Share

シャボン玉②

Author: 雫石しま
last update Huling Na-update: 2025-07-22 04:37:14

菜月は重なった唇の感触を震える指先でなぞり、頬を赤らめて湊を見上げた。湊の眼差しは凪の海のように穏やかで、彼女を優しく包み込んだ。

「これで僕は、菜月の物だよ」

「私の物なの?物って、湊は物じゃないわ」

照れ臭さを隠すように、菜月は目線を逸らしてシャボン玉を見た。

「ずっと一緒にいる」

「ずっと?」

「ずっと、どんな時も一緒だよ」

湊は菜月を引き寄せると、その華奢な体を抱きしめた。互いの熱と鼓動の音が伝わった。

「湊、それってプロポーズみたいね」

「なに寝ぼけた事言ってるの」

「そうなの?」

「菜月、僕のお嫁さんになって下さい」

あの日、小学生だった湊は、鹿脅しが鳴り響く奥の座敷で鉛筆を握った。夏の暑い盛りだった。どこまでも高く青い空に白い入道雲が両手を伸ばしていた。湊は顔を真っ赤にして、中学生の菜月の手を握った。

「ふふ、あの時の願い事と同じセリフだね」

「笑わないの!返事は?」

「お嫁さんにして下さい」

「やったー!」

 ふと目線を足下に落とした湊は、その場にしゃがみ込んだ。菜月は不思議そうにその姿を見下ろした。

「湊、なにしてるの?」

「四つ葉のクローバーを探してるの」

「幸せの四つ葉のクローバー?」

「うん」

「そんなに簡単に見つからないわよ」

 なにかを思いついた菜月は、ふぅと髪を掻き上げてその隣に屈んだ。

「ねぇ、湊」

「なに?見つかった?」

「湊がいれば、四つ葉のクローバーは要らないわ」

菜月は、真剣な表情でクローバーの群れを掻き分けている湊の頬に口付けた。湊は顔を赤らめると、その感触を確かめるように頬を押さえた。そこで、近くでシャボン玉を吹いて遊んでいた男の子が叫んだ。

「あ!ママ!男の人が男の人とチューしてる!」

「こ、こらっ!」

「チューしてる!」

「やめなさい!もう!ご、ごめんなさい」

「チュー!チュー!」

「やめなさい!」

公園の芝生広場で、幼
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • ゆりかごの中の愛憎   その日を待って

    湊は、賢治の仕事を引き継ぎ、綾野住宅株式会社の社長に就任した。「なんなんだ、これ、酷すぎる」賢治が引き起こした杜撰な経営状態を軌道修正するには、少なくとも半年、いや一年は必要だと考えられた。湊は業務にまだ不慣れで、代表取締役の郷士に指南を仰ぎながら、懸命に仕事に勤しんだ。朝の座敷で、菜月とゆきが親指と人差し指でまちまちな距離を示し、穏やかに微笑む中、湊は新たな責任に立ち向かっていた。しかし、この頃から精神的負担が原因と思われる胃痛が続き、鎮痛剤を常用するようになった。ストレスが湊の身体を蝕む一方で、菜月との絆は彼の心を支えた。「い、痛っ」「湊社長、また痛むんですか」 症状が重い時は背中も痛んだ。「久保さん、お水をもらおうかな」「こんなに鎮痛剤ばかり飲まれて、胃を痛めますよ」「分かってはいるんだけどね」 額に脂汗をかくこともあった。「病院に行かれたらどうですか?」「この書類の山を見てよ、忙しくてそれどころじゃないよ」「本当に大丈夫ですか」「精神的なものだから大丈夫だよ」 責任感の強い湊は、久保の心配をよそに、経営の軌道修正を優先し、仕事に没頭した。しかし、身体の違和感、特に胃痛が続くことに気づきながらも、病院を受診することはなかった。鎮痛剤を常用し、精神的負担を堪え続けた。カコーン「菜月」「今日も忙しかったの」「うん、もうクタクタだよ」「お疲れさま」 そんな湊の癒しは、菜月との穏やかな時間だった。菜月は、疲れ切った湊の髪の毛を優しく撫でながら、愛おしく抱き締めた。「おやすみ」「おやすみなさい」 二人は一線を超える事なく布団を並べ、手を繋いで眠った。湊は、菜月のいびきがうるさい。とその鼻を摘んだが、数日で、もう慣れたよ。と諦めた。「菜月」「・・・・なに?」「初めての夜は、僕の誕生日が良いな」「それまではしないの」「・・・我慢する」「変なの」

  • ゆりかごの中の愛憎   待ち人来ず

    カコーン 湊は枕元のスマートフォンを手に取ると時刻を確認し、布団の中でまんじりともせず夜を過ごした。(菜月が来る、菜月が来る、菜月が来る!) スマートフォンのアラームのバイブレーター音に飛び上がった湊は掛け布団の上に正座をし、菜月が襖を開ける瞬間を今か今かと待った。(・・・・・来ない) ところが廊下を歩いてくる人の気配が無い。(・・・・・来ない) 居ても立ってもいられなくなった湊は畳の上をずりずりと移動し襖を開けた。キョロキョロと廊下を見回して見たが父親の地鳴りの様ないびきが奥の寝室から聞こえて来るだけだ。(父さんうるさいな、母さん、あれでよく一緒に寝られるよ) ゆき の聴覚を疑いながら、湊は月の明かりが漏れる廊下を忍足で歩いた。ギシ、ギシ、ギシ「・・・菜月、菜月、ねぇ」 仏間に隣接した菜月の部屋の襖を少しずつ開けると、片脚を掛け布団から放り出し、仰向けで万歳の格好をした菜月が、軽いいびきをかいていた。(な、菜月)クォーーーークォーーーー(寝てるじゃないか!) 賢治の一連の騒動が解決し、無事、離婚届が市役所に受理された菜月は気が緩み、爆睡してしまった。(約束と違うじゃないか!) 湊は、その寝顔を見ながら襖を閉めた。大きな溜め息を吐いた湊の胃は、シクシクと痛み始めた。(き、緊張したのかな。僕、ストレス耐性なさすぎだろ)カコーン 鹿おどしが明け方の空に響き、その音で菜月は目を覚ました。腕で口元に垂れた涎を拭き取ると冷たかった。なにかを忘れている様な気がする。「アッ!」 スマートフォンを見ると時刻は6:30と表示されていた。慌てて飛び起きた菜月を待っていたのは、洗面所で歯磨きをする不機嫌そうな湊の後ろ姿だった。「み、みな、湊」 洗面所の鏡の中に、気不味い顔の菜月が、作り笑いをしていた。「お、おはよう」「んがんが」

  • ゆりかごの中の愛憎   そうきたか

    翌朝、湊は出勤の準備を終え、ネクタイを整えたスーツ姿で座敷に正座した。静かな朝の光が畳に差し込み、穏やかな空気が流れる。茶の間では、郷士が新聞紙を広げ、いつものように朝の時間を過ごしていた。湊は落ち着いた声で郷士に話しかけ、隣には頬をほのかに染めて恥じらう菜月の姿があった。二人の間に流れる信頼と愛は、義理の姉弟だった過去を超え、深い絆に変わっていた。朝食の茶碗を下げていた多摩さんは、不思議そうにその様子をちらりと眺め、何かを感じ取ったようだった。ゆきは静かに立ち尽くし、「とうとうこの日が来たのだ」と息を呑んだ。 「父さん、母さん、話したい事があるんだ」「なんだ、思い詰めた顔をして」「良いから座って」「なんだ」「すぐ、済むから」 郷士は、何がなんだか分からないと言った表情をして座敷で胡座をかいた。カコーン 鹿おどしが鳴り響き、郷士は首を傾げた。「もう一度、言ってくれ」朝の静かな座敷で、菜月とゆきはふと天井を仰ぎ、床の間に掛けられた掛け軸を眺めた。花器に生けられた竜胆の蕾が、ほのかに萎れていることに気づき、菜月は心の中で「萎れているなぁ」と思った。それでも、湊と郷士の穏やかなやり取りを、二人とも温かく見守った。湊はスーツ姿で正座し、落ち着いた声で郷士と語らう。「僕たち、結婚します」「僕、たちとは誰のことかな?」 湊は自分の鼻先と菜月を指差して無言で頷いた。菜月は照れくさそうに頬を赤らめ、正座したその膝に目線を落とした。「僕、たち」「うん、僕と菜月」 郷士は眉間に皺を寄せた。「お前たちはきょうだいなんだぞ、結婚出来る訳がないだろうが」「民法」「テレビがどうした」「民間放送じゃないよ、法律の民法だよ」「それがどうした」※民法734条1項ただし書き「ただし、養子と養方の傍系血族との間ではこの限りではない」「例外的に、連れ子同士の婚姻は認められるって書いてあった」「嘘ーーーん」

  • ゆりかごの中の愛憎   その一線

    秋の日暮れは早く、菜月は車内の助手席で、フロントガラスに映る赤いテールランプの川を言葉少なに眺めていた。街の喧騒が遠のき、静かな時間が流れる。ねぐらへ帰るカラスの群れが、橙から深い紺へと移ろう夕暮れの空を羽ばたき、遠くで金星がひそやかに瞬いている。菜月は金星を見上げ、静かに微笑んだ。夕暮れの空は、過去の傷を癒し、新たな始まりを祝福するように広がっていた。湊の隣で、菜月は大きく深呼吸し、生きる喜びを噛みしめた。未来は、すぐそこまで来ている。「すっかり遅くなっちゃったね」 「そうね」 「多摩さんが心配しているかもしれないね」 「そうね」 菜月の返事は心ここに在らずだ。(さっきまであんなにはしゃいでいたのに、疲れたのかな) すると菜月は湊の横顔を凝視しながら、堰を切ったようにその思いをぶち撒けた。「ねぇ湊」 「なに」 「私と湊、いつになったら一線を超えても良いと思う?」 「え、ちょっといきなりそんな事言われても」 赤信号で湊の足がブレーキペダルをそっと踏んだ。車が静かに止まり、まるで「これ以上進むな」と告げられているようで、菜月の心に微かな切なさが広がった。暗い車内に低いエンジン音が響き、メーターパネルの柔らかな光が湊の口元をほのかに照らす。「湊、このまま2人で何処か行っちゃう?」 「駄目だよ。ちゃんと父さんや母さんに結婚しますって言わなきゃ」 「良い子ぶっちゃって」 「菜月は、離婚した途端に悪い子になるの」 「だって」 菜月は頬を膨らませた。「僕だってずっと我慢しているんだから」 「それなら!」 「菜月、父さんと母さんにお願いしてからだよ」 「お父さんやお母さんにお願いして、『いいよ』って言われたらセックスするの!?」 信号機が青に切り替わったが、菜月の発言に驚いた湊の足は、ブレーキペダルに置かれたままだ。湊の、脇の下に汗が滲んだ。 パパーパッパー!  後続車のパッシングがルームミラーに反射し、湊は激しいクラクションの音で我に返りエンジンペダルを踏み込んだ。「な、菜月がそんな事言うなんて!」 「ビックリした?」 「うん、心臓がドキドキしてる」 「私もドキドキしてる」 「どうしたの、なにをそんなに焦ってるの」 菜月の細い指先が、暗がりで湊のカッターシャツの脇を握った。青の細いストライプが、その爪先でぎゅっと絞

  • ゆりかごの中の愛憎   三つ葉のクローバー

    アメリカ楓の葉に隠れていたのは三つ葉のクローバーだった。湊は残念そうに唇を尖らせ、そのうちの一本を優しく摘んだ。「ちぇっ、四つ葉だと思ったのに!」「良いのよ、湊がくれる物ならなんでも」 湊は菜月の顔を残念そうに見ると、器用な手つきでくるりと輪を作った。青い草の匂いがした。「菜月、手を出して」「・・・・うん」 湊は菜月の左手の薬指に、三つ葉のクローバーの指輪をゆっくりと嵌めた。「あの日もこうして指輪を作ってくれたわ」「そうだね」小学生だった湊は、公園の芝生に座り、辿々しい手つきで三つ葉のクローバーを編み、指輪を作った。細い茎が絡まり、形は少し歪で、決して良い出来とは言えなかった。それでも菜月は、ひまわりのような眩しい笑顔を咲かせ、湊に飛びつくように抱きついた。幼い二人の無垢な喜びが、夏の陽光の下で輝き、心を温かくつないだ。「二個目のエンゲージリングだわ」「今度は本物の指輪をあげるよ」「これも本物だわ」菜月は芝生に座り、三つ葉のクローバーを丁寧に編んで指輪を作った。幼い頃の湊が作ってくれた思い出をなぞるように、彼女は優しく微笑みながら、湊の左手の薬指にその指輪をゆっくりと嵌めた。だが、不器用に編まれたクローバーの指輪は、頼りなくもろく、あっけなく芝生の上にポロリと落ちた。菜月と湊は顔を見合わせ、くすっと笑い合った。「あっ」「あーあ、菜月は本当に不器用だなぁ」「そんなこと言わないで!」 二人が笑い合っていると、教会の鐘が幸せの音を刻んだ。菜月と湊はその響きに耳を澄ませた。「ねぇ、菜月」「なに?」「菜月は永遠の愛を誓いますか?」 菜月は小さく何度も頷いた。目尻にはダイヤモンドのように光る涙が滲んでいた。「誓います」「幸せになろうね」「もっと、もっと幸せになろうね」 菜月と湊は手を取り合い、芝生から立ち上がった。「痛っ。」「いた?なにがいたの?」「なんだか腰が、背中が痛い」

  • ゆりかごの中の愛憎   シャボン玉②

    菜月は重なった唇の感触を震える指先でなぞり、頬を赤らめて湊を見上げた。湊の眼差しは凪の海のように穏やかで、彼女を優しく包み込んだ。「これで僕は、菜月の物だよ」「私の物なの?物って、湊は物じゃないわ」照れ臭さを隠すように、菜月は目線を逸らしてシャボン玉を見た。「ずっと一緒にいる」「ずっと?」「ずっと、どんな時も一緒だよ」湊は菜月を引き寄せると、その華奢な体を抱きしめた。互いの熱と鼓動の音が伝わった。「湊、それってプロポーズみたいね」「なに寝ぼけた事言ってるの」「そうなの?」「菜月、僕のお嫁さんになって下さい」あの日、小学生だった湊は、鹿脅しが鳴り響く奥の座敷で鉛筆を握った。夏の暑い盛りだった。どこまでも高く青い空に白い入道雲が両手を伸ばしていた。湊は顔を真っ赤にして、中学生の菜月の手を握った。「ふふ、あの時の願い事と同じセリフだね」「笑わないの!返事は?」「お嫁さんにして下さい」「やったー!」 ふと目線を足下に落とした湊は、その場にしゃがみ込んだ。菜月は不思議そうにその姿を見下ろした。「湊、なにしてるの?」「四つ葉のクローバーを探してるの」「幸せの四つ葉のクローバー?」「うん」「そんなに簡単に見つからないわよ」 なにかを思いついた菜月は、ふぅと髪を掻き上げてその隣に屈んだ。「ねぇ、湊」「なに?見つかった?」「湊がいれば、四つ葉のクローバーは要らないわ」菜月は、真剣な表情でクローバーの群れを掻き分けている湊の頬に口付けた。湊は顔を赤らめると、その感触を確かめるように頬を押さえた。そこで、近くでシャボン玉を吹いて遊んでいた男の子が叫んだ。「あ!ママ!男の人が男の人とチューしてる!」「こ、こらっ!」「チューしてる!」「やめなさい!もう!ご、ごめんなさい」「チュー!チュー!」「やめなさい!」公園の芝生広場で、幼

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status