ログイン四島智之(ししま ともゆき)には、身代わりへの執着がある。 智之の亡き初恋の人によく似ているから、私・道田亜紀(みちだ あき)は彼に甘やかされ、わがまま放題に振る舞うようになった。 身の程知らずな女が私に絡んでこようものなら、たとえ午前3時だろうと家まで押しかけ、何十発もビンタを食らわせてやる。 智之は、一度だって私をきつく叱ったことがない。ただ黙って、後始末をしてくれるだけだ。 そんなある日、彼の初恋の人に私以上に似ている女が現れた。 竹永千絵美(たけなが ちえみ)だ。 私を見たその瞬間、千絵美はいきなり私の前に跪いた。 涙目になりながら言った。 「道田さんは人を殴るのがすごく得意だって聞きました。私、痛いのが怖いんです。お願いですから、殴らないでください」 背後にいる智之が、くすりと笑い、彼女を立たせた。 そして私の前に立ちはだかると、千絵美に言い聞かせるように告げた。 「千絵美、今日からはやりたい放題にしていい。 俺に監視をつけてもいいし、他の女を殴ってもいい」 そう言って、ちらりと私を見て、指差した。 「こいつが今までやってきたことは、全部やっていい。こいつより上に立っていい」 智之は私の目を見つめ、そこにどんな感情が隠されているかを探ろうとしている。 けれど私は、ふいに笑った。 智之は知らない。 私にも、身代わりへの執着がある。 彼は、私が見つけた最初の身代わりだった。 そしてたった今、次の身代わりを探しに行くことに決めたのだ。
もっと見る千絵美はその場に倒れ込み、目を真っ赤にして智之を見上げた。「今さら一途なふりして、何の意味があるの!智之は誰のことも愛してない。愛してるのは、自分だけ!最初に私があの女に似てるってわかったときは、『千絵美、千絵美』って、よくもまああんなに本気みたいな顔してたよね!なのに今はどう?見捨てると決めたら、あっさり見捨てたなんて……」彼女は我も忘れて、大声でわめき散らした。これまで必死に作り上げてきたキャラは、完全に崩れ落ちた。そして、なぜかふっと笑い出した。「もうどうでもいいわ。何だっていい!痛い目に遭わせてやる!あんたたちが苦しめば、それで満足なのよ!」智之は冷たい目で彼女を見た。もうこれ以上、ひと言だって話したくないようだ。私は眉をひそめ、扉を開けて中へ入り、そのままぴしゃりと閉めた。すぐに管理会社へ電話し、警備員を呼んだ。ほどなくして、千絵美は警備員に連れていかれた。去り際まで口汚くわめき散らした。「智之!私の気持ちで遊んだんだから、地獄に落ちなさい!それから道田!あんたたちはいつか絶対にバチが当たるから!」智之は、それでも家の扉の前に立っている。いつまで経っても動こうとしない。どれほど時間が過ぎたのかわからない。私が扉を開けると、彼はまだそこに立っている。私が扉を開けるのを待っているようにも見えたし、自分自身に罰を与えているようにも見えた。私は彼を淡々と見つめた。彼は低い声で言った。「悪かった。全部、俺が招いたことだ。亜紀の生活を乱してしまって、本当にすまない」私は首を横に振った。「智之、私たちはどっちもどっちでしょ。互いに欲しいものを得ただけ。私だって、決していい人じゃない。だから謝らなくていい。私たちがするべきなのは、きっぱり関係を断ち切って、この茶番劇を終わらせることだけよ」私の目に浮かぶ冷たさを見て、智之のまつ毛がかすかに震えた。「亜紀、本当にもう、やり直す道はないのか?言っただろ。これからも身代わりで構わない。俺が愛してるのは亜紀だけ……」私は彼の言葉を、ぴしゃりと遮った。「もういいわ!もっとはっきり言わなきゃわからないの?いい、今の智之には身代わりになる資格すらないの。竹永千絵美が現れたその日から、その資格を失ってたのよ。これでわかったでしょ
その顔を見て、私は一瞬だけぼうっとなった。けれど、もう何の感情も湧かなかった。ふっと笑い、少しだけ体をずらした。するとリビングの中央にある、巨大な結婚写真が智之の目に飛び込んだ。「ちゃんと見て。結婚写真に写ってるあの人が、私の愛した人。もう亡くなってる。たまたま、智之がすごく似てたの。そして私も、たまたま智之の初恋の人に似てた。それだけ」智之は一瞬その場で固まった。そして、抑えきれないように中へ入っていく。結婚写真の前まで歩み寄り、長いあいだ、ただじっと見つめている。私は、その大きな背中を見据えた。今この瞬間、彼と大和は、まるで別々の世界にいながら、互いを見つめ合っているようだ。智之は振り返り、目を赤くして私を見た。「じゃあ、今は?俺はまだ、あいつの身代わりを続けられるか?」私の心臓が一瞬、止まったかのようだ。彼の言っている意味がわからない。彼は私の前まで歩いてきて、真剣な顔で言った。「俺はずっと、自分が亜紀を好きになったことを認めなかった。ただの身代わりだって、自分に言い聞かせてた。だから千絵美が現れたとき、すぐに亜紀を突き放した。そうすれば、亜紀が本当にただの身代わりだったって証明できると思ったんだ。でも今になって、ようやくわかった。千絵美を見てたときに考えてたのは、亜紀だった。亜紀を見てたときに頭を占めてたのも、結局亜紀だけだった」彼は目を伏せ、低い声で続けた。「俺を身代わりだと思っても構わない。俺のもとに戻ってきてくれないか?昔みたいに。これからは、俺のそばに他の女は誰一人置かない。亜紀も、もう誰かの身代わりなんかじゃない」その言葉を聞いて、心が何も動かなかったと言えば嘘になる。それでも、ただ馬鹿馬鹿しいと思った。私はふいに笑った。そして彼の目をまっすぐ見つめ、心から告げた。「でも、私はずっと智之を身代わりとしてしか見てなかった。智之を見るたびに思い浮かべてたのは、結婚写真の中のあの人。智之じゃない。そっちから離れると決めた瞬間、智之はもう身代わりでいる資格をなくしたの。だって、智之はもう、彼とは少しも似てないから。彼は、絶対に私を傷つけたりしない」私は淡々と告げた。けれど智之は突然顔を上げ、信じられないものを見るように私を見た。「亜紀が本当に、一
故郷に降り立つと、私はすっかり落ち着いた気がした。この町にいるだけで自由を感じられる。それに、大和の気配まで残っているようだ。彼の名前を口にする人は、もう何年もいない。墓に着くと、そこはすでに埃だらけになっている。長いあいだ、誰も手入れをしていない。私は黙ったまま、ハンカチを取り出して丁寧に墓石を拭き始めた。終わると、その場にどっかりと座り込んだ。言葉より先に、涙が出てきた。「大和が残してくれたボイスメッセージ、なくしちゃった。もう一生、大和の声が聞けないんだ。知ってるの?この何年か、大和にすごく似た人を探して、まるで大和がまだそばにいてくれるみたいに思おうとした。でも今になってわかった。あの人、大和とは全然似てない。大和はあんなふうに私を傷つけたりしない。私のこと、あんなに大事にしてくれてたもの」目を閉じると、痩せ細って骨ばかりになり、言葉すらまともに口にできなくなった大和の姿が、また頭の中へ入り込んできた。忘れられない。どうしても、忘れられない。亡くなる前、彼は私を連れて離婚の手続きをしに行った。それが、彼が初めて私に逆らったことだった。私がどれだけ泣きわめいても、彼は離婚すると言い張った。私を若い未亡人にさせたくないと、自分がいなくてもちゃんと新しい人生を歩んでほしいと。16歳のとき、私たちは誰にも知られないように、そっと手をつないだ。22歳で結婚し、愛し合ってさえいれば、どんな困難だって乗り越えられると思っていた。25歳で、彼は不治の病に倒れた。26歳で、私たちの小さな家で亡くなった。あれは、星ひとつない真っ暗な夜だった。彼は私の目の前で、静かに目を閉じ、そのまま二度と目を覚まさなかった。それ以来、私は暗闇に耐えられなくなった。震える手で、あの壊れたスマホを取り出した。諦めきれず、何度も何度も電源を入れようとした。もう駄目だと思った、そのとき。奇跡みたいに、電源が入った。涙があふれ出す中、大和のボイスメッセージを再生した。彼は私に一度も怒鳴ったことがなく、いつだって優しかった。残してくれたボイスメッセージも当然そうだった。「亜紀、毎日ちゃんとご飯を食べてくれ。胃が弱いだろ。僕がいないときは、ちゃんと自分のことを大事にしろ」彼がいたころ、私は
千絵美の声には、得意げな様子がありありとにじみ出ている。いつもの姿とはまるで違う一面をさらけ出している。自分の背後に危険が迫っていることなど、まるで気づいていなかった。智之の顔は、見たこともないほど冷たい。「一人じゃ怖すぎて眠れないんじゃなかったのか?」彼は不意に口を開いた。その声には、冷気がにじみ出るかのようだ。千絵美は驚いて飛び上がり、顔から一気に血の気が引いた。こんな恐ろしい顔をした智之を、今まで一度も見たことがない。声まで震えて言った。「お……お帰り!すごく怖かったから、友達に電話して気を紛らわせてただけ!さっきのは全部、でたらめなの!」智之の表情は変わらない。ただ軽い調子で言った。「そっか」その短い返事を聞いて、千絵美の心は冷え切った。この間、丹念に作り上げてきた自分のキャラが、この瞬間、完全に崩れ落ちた。彼女は手を強く握りしめ、頭の中で必死に逃げ道を探す。けれど智之は、もう一歩ずつ彼女との距離を詰めている。千絵美は一歩、また一歩と後ずさりし、ついには壁際まで追い詰められた。「亜紀を追い出せると思ったのか?ずいぶん自信があるんだな。確かにお前の顔が気に入った。でも、顔が似てるだけで、お前にどうしようもなく夢中になると思ったのか?少しは面白い女だと思ってたが、こうして見ると、呆れるほど馬鹿だな」彼は千絵美を見下ろすように眺めた。彼女はもう震えが止まらない。何も怖がらず、いつもふんぞり返っている亜紀の姿とはまるで違う。智之は鼻で笑った。「お前は亜紀には遠く及ばない。その顔以外は、何から何まであいつに劣ってる。残念だが、その顔ももう何の役にも立たない。お前は失格だ」彼は何でもないことのようにソファへ腰を下ろし、短く言った。「出ていけ」智之がもっとも嫌うのは、表と中身が違う女だ。千絵美はぽろぽろと涙をこぼしながら、か細い声で懇願した。「智之、追い出さないで……私のこの顔、一番好きなんでしょ?いつも私の顔を見て、ぼうっとしてたじゃない。もう一度、ちゃんと見て。そうしたら、やっぱり残したくなるかもしれないでしょ?」智之はネクタイを緩め、まじまじと彼女の顔を見つめた。長いあいだ見つめたあと、首を横に振り、ふいに笑った。千絵美はわけがわからず、彼