共有

第3話

作者: 晴々
指輪がゴミ箱に放り投げられた瞬間、晃の表情が歪んだ。

彼は前方に一歩踏み出し、口を開いたが、周りには多くの社員がいるので結局こう言った。

「水瀬さん、ちょっとオフィスに来てくれ」

ドアが閉まった。

「葵、言い訳みたいなことをいくら言ったところで、もっと事が面倒になるだけだ。だから、そんな態度をとるのはやめてくれないか」

彼の声はかなり低く抑えられていた。その瞳からは愛情が溢れ出てきそうに見えた。

彼は私のほうへ近づき、手に触れようとしてきたが、私は素早くそれを避けた。

「さっきの事は、説明するから。

杏南ちゃんの家で問題が起きたから、手助けをしたまでだ。俺は彼女とは何の関係もないよ。ただの指輪だろう。君が欲しいならもっと良いものを買ってやるから」

彼は毎年の誕生日プレゼントも全て事前に購入し、当日に到着するように発送を手配していた。

しかも、ある年彼から贈られたプレゼントは、顧客へのプレゼントとまったく同じ物だった。

「俺も手間は省きたかったし、それに、プレゼントはなんといっても贈る気持ちが大切だろう?」

しかし、彼が杏南に贈ったあの指輪は、聞いたところによると歴史上のある国の貴族が、初恋の相手に贈った愛情たっぷりな代物らしい。

そしてそれには物語があり、「君は初恋であって、僕が最後に恋に落ちた人でもある」だという。

私はこの時、心臓が抉られるかのように、ズキズキと痛んだ。

私は溢れそうな涙を堪えるために、何度も瞬きをした。

「昨日の夜は?あなた、すぐに帰ってくるって言ってたじゃない」

晃は無意識に右手を握りしめ、親指で人差し指をこすった。

彼が嘘をつく時に見せる癖だ。

「昨日は借金取りたちが彼女の家の前に押しかけていたから、一人残して帰るのは心配だったんだよ」

私は早々に書いて印鑑も押した退職届を彼のデスクの上に置いた。

「稲森晃社長」

私は彼の目をじっと見つめた。

「承認お願いします」

彼が下に視線を向けて、それをよく確認しようとした時、ちょうど杏南が入ってきた。

彼は見ることもなくさっさとサインし、そのまま私に返してきた。

「葵、私と晃君は別にあやしい関係じゃないのよ。あなたが叩かれる時、彼はあなただけを守ってくれていたでしょ?

まったく、毎回、まるで私がいじめっ子みたいじゃないの。子供の頃って何も分かってなかったのよ。あなたは立派な大人なんだから、私に寛大な心を持ってよね」

そう言うと、彼女は私に近づいて、わざとらしく親しい雰囲気で私の腕をつかんで揺らした。

彼女の手にキラキラと眩しく光るあの指輪が、非常に目についた。

私は彼女の手を振り払った。

この時、晃が急いでやって来て、サッと杏南の手をつかんで後ろに引き寄せた。

「葵、俺は本当に杏南ちゃんとは何の関係もないから。

関係のない彼女まで巻き込むんじゃないぞ」

私は唇をキュッと閉じ、もはや笑えなかった。

かつては、私はいつも彼から守ってもらう必要があった。

そして今、彼と私の間には、はっきりと境界線が引かれている。

晃は素早くデスクのほうへ体を向けると、そこにあったサイン済みの休暇届を私の前に突き出した。

そして珍しく優しい声でこう言った。

「葵、数日休んで、頭を冷やしたほうがいいよ」

この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

最新チャプター

  • ようやく大切なものに気づいたってもう遅い   第10話

    ある日、晃はまた突然姿を見せた。その時の彼は白いタキシード姿で、まるで結婚式に出てくるような新郎の姿だった。そして手にはウェディングドレスを抱きかかえている。彼は私を見つめ、片膝をついた。「葵、俺と結婚してくれないか?今日から周りには葵が俺の彼女で、妻になる女性だって紹介するから。天野さんのほうは7年の刑が確定したよ。彼女は二度と君の前に現れることはない。長い間葵のことを傷つけてばかりだったって、俺は分かった。それでも君は俺のことを捨てずに、ずっと傍にいてくれたんだよな。俺はただ葵の存在に慣れてしまっていただけだと思ってた。だけど、そうじゃなかったんだ。ここ暫く君が俺から離れて、だんだん分かってきたんだ。俺、自分でも気づかないうちに、君のことを愛していたんだよ」彼は私の反応を気にするかのように、慎重に言葉を続けた。「だから、葵、もう一度だけ君の傍にいられるチャンスを俺にくれないだろうか?お願いだ」私が口を開くまえに、彼がまた話しだした。「これからは、堂々とみんなに君が俺の彼女であり、これからの人生を共に歩いていく最愛の女性なんだって教えるから!」「それを信じろというの?」私はゆっくりと言った。晃は理解できていないかのように、呆然と私を見つめた。私は彼に近寄り、その手からウェディングドレスを取りあげた。「稲森さん、あんたさ、忘れたふりをしているのか、本気で忘れたのか知らないけど、このドレスは以前、天野杏南のサイズでオーダーメイドしたやつじゃないの?」晃の顔がどんどん青ざめていった。そして瞳に大きな苦痛の色を浮かべて、頭を抱え、私に尋ねた。「葵、俺たち、本当にもうヨリを戻すことはできないのか?」彼は目を赤くさせた。その瞳を見ると、彼が深く愛している人が、まるで私であるかのような錯覚が起きた。そんなはずがあるわけないだろう?彼のために料理をしても、彼は私を愛してはくれなかった。彼に代わって仕事の接待の席でお酒を飲み、胃潰瘍になった時だって、彼は私を愛してはくれなかった。そして今、私が彼のもとを去ってから、彼は私を愛し始めたのか?これは一体どういう状況だ?彼を見ていると、自分が7年もの間彼へ向けていた愛は一体なんだったのか、疑問に思えてきた。きっとあの愛は価値のないものだった

  • ようやく大切なものに気づいたってもう遅い   第9話

    翌日の朝、外から聞こえてきた騒がしい声で目を覚ました。私は部屋から出て外に行った。庭には人だかりができている。誰が言い出したのか、いつの間にか、この民宿にはたくさんイケメンがいると噂になっていた。その噂が出回るとすぐに多くの客が興味を持ったようだ。私はあまりの忙しさに晃と彼の友人たちに会うことはなかった。足りないものを買いに行って戻ってくると、晃が入り口の前に立っていた。「今のあなたがやってることって、必死に私の心を取り戻そうとしているクズ男みたいよ?だけど、残念ね、私は小説に出てくるような、すぐにクズ男を許しちゃうヒロインじゃないのよ。それに、あなたとそんな駆け引きをするつもりもないから」晃は目を鋭く光らせて私を見つめた。どうにかして私を言いくるめようと何か口実でも見つけるために、探っているようだった。「夜は部屋が足りないわ。事前予約が必要なの」「待てるよ」「面倒だわ、その必要はない」「そんなことないよ」晃は私を見つめて、一言ずつはっきりと話した。「あの日、俺は君を信じなかったわけじゃないんだ」「部屋の予約が必要なら、ネットで空き情報を確認して予約することね」ここ最近はかなり商売が繁盛していて、暫くは満室状態だ。「天野さんにはもう二度と関わらないから」彼はスマホの端を指でなぞりながら、友人たちと宿泊客が賑やかにしているのを見つめ、気落ちした様子だった。民宿のスタッフがやって来て、私たちの関係を尋ねた。「何の関係もないよ」女性スタッフは恥ずかしそうに笑って、少し気まずそうに走り去った。夜になって、大勢の中で、晃だけが部屋を予約できなかった。彼は宿泊費の三倍の値段を払って誰かに部屋を譲ってもらいたかった。残念だが、私は勝手に宿泊客同士で値段のやり取りをして誰かに部屋を譲るというのは認めない。「葵、俺は君を待つことは面倒だとは思わない。君の気持ちが変わるまでいつまでも待てるよ。今までのこと償うから、俺にチャンスをくれないか?」晃は民宿の受付前にあるソファでその夜寝た。その夜ずっと彼に電話がかかってきていたが、彼は一度も出なかった。翌日、彼は一箱みかんを買って配達してもらい、ソファに座って皮をむき始めた。私が来ると、彼はご機嫌取りをするような笑みを浮かべて、

  • ようやく大切なものに気づいたってもう遅い   第8話

    ある日、知らない番号から電話がかかってきた。私は電話に出たが、相手はなかなか口を開こうとしない。切ってしまおうと思ったら、相手はたどたどしく話し始めた。「葵、俺が間違ってた。俺、君のことが好きなんだ。おばあさんのペン型レコーダーならどうにかして修理するからさ、帰ってきてくれないか?」もはや、彼の話は行き当たりばったりで筋が通っていない。私はもう聞くのも面倒に感じた。「ねえ、私は天野さんとの和解を受け入れるつもりはないから」「そうじゃなくて……」話している途中で、私はさっさと電話を切った。そしてさっきかかってきた番号は着信拒否にしておいた。電話を切られてしまった晃を、周りにいる友人たちが見て、もともと賑わっていた雰囲気が一気に静かになった。恐ろしいほどに晃の顔が青ざめていた。彼はイライラしながら片手でシャツのボタンを外し、少し覇気のない様子を見せた。隣にいた友人が恐れを知らずにこう言った。「まさか水瀬さん?彼女って会社辞めて実家のほうに戻って、民宿を開いたらしいじゃん?美人オーナーだって噂になってかなり人気になってるってな。それにしても晃のことがよく分からないな、杏南ちゃんのことが好きだと思ったら、今度は水瀬さんって。水瀬さんのほうは7年もお前と一緒にいて、やっと吹っ切れたみたいじゃん。なのに、お前だけ焦ってなにやってんだよ?俺たちだって、お前さ、マジで何を考えているのか分からないぞ」この時、晃の表情はさらに暗くなった。数人の友人が晃の様子を見ていられなくなり、彼を連れて夜にも関わらず、民宿を訪ねた。「葵?」顔をあげると、民宿の入り口に晃の姿があった。彼の友人たちは気まずい雰囲気をどうにかしようと、笑顔で場を取り持とうとした。「久しぶりだよね。俺たちこっちには休暇を過ごしに来たんだ。歓迎してもらえるかな?」明らかにただの口実だ。しかし、稼ぎになるのに無駄にしてはもったいない。客室のカードキーを彼らに渡した後、私は部屋に戻っていった。しかし、角を曲がるところで、手が伸びてきて、懐に抱き寄せられてしまった。「葵、俺、本当に天野さんとはなんでもないんだよ。ただ、彼女が可哀想に思って、できるだけ手助けしてやっただけだ。彼女とどうなりたいとか全く考えてないよ。彼女には弁護士を雇っ

  • ようやく大切なものに気づいたってもう遅い   第7話

    一方、晃が家に帰った時、かなりの物がなくなっていることに気がついた。葵の物に加え、二人がお揃いで買った物までなくなっている。それにまるで泥棒でも入ったかのように、家の中はめちゃくちゃだった。彼は今まで一度も、葵と別れるなど考えたことはなかった。葵は自分のことをとても好きだから、離れられないと彼は思い込んでいた。しかし、床に散らばる手紙を見た瞬間、彼は悟った。そして彼はその場で立ち尽くした。その手紙とは、以前彼が杏南に書いたラブレターで、まさか葵に気づかれるとは思ってもいなかったのだ。晃は震える手でスマホを取り出した。電話をかけても、相手に繋がらないという機械の音声しか届かない。すると今度はLINEを開いた。杏南とのことは、葵にきちんと説明できると彼は思っていた。しかし、メッセージを送っても未送信になるばかりで、彼は驚いた。彼は思わず眉間に皺を寄せた。今日会社で起きた事に、葵はかなり悔しい思いをしたらしい。しかし、杏南の家があんなことになってしまっては、彼女が頼れるのは自分しかいない。確かに杏南はやりすぎだったと思うが、葵のほうだって警察沙汰にまでしてしまっただろう?あのペン型レコーダーなら会社が弁償すると伝えた。それなのに、葵は些細な事を、なぜここまでややこしく面倒にしてしまうのか。この時、杏南から電話がかかってきた。まあいい。晃は突然、葵に休暇届けにサインをして渡したことを思い出した。この機会に葵にはゆっくり休んでもらえばいいと、彼はそう考えた。杏南の件を処理してから、葵には謝りに行って、そのついでに連れて帰って来ればいい。あの騒動から三日目、杏南のために手配した弁護士から、葵側は和解には応じないと返事があったと伝えられた。しかも、ペン型レコーダーの件だけでなく、昔杏南が葵をいじめていた動画まで警察に提出されているという。晃はその動画を入手し、一日中オフィスにこもっていた。この時、晃は校外で初めて葵に出会った時のことを思い返していた。彼女はおばあさんと一緒に楽しそうにアイスクリームを食べていた。そして次に彼女を見かけた時、誰かにいじめられてノートをゴミ箱に捨てられていた。彼は体が勝手に動き、そのノートをゴミ箱から拾い上げて彼女に渡した後、近くには自分が思いを寄せてい

  • ようやく大切なものに気づいたってもう遅い   第6話

    杏南は下を向き、口角をにやりと上げた。「水瀬さん」この時、晃はようやく私のほうへ顔を向けて、淡々とした口調で言った。「まずは座って。この件は、しっかり調査する」「どうやって?」「会社の規定にのっとってだ」「カードが真っ二つよ。どうやって修復するつもり?」彼は罪悪感がある様子で、ちらりと半分になったカードを見つめた。しかしすぐにカードから視線をそらした。「長年一緒に働いてきた仲間だ。水瀬さんが会社の重要な機密を漏らすとは思えない。このペン型レコーダーについては会社が弁償するよ」このレコーダーは何ものにも代えがたい大切なものだと知っているくせに、晃は頑なに言おうとしない。杏南は彼の袖を引っ張った。「ねえ、晃君、もしかして私、面倒かけちゃった?」彼女はとても悲しそうに語尾を震わせていた。晃は彼女へ視線を向けた。そして彼女の肩をそっと叩いた。この場の全員がその様子を見ていた。「大したことじゃないから」この女が私の祖母の大切な形見を壊したというのに、彼は「大したことじゃない」の一言であっさり片付けた。私は杏南の目の前まで行った。すると晃はすぐに立ち上がった。私はそんな彼を無視し、監査役のほうへ目を向けた。「第一版と第二版で違うという比較の報告書はすでにグループ内に送りました。ペン型レコーダーの件については、警察に通報します」すると杏南が勢いよく顔を上げた。「警察沙汰にするほどのことなの?ただのレコーダーでしょ」「だったらなに?これをあなたはどうやって盗んだのか、自分自身でよく分かってるでしょ?」その言葉に、彼女は声を詰まらせた。晃が私の腕をつかんだ。「もう解決したことだっていうのに、どうしても面倒かけて、みんなを煩わせる気なんだ?」彼は手にどんどん力をこめていった。私はつかまれていないほうの手で、バシンッと彼を叩いた。その場の全員が私の行動に驚いていた。晃はとっさに私の手を離し、解放された私は彼らに背を向けてドアを押し開けた。晃が私を追いかけようとした瞬間、杏南の声が後ろから響いた。「晃君、なんだか眩暈がするの」ドアが閉まるその瞬間、後ろから騒がしい声が聞こえてきた。でも、私は振り返ることはなかった。そしてそのまま新幹線の駅に向かった。

  • ようやく大切なものに気づいたってもう遅い   第5話

    マーケティング部の新プロジェクトである競争入札の情報が昨日漏洩したらしい。競合他社が入手した資料は、私が担当してきた書類と極めて酷似していた。窓の外はどんよりとした曇り空だった。一階にある車のクラクションが、鋭くこの空気を引き裂いた。私がドアを開けて入った瞬間、会議室にいる全員の視線が私に集中した。杏南は晃の左側に座っていた。彼のほうへ体を向けて目を赤くさせている。テーブルの上には私のペン型レコーダーが置かれてあった。シルバーのペンの表面には亀裂が入り、それがペン先から下の部分までのびている。まるで大きな引っ掻き傷のようだ。隣にいる監査役のノートパソコン画面には社内チャットグループが映っている。そしてあのツーショット写真が大きく開かれていた。その写真を最後に静かだったチャット内に、ようやく誰かがメッセージを送ってきた。【これって、加工写真でしょ?】そのメッセージに続いて他の社員が同意のスタンプを送ってきた。杏南は泣きながら立ち上がると、私の前に駆け寄ってきた。「葵、私、わざとあなたを告発したんじゃないの。ただ、今私はこの会社の仲間だから、黙って会社の不利益になることを見過ごすことはできなかったの。ごめんなさい、怒らないで?」会社の不利益という言葉を振りかざして、私を身動きできない状況にさせる気か。思わず冷笑してしまった。杏南は社員たちがどんどん近づいてくるのを見て、さらに泣き方に磨きをかけた。「違うの、本当にわざとじゃなかったのよ。ただ、葵のあのペン型レコーダーが目について、おかしいなって思っただけ。だって会社にこんなもの持って来ることってある?」私は彼女を無視し、テーブルの上からペン型レコーダーを持ち上げた。その中にあったSDカードは半分に折れていて、芯も外にむき出しになっている。まるで骨折したみたいだ。「あなたが壊したの?」「しゃがんで拾おうとした時に、うっかり手が滑って……」「SDカードが折れてるけど」「中にカードが入ってるなんて知らなかったのよ」するとまた彼女は涙を流した。「本当よ、本当にわざとじゃなかったんだから」ある同僚が近くで嘲笑うような声を出した。「ただのカード一枚でしょ?そんなにこだわる?ネットでも数百円くらいのもんだし。どっかの誰かさんは写真を熱心に加

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status