「行ったな……」
静かになった異世界ゲートの前に佇む三人。黒川紅蓮、城ヶ崎紫音、斎藤茜はずっとゲートを見つめている。「さあ俺の最後の仕事だ」
紅蓮は、爆薬をゲートに仕掛け距離を取る。「お前らも全員離れろ。巻き込まれるぞ」
ゲート前で呆然と立ち尽くす茜と紫音に問いかけるが反応がない。「おい!さっさと下がれ!死にてぇのか?」
怒鳴られてやっと反応した二人は顔に生気がない。無理もないだろう、茜は彼方の事を弟のように可愛がり、紫音に限っては生まれたときからずっと一緒に生きてきた。もう会えないと思うと、立ち尽くす気持ちも理解できる。「あいつの事信じてるなら、さっさと下がって来い」
「……すみません」二人共ゲートから距離を取り紅蓮の元に来る。「あの……紅蓮さん……」
紫音が話しかけてくる。「なんだ?」
「その爆弾の起爆スイッチ……私に押させてもらえませんか?」彼方との最後の繋がりはゲートのみ。だからこそ自分で押したいのだろう。そう思った紅蓮は彼女にスイッチを手渡す。「この爆弾は時限式だ。スイッチを押して5秒後に爆破する」
「分かりました」紫音の手に起爆スイッチを置くと、紅蓮は少し離れた。最後のお別れくらいは、自分のタイミングがいいだろう。そう思い、紅蓮は押すタイミングは紫音に任せた。「茜さんも紅蓮さんのとこまで離れてていいですよ」「……うん、紫音ちゃん、大丈夫?押せる?」「はい……どうしても私が押したいんです……」「わかったわ、貴方のタイミングで押したらいいからね」そう言って茜も離れていく。紫音の頭の中には、彼方と過ごした日々が走馬灯のように流れている。<
「へぇ……?魔法を覚えたいんだね?」どこか僕を見定めるような眼つきでアレンさんはじっと見つめてくる。「はい。せめて自衛くらいはできるようになっておきたいなと思いまして」「なるほどなるほど……それは……名案だね!」アレンさんの笑顔が輝いていた。あれ?てっきり断られる雰囲気かと思ってたのに想像と違う言葉が出てきたな。「団長、いくら何でもこの世界の人間に魔法を教えるのは」「まあそう固いこと言わないでよレイ。彼だって守られてばかりは嫌だって言うんだから。それに、カナタ君が自衛できた方が有り難いだろう?」「それはそうですが……」レイさんは気が進まないようだったがアレンさんがゴリ押ししようとしていた。「カナタが魔法使えるようになったらかっけぇな!」「……自衛は大事」「まぁアタシ達の負担は減るかしら?」概ねこの場にいるみんなはアレンさんに同意していた。唯一レイさんだけが反対していたが、民主主義には逆らえなかったのか渋々ながら頷いていた。「問題はカナタ君がどれだけ魔法適性があるかだけど、君の記憶にいるボクが適性なしと判断したんだっけ?」「そうですね……僕はそれほど高位の魔法を覚えることができないと言われました」「まあ中級くらいまでなら覚えられるだろうから、地道にやろうか。どうせ魔神の居所は数日で見つかるものでもないしね」そう言ってアレンさんは僕を宿り木の地下へと連れて行った。そもそも地下があるなんて知らなかったからかなり驚いたが、土属性の魔法を使える仲間の一人が地下を作ったそうだ。まあ訓練する際に人目につくと不味いか
気持ちのいい朝日を浴びて服を着替える。今日の予定は昨日と同じく宿り木でアレンさん達に会いに行かないとならない。あまり大学を休むのは気が進まなかったが、今はそんなことも言っていられないかと自分を納得させて家を出た。まだ今の状況が夢見心地に感じていて、足取りが少しフワフワした感覚になる。宿り木まで来るとインターホンを鳴らす。出てくるのはいつもレイさんだ。今回も当然のようにレイさんが出迎えてくれた。「お待ちしていましたカナタ君。どうぞ中へ」レイさんは相変わらずクールな印象を受ける。出迎えを受けたその足で僕は客間へと案内された。するとそこにはアレンさんとアカリ、春斗、そしてフェリスさんがいた。「おっ、来たな!カナタ!」「よっ、昨日ぶりだな」春斗と友人らしい挨拶を交わし空いていた席へと腰をかける。レイさんも席についたのを見てアレンさんが口を開く。「さてと、今日カナタ君に来てもらったのは他でもない魔人について聞きたいことがあるんだ」「何でも聞いてください。僕が分かる範囲なら全て答えるつもりです」「それは助かるよ。じゃあまずは――」アレンさんから飛んでくる質問を全て答えていくと気づけば数時間経っていたようで夕日が差してきたのが視界の端に映る。「なるほどなるほど。魔神のこと詳しく教えてくれてありがとう。これだけ情報があれば少なくとも初撃で遅れは取ることはないだろうね」「どこまで役に立つか分かりませんが、少しでも役に立つのなら良かったです」「いいや十分役立つよ。魔神の情報って案外少ないんだ。だからどんな魔法を多用するとかどれだけの威力があるのかなんて分からなくてね。これでボクらの被害は最小限に抑えられ
レイさんの反論にアレンさんも腕を組んで目を瞑る。確かに僕は何の力も持たないただの一般人だ。いや、一般人どころか学生でしかない。そんな奴が魔神との戦いに参戦した所で何の役にも立たないだろう。「でも彼はボクらにはない情報がある。何も前線に出すわけじゃないさ」「しかし共に行動するのはリスクが付きまといます。こちらの世界に骨を埋める覚悟をしている者もいますが、元の世界に戻りたいと考えている団員の方が多いのですよ?そんな彼らにとってこの子は救世主そのもの。少しでもリスクは減らすべきです」レイさんの言い分は理解できる。僕に何かあればそれこそ永遠に元の世界へ戻る方法は失われてしまうと考えているに違いない。しかし僕以外にも優秀な頭脳を持った人達はいる。五木さんに僕の研究論文を共有しておけば、いずれ異世界ゲートを作り出すことも可能だろう。「レイの言い分は分かったよ。でも魔神の情報は必須だ。少なくとも彼から情報は貰わないといけない。だからこの話はまた今度にしよう」レイさんは渋々ながらアレンさんに同意する。上の立場の者にそう言われたらまあ頷くしかないのが組織というものだ。「魔神を探すにも時間はかかると思うけど、とりあえずカナタ君には色々と奴の情報を教えてもらいたい。可能であれば明日もここに来てくれるかい?」僕は断るわけもなく頷いた。レイさんは僕が関わることに難色を示していたが、アレンさんとしては僕の持っている情報を欲しがっている。一度団員同士で話し合うと言われてしまえば僕が口出しするのも変な話だ。だから今日はパーティーを普通に楽しんで帰路についた。――――――「おかえり〜、今日はどうだった?」「あ、まあそれなりに、かな」家に帰ると早々姉さんから今日の発表はどうだったかと質問が飛んでくる。適当に誤魔化したが、姉さんは変な所で勘がいいから気をつけないといけない。「いや〜今日は疲れたよ〜。聞いてよ、それがさ――」姉さんの愚痴をご飯のお供に夜は過ぎていった。
アカリとの再会を果たした後は二人で宿り木へと戻った。アレンさんはニコニコ笑顔で出迎えてくれて、仲間に紹介すると中へと入れてくれた。「さてと、さっきも話した通り彼が魔神を倒すための中心人物になる。だから新たなメンバーを快く迎え入れてあげよう!」どうやらアレンさんは僕が戻って来る前に仲間へと話をしておいてくれたようで、誰も僕を怪訝な表情で見つめる者はいなかった。「あっ!」どこからともなく聞き覚えのある懐かしい声が僕の耳へと入ってくる。仲間を押し退けて前へと出てきたのは、異世界に行く時に僕を守って死んだ春斗だった。「おいおいカナタ!そんな面白そうな話、なんで先に言ってくれねぇんだよ!」「春斗……」「ん?どうした?昨日も一緒に遊びに行った……ああ、そうか。カナタの記憶で俺は死んだんだっけ?安心しろよ!この時間軸の俺は生きてるから!」「ああ……そうだな。いや、悪い悪い。次は絶対に死なせないからな」満面の笑みの春斗を見るとなんだかどうでも良くなってきた。「俺がそう簡単にくたばるかよ!って言いたい所だけど、魔神に殺されたんだったか?そうだ!団長、これからその魔神を倒すために話し合うんすよね?」「そうだよ春斗。まずは親睦を深めようと思ってね。出前を頼んでるからカナタ君は好きな席に座るといいよ」だから"黄金の旅団"のメンバーが全員揃ってるのか。それなら再会を喜んでいる暇はないな。僕が分かる魔神の能力や使っていた魔法もみんなに伝えないと。「てかアカリ泣いてね?」「うるさい」「おいおい!泣いてんじゃねぇか!カナタが泣かせたのか!?女を泣かせるなんてなかなかやるなぁ!!優れているのは勉強だけじゃなくて女の扱いもお手の物ってか!?」
アレンさんに礼をした後僕は教えてもらった東京タワーへと急いだ。上から見つけられるというのはいまいち理解できなかったが、多分魔法的なもので探しているんだろうと無理やり納得しておいた。東京タワーまで走っていける距離ではなかったため、途中でタクシーを拾った。念の為財布だけは持っておいて助かった。東京タワーまで来ると人の多さに視線を彷徨わせる。多分下にはいないだろう。いるとすれば最上階だ。入場券を買いタワーの中へと入るとちょうどエレベーターが来ており駆け込んだ。よく考えたら東京に住んでいるのに初めて登ったな。ぐんぐんと小さくなっていく家を見ていると、相当な高さなのだと実感できる。エレベーターが最上階に達すると扉が開いた。最上階はそれほど広いわけではない。すぐに見つかるだろうとうろついているとすぐにアカリらしき姿が視界に入った。黒い髪に整った顔立ち、それでいて身長は僕と同じくらい。間違いなくアカリだ。僕は駆け寄ってアカリへと声を掛けた。「アカリ!」名前を呼ばれたからかアカリは振り向いたが怪訝な表情だ。まあ当然の反応だ。初対面の相手にいきなり名前を呼ばれたら誰だって同じ反応をする。「あ、えっと、僕のことは……覚えてない、よな」「……誰?」相変わらず冷たい反応だった。流石に心にくるものがあったがそれでも僕はめげずに話を続ける。「城ヶ崎彼方、僕の名前だよ」「……カナ、タ」
「邪法……凶悪な力ですね」アレンさんから説明を受けたレイさんとレオンハルトさんはどちらも難しそうな表情で唸る。「そんな魔法聞いたことがない。名前からして普通の魔法ではないが、それにしても代償が必要な魔法か……」「その代償を払ったから今君がここにいるんだね?」僕はその言葉に重く頷く。実際今の寿命がどうなっているかなど調べる方法はない。時が戻ったからといって僕の寿命も元通りになっているとは限らないのだ。「それにしても異世界に行くための手段があるとはね。ボクとしてはそれが一番の驚きだよ」「ただ、作ってしまうとまたあの悲劇を繰り返してしまうので……」かといって作らない、という選択肢を取ればアレンさん達は二度と故郷の土を踏めずにその人生を終えるだろう。それはそれで何とかしたいという気持ちはある。「異世界に行けることがわかれば十分さ。とりあえず魔神とその取り巻きをなんとかすればいいって話だろう?」「はい。でもこっちの世界では十全に力を使えないのでは?」「まあそれはそうだけどね。でもそれは魔神も同じことだよ。どこかに潜んでいる魔神を探し出してレオンハルトの聖剣で斬り伏せれば倒すことは可能さ」どれだけ力が弱っていても聖剣の力というのは絶大なものらしい。魔の者からすれば聖剣というのは劇薬のようなもので、触れることすらできないそうだ。「それでえっと確かもう一つの質問はアカリの所在が知りたいだっけ?」「はい。前に出会ったのはこの宿り木だったので所在が分からず……」「ふむ。まあそれは分かるけど。でもいいのかい?君は確かに記憶を引き継いでいるようだけどボクもレオンハルトも君とは初対面だと思っている。ということはアカリも当然君のことを覚えていないよ?」