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異母姉との邂逅

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-09-01 09:13:57

王都への旅路は、想像以上に険しいものだった。

愛の騎士団の一行は馬車で移動していたが、街道には不穏な空気が漂っていた。

「人が少ないな」

カイルが窓の外を見ながら呟いた。

「いつもなら商人や旅人で賑わっているはずなのに」

「みんな家に閉じこもっているのよ」

マーサが悲しそうに言った。

「愛を失った人たちは、外に出る気力もないの」

愛を失うということが、これほどまでに人を無気力にするなんて。

私は改めて、エリザベス姉の恐ろしさを実感した。

「でも、必ず元に戻してあげましょう」

私は決意を込めて言った。

「愛は、誰からも奪われるべきものじゃない」

午後、私たちは小さな宿場町で休憩を取った。

しかし、そこで目にした光景は衝撃的だった。

街の中央広場に、大きな看板が立てられている。

『愛の禁止令 愛情表現を行った者は、即座に拘束する』

「こんなこと……」

ソフィアが息を呑んだ。

「愛を禁止するなんて」

看板の下では、兵士たちが巡回している。

人々は皆、うつむいて歩いていた。

恋人らしき男女も、手を繋ぐことすらできずに、距離を置いて歩いている。

「あれを見て」

老婆が指差した先には、小さな女の子が一人で座り込んでいた。

泣いているのに、誰も慰めようとしない。

「どうしたの?」

私は思わず女の子に駆け寄った。

「お母さんが……お母さんが冷たくなっちゃったの」

女の子が涙声で言った。

「急に私を抱きしめてくれなくなって……」

記憶操作の被害者だった。

「大丈夫よ」

私は女の子を抱きしめた。

「きっと、元に戻るから」

「本当?」

「本当よ。お母さんは、心の底ではあなたを愛してる」

女の子の母親らしい女性が、遠くから心配そうにこちらを見ていた。

でも、近づいてこない。

愛の感情を封じられているから。

「悔しい……」

カイルが拳を握った。

「あんな小さな子まで巻き込むなんて」

「でも、今夜で終わらせましょう」

私は立ち上がった。

「これ以上、誰も苦しませない」

日が暮れる頃、私たちはついに王都の城門に到着した。

しかし、城門の警備は異常に厳重だった。

「身分証明書を提示せよ」

兵士が厳しい声で命じた。

「愛に関する発言がないか、検査を行う」

検査?

「どのような?」

トムが尋ねた。

「記憶読み取り魔術だ」

兵士が無表情に答えた。

「愛に関する思考があれば、即座に消去する」

これでは中
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