそこは勝手に立ち入ろうものなら即座に始末される領域だぞ」「分かっておるわ。儂だって命からがら逃げてきたんじゃからな。……結界を強行突破する」またオルランド皇帝が目を見開いた。「待て待て!そんな事をすれば無事では済まんだろう!アレンやクロウリーお前達ならなんとかなるかもしれんが他の面子では死ぬぞ!」「もちろん儂とアレンが全力で守る。この国最強が二人もおるのだぞ?万
皇帝陛下は渋々ながら首を縦に振った。いや、振らされたというのが正しいだろう。「ソフィア……お前まで着いていくつもりなのか」「ええ、もちろん。カナタは危なっかしいですから」「ううむ……神族と対話をするつもりなら確かに皇族がいた方がいいかもしれんが……ううむ」オルランド陛下は頭を抱えていた。僕を守る為というのは多分建前だ。普通に神族をその目で見たいというのがソフィアさんの本音だろう。「あまり無茶な真似はしないでくれよソフィア」「ワタクシが今までにそんな真似をした事がありまして?」あるから言ってんだろ、とでも言いたげな表情でソフィアさんを見つめるオルランド陛下。「……頼むぞほんとに。アレン!ソフィアに傷一つでもつけるな」「なかなか厳しい事を言うね。まあ一応細心の注意は払うつもりさ。でもソフィアが勝手に動いて勝手に怪我をする分までは保証できないよ」「……致し方ない。それでいつ出発するのだ」「準備は万端にしておきたいからね。明日出るつもりさ」え、明日?そんな急に?確かに早い方が僕としては有り難いがそんな突発的な工程でいいのだろうか。「早いな……分かった。幸運を祈る。あわよくば神族と懇意にしてくれたら我が国としても嬉しい」「その辺りは運が絡むかもね。神族だって個性があるだろうし、当たりの神族に出会う事を祈るばかりさ」偏屈な神族が出てこなかったらいいな。アレンさんみたいな神族だったら大歓迎なんだけど。僕らは城を後にし宿り木まで戻ってきた。神域を目指すなら十分な準備が必要になる。アレンさんとフェリスさんは各々装備や野営道具を揃え、僕とアカリは適当に時間を潰せと言われ放り出された。「あれ、ソフィアさんも何か準備とかって……」「ワタクシはこの
三人で街をぶらつくと、やはりというか当たり前だがかなり目立っていた。黄金の旅団自体有名なのは僕も知っている。中でも二つ名持ちであるアカリがいれば目立つ事は当然といえた。それに加えてソフィアさんまでいる。街行く人達はみな、あの男は何者なんだと言わんばかりの視線を向けてきていた。まあそれも仕方のない事だ。僕はというとフードを被りできるだけ顔を隠しているとはいえ、眼帯をしているのは見えてしまう。怪しい人物ですと言っているようなものだ。「どうしたのカナタ」「いや……あの、気にならないんですか?」「何が?」ああ、この方は慣れてしまっているようだ。そりゃあそうか。皇女様なんだから人の目に晒されるなんて日常茶飯事だろうし。「なんでもないです」「カナタは今、目立っているのが気になってる」アカリが補足説明を入れてくれた。やっと理解したのかソフィアさんは納得した表情を浮かべた。「慣れればいいわよ。貴方のいた世界でも目立っていたのでしょう?話を聞いたところそっちの世界には魔法という概念がないようだし」「そうそう慣れるものでもありませんよ。僕は芸能人でもありませんから」ただの一般人なんだよ僕は。大多数の人の目に晒される機会なんて殆どなく生きてきたんだ。「とりあえず食事を済ませたいわね。この近くにワタクシの行きつけのお店があるからそこに行きましょう」皇女様の行きつけ?嫌な予感しかしないが。連れてこられたお店というのは、外観からして庶民は出入り禁止と思えるような豪華絢爛さだった。あちこちに金の装飾があるし、案内の為の店員さんと思われる女性が微動だにせず突っ立っている。めちゃくちゃ高級料理店じゃないのか。「さあ、行きましょ」ソフィアさんはそんな僕の気など知らずサッサと店内へと入っていく。アカリも慣れているのか澄ました顔でソフィアさんに付いていく。
出てきた料理はどれもこれも見たことがないものだった。美味しそうなのは分かる。でも僕には食事のマナーなんて何もない。どうやって食べるのか悩んでいると、アカリがフォークを使い始めた。僕も真似をする。アカリが今度はスプーンを使い始めた。また僕は真似をする。それを数回繰り返したところでソフィアさんがフッと鼻で笑った。「別に好きな食べ方をしてもいいのよ?ここは個室だし誰も見てはいないわ」「あ、そうですか……じゃあ」もういいか。ソフィアさんに言われてから僕は自分なりの食べ方で食事を堪能した。味は絶品だった。落ち着かなかったが、料理の質は僕が今まで食べてきた中でも三本の指に入るレベルだ。「そういえば一つ聞きたかった事があるの」唐突にソフィアさんは口を開いた。「カナタは世界樹で願いを叶えると言っていたわね。それが時間を巻き戻す事だって」「はい、そうですね」「時間を巻き戻せば恐らく全て忘れてしまう。今ここで出会った人達との記憶も思い出も。この世界に来ることになってしまった原因はそのゲートとやらを作ってしまったからでしょう?また同じ過ちは繰り返さないのかしら?」僕は固まってしまった。異世界ゲートをまた作ってしまえば悲劇は繰り返されてしまう。絶対に次は作らないという保証なんてどこにもない。僕が黙って考え込んでいると、ソフィアさんは話を続けた。「せめて貴方の記憶の一部だけでも残して貰わなければならないわね。それも世界樹に願えば叶えれくれるのだったらいいけれど」「記憶……そうですよね。記憶を引き継がなければまた僕は異世界ゲートを作ってしまう。もう二度とあんな悲劇は起こしたくありません」もしも記憶が引き継げなければどうすればいい。僕の頭の中はその事で一杯になり後半の食事が喉を通らなかった。高級料理店から帰る道中、アカリが僕の脇腹をつついた。
夜が明けると各々準備万端で宿り木の前に集合していた。”黄金の旅団”が所有する馬車で行けるところまで向かい、そこからはクロウリーさん頼りの旅程だ。「さてと、みんな準備は大丈夫かな?」アレンさんが集まっているメンツを見回しそう言うとみんな頷く。僕は準備といっても大した装備はない。防具だって革製のものでなければ動きが鈍くなるし、武器もライフルと魔道具数個程度だ。馬車で移動するのもだいぶ慣れた。この世界に順応していたといっても過言ではない。ただ、やっぱり自動車と比べると遅いし揺れるし乗り心地でいえば自動車に軍配が上がる。馬車に揺られる事数時間。帝都を出て最初に到着したのは中規模の街だった。「ここは商業都市ルフランさ。ここで少しばかり休憩といこうか」初めて来た街は高い建物が多く、帝都とはまた違った雰囲気だった。「カナタ、はぐれてはだめよ」「僕も子供じゃないんですから……」「興味津々といった目をしていたわよ。だからワタクシから離れないように」ソフィアさんは僕の母親か?と思えるような発言をする。確かに興味はある。だからといってフラフラと歩き回るほど僕は馬鹿じゃない。まあソフィアさんには何を言っても無駄なので僕は黙って従う事にした。「凄いですね……道路、というのか道も綺麗に舗装されてますし建物も白っぽい色が多いですね」「商業都市だからよ。あまり奇抜な色は商人が好まないのよ」そうなのか。案外奇抜な色の方が目立っていいと思ったんだけどな。「悪目立ちしても商人にとっては一利にもならないわ」「そういうもんなんですね」「この街にいるはずの彼に会いに行こうか」アレンさんの知り合いがこの街に住んでいるそうだ。僕ら一行は目的の人物に会う為、見慣れない高層ビルような建物へと入った。「やあ、彼はいるか
「手伝ってもらうといってもそう大した事ではない。次に許可を貰いに行くのは使徒の中でも一番力を持っている第一使徒ヨハネだ。彼の許可さえ貰えれば正直他の使徒が何を言ってきても意味を成さない」え?じゃあ今まで一人ずつ許可を貰っていった過程は無駄だって事かな……。ペトロさんは僕がなんとも言えない表情になっているのを一目見て、そのまま話を続けた。「ではどうして他の使徒の許可を得る必要があったのかと、そう思っているかもしれないがこれは必要な事だったんだ。ヨハネは確実に許可を出しはしないからね」「確実に、ですか?」「そう。人間を世界樹に近づけるなんて絶対に許しはしないだろう。しかし、ヨハネと戦い勝利する事ができれば彼は渋々ながら頷く」「本当ですか?」「ああ、本当さ。ただしさっきも言った通り使徒の中でも隔絶した力を持っているからね。私達五人の使徒と君達にも協力して貰う必要があるんだ」ヨハネさんと呼ばれる使徒は特に面倒臭い性質を持つらしい。僕らが戦い勝利を収めれば許可を得る事ができる。しかし現実的にそれは不可能であり、その為に手を貸してくれる五人の使徒と協力して勝たなければならないそうだ。使徒の力を借りなければそもそも触れることすら出来ない程の力を持つそうで、無駄に思われた他の使徒の許可を先に得たようだ。「それ……ボク達役に立てるのかい?」「役に立つ立たないではない。やらなければ許可は降りないだろう」「なるほど……あくまで、ワタクシ達人間が勝利する事に意味があるのですわね」やらなければならないのなら僕も覚悟を決めないとな。いざとなればギガドラさんに力を貸してもらおう。「最高の状態で挑みたい。君達は今日ここで一泊して英気を養うといい」ペトロさんから一
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目
部屋全体がとても暑く、何もしていないのに服には汗が滲んでくるほどだった。ペトロさんとアンデレさんを見ればとても涼しい顔をしており、二人は暑さが平気のようだった。数歩進むと更に熱気は凄く、僕の額には大粒の汗が浮かぶ。使徒の特殊な力か知らないが僕だってペトロさん達みたいに涼しい顔でいたいものだが、あまりの暑さにそうは言ってられない。「ん?あ、もしかしてこの部屋暑いかい?」ペトロさんが僕の様子に気づいてくれたようで声を掛けてくれた。それに僕は頷き返すと、ペトロさんはおもむろに指を弾いた。その瞬間、暑く感じていたはずなのに一気に涼しくなった。何か結界のようなものを張ってくれたのだろうか。「悪いね。人間はこの暑さだと辛いというのを忘れていたよ」「結界ですか?」「そう。私達は呼吸をするかのように身体を覆っているけど君達人間はわざわざ発動手順を踏まなければならないのを忘れていたよ。それに君は魔法があまり得意ではないだろう?」その通りだ。得意か否かではなく赤眼のせいであまり魔法が扱えない。ペトロさんはこの短い時間でその事にも気づいていたらしい。「それにしても趣味悪いよね~ヤコブの部屋って」アンデレさんは首を横に振り嫌そうな顔をする。まあ僕も趣味がいいかと問われれば首を振らざるを得ないしな。「あ、来たみたいだよ」ペトロさんが指差す方向を見ると溶岩が盛り上がりその中から白い服を着た男が出てきた。髪は短髪で赤く目も吊り上がっていて不良みたいな見た目だ。少なくとも僕がプライベートだったら話し掛けはしないタイプの見た目だった。「おいおいおい!なんだって二人が俺の所にきたんだ?それにそこの人間はなんだ?」「まあいいじゃん。とりあえずさ、この子が世界樹に行きたいらしいから許可ちょーだい」何の説明もしてないけどいいのだろうか?アンデレさんの問いかけにヤコブさんは数秒無言になると頷いた。「お?まあいいけどよ。って説明の一