まさか玲央さんが私を好きだなんて……。 そもそも本気なのかな? いつもの冗談?「今のは空耳ですか?」 とぼけるでもなく、本心で尋ねる。だって、いつもニコニコとアイドルスマイルを浮かべている玲央さんが、まさか私の事を好きになるなんて。そんなの嘘に決まっているよ。 自分の中で「なーんだ冗談か」とホッとしたのもつかの間。 玲央さんの口から「本当だよ」と、優しい声が漏れる。「覚えておいて。萌々ちゃんを好きなのは皇羽だけじゃないって事」「え……」 どうして皇羽さんが私を好きって知っているの? まさか皇羽さん、みんなに公言しているのかな?「私のことが好き」って。もしそうなら恥ずかしい! 体中の汗がブワッと噴き出た感覚を覚える。そんな私を見て、玲央さんは面白そうに笑った。「皇羽からは何も聞いていないよ。でも分かる。皇羽は萌々ちゃんの事が好きだって」「どうして分かるんですか?」「ふふ、秘密。というわけでさ、萌々ちゃんに好きになってもらえるよう俺も頑張るよ。もっとたくさんの人に認めてもらう。俺がレオだって事実をね」「もう充分みんなに認められているのに?」 すると玲央さんの目つきが変わった。 次に「いや」、重たく口を開く。「まだだ……俺なんて、まだまだなんだよ」「玲央さん?」 何やら空気が重たくなった。まさか玲央さん、何かに悩んでいる? だけど話してくれそうにない。いつものアイドルスマイルで、この場の空気をすぐに払拭した。「さ、一日は長いよ。まだまだ遊べるから、はっちゃけちゃお! 萌々ちゃんはゲームをしたことある?」「ないです」「じゃあ手取り足取り教えるから、一緒にやろうよ。俺も久しぶりだから、楽しみだなぁ~」 こんな調子で、一日を通して玲央さんと一緒に遊んだ。私は初めてゲームを触り、その面白さから没頭。あっという間に時間が過ぎて、気づけば夜。「じゃあ萌々ちゃん、戸締りしっかりね。もう皇羽も帰って来ると思うから」「はい。今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」「俺も!」 そうして玲央さんが扉を出た瞬間、皇羽さんから「あと10分で家に着く」とメールが入る。ウキウキと、ソファに座って待っていたのだけど……今日はっちゃけすぎたせいで睡魔が襲ってきた。「ダメダメ、皇羽さんが帰って来るまで、待つ……んだから……」 そうは思
「昔から”どうせ俺なんて頑張ったところで無意味”って、変な諦め癖がついててさ。高校もそう。どうせ皆と一緒には出来ないだろと思って、端からヤル気がなくて受験しなかった。 Ign:s に入って忙しくしてるから、まぁ結果オーライなんだけどさ」「そうだったんですか」「でも萌々ちゃんから叱られて、自分が恥ずかしくなった。最初から諦めるんじゃなくて、限界まで頑張りたいって。レオの名にふさわしい俺でありたいって。久々にやる気が起きたよ」 ここで初めて、玲央さんは私を見る。 照れくさそうに眉を下げながら。「だけど今日レオになれなかった。理由は色々あるんだけど……すごく自分が情けなくなったよ」「理由?」 聞き返した私に、玲央さんは何も言わなかった。ふっと、憂いのある笑みを浮かべるだけ。「このままじゃ、あの日萌々ちゃんに言われたみたいに……いつか皇羽が、本当にレオになる日が来るかもね」「……」 確かにあの時、私は言った。――サボってばかりいると、本当に皇羽さんにレオを取られちゃいますよ? だけど今の玲央さんを見て、あの日と同じ気持ちにはならなかった。 だって玲央さんの目の輝きが、あの日とは違うんだもん。自分と戦っているって分かる。本気でレオと向き合っているって分かる。玲央さんの頑張りが、全身から伝わって来ている。「玲央さんは頑張っていますよ」「俺が、頑張っている……?」 玲央さんはキョトンとした。次に苦笑を浮かべて「気を遣ってくれなくていいよ」と言う。 だけど玲央さん、私は本音を言っているだけです。「私は、皇羽さんが Ign:s のためにどれほど努力しているか知っています。全てはあなたのピンチヒッターを的確にこなすため。最初は〝皇羽さんすごい〟と思っていました。だけど……その皇羽さんと肩を並べる玲央さんもすごいんだって。最近やっとわかったんです」「! 俺がすごいって、何かの間違えじゃ……」「いいえ、すごいです」 きっぱりと言った私に、思わず玲央さんは固まる。その一瞬の隙を見逃さず、畳みかけるよう続きを話した。 玲央さんに自信を持ってほしい――そんな祈りを込めながら。「スタッフの名前を丸暗記する、ファンの子の特徴を覚える――玲央さんが始めた努力だろうが、皇羽さんが始めた努力だろうが、結果的にお二人はその努力を分かち合い共有している。そして1
◇「皇羽の奴、すごい買ってきてくれてるね! よかったー。俺、少ししか買ってこなかったんだよー」 そう言いながら、いつの日かと同じように、玲央さんはビニール袋からグミと唐揚げを取り出した。 むしろ、それだけでどうやって今日を乗り切ろうと思ったのか。小食なのかな、不思議だ。「調子……良さそうですね、玲央さん」「うん、おかげさまでね」 キッチンで、一つのテーブルを囲んで座る。最初こそ一つしかイスがなかったけど、皇羽さんが「萌々の分」と言って、早い段階から買え揃えてくれたのだ。「せっかくだから何かつまみながら話そうよ」「えっと、じゃあココアがいいです」「好きなんだね。冷蔵庫に溢れんばかりに入っている。皇羽の仕業だね」 ケラケラと笑う玲央さんを見つめる。見るというか観察だ。 顔色は良さそうだ。いつもと同じようにアイドルスマイルを浮かべている。昨日は本当にしんどそうだったけど、本当にもう大丈夫なのかな? すると私の思っていることを悟ったのか。玲央さんは「心配かけたね」と眉を下げた。「ビックリしたでしょ、いきなり咳きこんでさ。ごめんね、みっともない姿を見せちゃってさ」「みっともないなんて、そんな事ないです! むしろカッコよくて……。助けて下さり、ありがとうございました。そしてすみませんでした」「なんで謝るの?」 キョトンとした顔をした玲央さんに「玲央さんを危険な目に遭わせてしまいました」と再び謝罪する。 すると、「俺はね、萌々ちゃんを助ける事が出来て本当に良かったって。そう思っているんだよ」 玲央さんはすごく真剣な顔をして、一切笑うことなく私を見つめた。昨日、自分がしんどい思いをしているというのに、この人は……。「……っ」「ねぇ萌々ちゃん」 キュッ 知らないうちに、カタカタと震えていたらしい私の手。それを玲央さんが優しく握る。まるで「大丈夫」と言わんばかりの、そんな手つきだ。「俺が怪我することよりも、萌々ちゃんが襲われなかった事の方がいいに決まっている。だから謝るのはやめてほしいな。それに萌々ちゃんは、俺を守ってくれたでしょ?」「守る? 私が玲央さんを……?」「そう。男から俺を逃がそうとしてくれた。自分が囮になってまで」――わ、たしの事は……いい、ですから……っ。玲央さんは、早く……逃げて……っ「あの時は状況が状況だからア
◇「”私は可愛いです”」「わ、私は可愛いです……」「”私は皇羽さんの物です”」「私は皇羽さんの物です……」 ん⁉「違います!」「……ちっ」 思わず机を叩いて否定する。すると皇羽さんは「騙されなかったか」と舌打ちをかまし、のっそりと身支度を始めた。――最悪な夜が明けて、朝。 目を覚ますと、既に起きていた皇羽さんが隣にいて「おはよ」と甘い声で挨拶してくれた。そしてお姫様抱っこで私をリビングに運び、私の好物・ココアを出してくれる。 この甘い一日のスタートはなに? 夢? まだ寝ぼけているのかと、自分の頬を軽くつねる。 すると半ば夢うつつな私の目に、紐で縛られた五円玉が写る。長い糸で吊り下げられ、私の前でゆらりと揺れ始めた。 そうして冒頭の催眠術が開始する。「新たな嫌がらせですか?」「バカ言え。俺は真剣だ」 どうやら皇羽さんは、いくら口で言っても危機感を覚えない私に、催眠術という手を思いついたらしい。私の脳に直接、教えを叩き込もうとしているのだ……いや怖すぎ! ホラーだよ!「さすがの私も学びましたから! 私が可愛いにしろそうでないにしろ、夜道は危険ということがわかりました。二度目はないので安心してください!」 ドンと胸を叩く。すると皇羽さんは「へぇ」と、まるで審査するように私をあらゆる角度からジロジロと見つめる。 何をするかと思えば、指を這わせて体や顔のあちこちをタッチ。 ちょ、ちょっと! 審査対象物に、おさわりは禁止です……!「俺が思うに〝華奢な体をした可愛いが大売り出しの萌々〟に、短時間で世の中のいろはが身につくとは思えないけどな?」「可愛いが大売出しって……なんですか、それ。初めて聞きました」「ほんとの事だろ」 今日の皇羽さんは変だ。変すぎる。厳戒態勢Maxって感じだ。 昨日のことがあるから警戒するのは分かる。分かるけど……「今日は学校休め」とか言うし、そのくせに自分はレオをしてくるから家を出ると言うし。その話を聞いた時に私が寂しそうな顔をしたら、いつの間にか催眠術が始まっているし! 誰か皇羽さんに「落ち着き」をあげてください……!「皇羽さん、心配しすぎですよ。私は本当に大丈夫ですから。皇羽さんが戻ってくるまで、大人しく家にいますから。ね?」「萌々……悪いな」 気丈に振る舞う私を見て、皇羽さんは眉を下げる
いきなり私にキスをした皇羽さんは、唇を離した後もずっと視線を外さない。私の頬に寄せた手を、たまにすりっと動かしている。「罰な。俺にメールを送らなかった罰」「これが、罰……?」 ポカンとした顔で、全く嫌そうにしない私を見て。皇羽さんは不敵な笑みを浮かべる。「へぇ」と、私の唇をぺろりと舐めた。「言うねぇ。罰にならないって?」「あ、ちが……っ」 すると今度は、唇が食べられてしまうような激しいキスが降ってくる。角度を変えて、何度も何度も。 皇羽さんはキスの合間にため息やら息継ぎやら。どちらか分からない吐息を漏らしながら、眉間にシワを寄せた。「ほんと、なんでもっと自覚してくれねぇかなぁ」「んっ……!」「萌々が世界一可愛いって、どうやったらお前に伝わる? どうしたら危機感を持ってくれるんだ?」「あ……、もぅ……っ」 キスの連続で足の力が抜ける。脱力した私を、皇羽さんがお姫様抱っこした。そして二人分の靴を玄関に置き、寝室へ向かう。そういえば、まだココは玄関だった。……いや、待って。皇羽さんは、どうして寝室へ行くの? ぼんやりとしているから頭が回らない。そうこうしている間に、皇羽さんは寝室の扉を開けてしまう。「やっぱり体に教えるしかないな。一度痛い目みないと分からないんだろ?」「え、や……っ」 ベッドに寝転がされる。逃げなきゃと思うのに、さっき覚えた恐怖と皇羽さんからとめどなく注がれる快感とが合わさって、体に力が入らない。 皇羽さんが私の上に覆いかぶさっても、制服のリボンをほどいて胸もとにキスを落としても。一切の抵抗が出来ない。全て受け入れてしまう。 ちゅっ「ん……っ」「分かるか萌々。俺は怒ってんだぞ」 ちゅ、ちゅっと。皇羽さんは私の下着をずらして、胸元にキスマークをつけていく。「泥で汚れた制服に、泣き顔……お前、玲央が来なきゃどうなっていたと思う? 言ってみろ」「いや……っ‼」 思い出したくない、考えたくもない。 あんな恐怖、二度と味わいたくない! ポロポロと涙を流す私を見て、皇羽さんはピタリと動きを止める。そして目にもとまらぬ速さで、私の下着と制服をサッと直した。 覆いかぶさったまま、体重を掛けないよう私を抱きしめる。 そして大きな体に似合わない小さな声で、「勘弁してくれよ……、マジで……っ」 本当に小さな声で、
せき込む玲央さん。その姿は、かなり苦しそう。「ゲホ……っ!!」「ちょっと玲央さん! 大丈夫ですか⁉」 苦しそうな玲央さんを前に、どうしたらいいか分からない。少しでもしんどさが和らぎますようにと、とりあえず背中をさする。 満足に呼吸ができないほど苦しそう。せき込みすぎて顔が赤くなったり、酸素が足りないのか青白くなったりしている。「玲央さん、玲央さん……!」 このままだと玲央さんがどうにかなっちゃいそうだよ! さっきとは違う別の恐怖を覚え、再び体が震える。 どうしようと焦った、その時だった――「玲央……、萌々!」 いつもの聞きなれた声。見ると、私たちが来た方向から皇羽さんが走って来ていた。すごい勢いで私たちに駆け寄る。何度も「萌々」と私の名前を呼びながら。「皇羽さん、玲央さんが……!」「!」 彼の体調の悪さを一目で見抜いたらしい皇羽さんは、素早く玲央さんの前に立つ。「マスクをとるぞ、玲央」 だけど玲央さんは、皇羽さんの手を掴んだ。マスクは外されたくないのか、弱々しく首を振る。「俺は……大丈夫……っ」「そんな状態の玲央さんのどこが、」 私が言いかけた時。 ちょうど同じマンションに帰って来た別の住人が、タクシーから降りる。その後「空車」のランプに切り替わったタクシーを、すぐに玲央さんが呼び止めた。「え、玲央さん⁉」 尚もせき込みながら、玲央さんはフラフラした足取りで。私の制止も聞かず乗り込む。 バタンッ「何をしているんですか玲央さん! どこへ、」「家に、帰る……。心配しないで……ね?」「家に帰るって……。皇羽さん止めて、お願いします!」「……」 だけど皇羽さんはタクシーの窓を覗き込み「大丈夫なんだな?」と玲央さんに尋ねる。 そして玲央さんが頷いたのを見ると、彼の住所を、玲央さんの代わりに運転手さんに伝えた。 するとタクシーはゆるゆると動き出し、背もたれにかかった玲央さんを乗せてこの場を去る。 いつまでもタクシーを見る私とは違って、皇羽さんは「入るぞ」と。私の手を引いてマンションへ入った。「ちょ、待ってください! 皇羽さんっ」 だけど皇羽さんは私を見ず、代わりにスマホを操作した。タップしたのを最後に「よし」と、スマホから視線を外す。「一応マネージャーに、玲央のことをメールで送った。玲央の家で合流するはずだから
「お店に入れないのかな? 女性客ばかりだもんね」 心の中で「がんばれ」と男性にエールを送り、帰り道を急ぐ。マンションまでさほど距離はないけど、大通りから一本外れた道を行くから、街灯は少なめ。「皇羽さん、もう帰っているかなぁ」 小さく呟いた時だった。 私の腕が、ギュッと強い力で掴まれる。「っ⁉」 ビックリして声が出ない。代わりに急いで振り返る。そして恐怖で震えた。 だって、私のすぐ後ろにいた人は……!「君……あの喫茶店の、かわいい店員さん、だよね……?」「っ!」 さっきお店の外で私を見ていた男の人。どうやら私を見ていたのは気のせいではなかったらしい。 ずっと私の跡をつけていたんだ! 対して私は足音にも気づかず、こんな暗いところまで来てしまって……どうしよう。周りには誰もいない。これじゃあ助けを呼べない!「……っ」 恐怖を前にすると、人は本当に声を出せないと初めて知る。足の裏から震えて、気を抜けば崩れ落ちそうだ。「ねえ、名前……おしえて……?」「い、いや……!!」 私は腕を掴まれたまま微動だにできない。それを好機と思ったのか、男は反対の手で私の頭を自由に撫でた。何回も、何回も。「や……っ」この後は、何をされるの?恐怖で体が震える。早く離れて!と願いながら、唇を噛んで耐えた。だけど私が恐怖一色の顔をすると、それが男の逆鱗に触れたようだった。眉間にシワを寄せ、さっきよりも低い声ですごんで来る。「なに……? 俺が怖いって……? ええ? ウソでしょ、なぁ?」「……っ」 足も手も、口さえも震えて動かない。 必死に頭を横へ振る。男の機嫌を損ねないように、慎重に。 だけど――「まあ、いいや……。どうせこの辺は防犯カメラだらけだ。遅かれ早かれ俺は捕まる。それなら、捕まる前に、この子を……!!」「⁉」 ギュッと抱きしめられ、男の体が容赦なく私に当たる。それが気持ち悪くて怖くて、頭の中はパニック寸前。今すぐにでも、どうにかなりそうだった。「や、だぁ……!」 ゾワゾワと悪寒が走る。何もできなくて涙が出る。恐怖で体に力が入らない。「た、たすけ……っ!!」 声にならない声をあげた、その時だった。 キキィ――!! 車のブレーキ音が大きく響き、場の静寂をかき乱す。次に聞こえるのは、激しい怒鳴り声。「おい!何やってんだ
◇「それでですね、クゥちゃん。推しと好きな人の違いについて聞きたいのですが!」「おぉ、いつになく前のめり! さては夢と現実の狭間にいるな! 大丈夫、私がしっかりレクチャーしてあげよう! そうしたらしっかりと地に足が着くからな! でも別に着かなくてもいいんだぞ!」「はい!」 学校へ着いて、一限目が始まるまでのわずかな時間に。ここ数日ずっと聞きたいと思っていた事を、思い切ってクウちゃんに尋ねる。 コンサートでのファンの絶叫(声援)を聞くと、ファンの皆が皇羽さんのことを「本気で好きなのでは?」と不安になっちゃって……ファンの気持ちと私の気持ち。その「好き」の違いを知りたくなったのだ。「簡単に言うとね」 クウちゃん講座の始まり始まり。「推しに対しては、誰かに勧めたい・この人の良さを知ってほしいって思う。 好きな人は、自分に興味を持ってほしい、振り向いてほしい。特別な関係になりたいって思う。 あくまで持論だけどさ。でも私が冷静さを欠いて次元を越えちゃった時は、この法則に従って現世に帰ってきてるよ」「クウちゃんって時空を移動できるの⁉」「推しのためなら超能力も使えるけど?」「愛がメーターを振り切っているね!」 だけど、なるほど。さすがクウちゃん、説明が分かりやすい。 いつもクウちゃんはIgn:sに対して「頑張ってほしい」とか「応援したい」と言っているもんね。それがファンの「好き」なんだ。そして私は……それとは違う。違うベクトルの「好き」だ。 チラリと、珍しく教室にいる皇羽さんを見る。 私はあの手に触ってほしいし、唇に触れてキスしてほしい。抱きしめ合って眠りたいし、休日はデートしたい。これが私の「好き」。 もしかしてレオをしているアイドル皇羽さんを好きになっちゃった?という一抹の不安があったけど、スッカリ解消された。私は皇羽さんを推しているんじゃなくて、一人の男性として好きなんだ。「って、私のバカ。何を恥ずかしいことを……」「おーい萌々さん、時空を越えかけているよー」「はっ!」 慌てて意識を戻す。昨日から脳内がお花畑だ。ダメダメ、浮ついていないでシッカリしないと。今日もバイトがあるんだし! そんなことを思いつつ、またチラリと皇羽さんを見る。 すると皇羽さんが、いきなりスマホを触り始めた。 メールでも来たのかな? 皇羽さんは画面
「お前は全然分かってない! 何でコスプレして店で働いてんだよ!」「コスプレじゃありません! ちゃんとしたバイトの服です! それに、お金が欲しいからという理由でアルバイトをして何が悪いんですか!」「バイトするのは悪くない、内容の事を言ってんだ!」 バイトがバレた日から数日。 私たちは飽きもせず、まだアルバイトを続けるか否かの押問答をしていた。 朝起きてあいさつ代わりに「認めていないからな」と言われ、夜寝る前に同じベッドで「まだ辞めるって言ってないのか」と言われ……いい加減うっとうしくなってきた!「大体、どうして喫茶店で働くのがダメなんですか!」 現在、朝の八時。 お互い学校へ行くため慌ただしくしていた時。 皇羽さんは、準備を進める手に負けない速さで口を動かす。「この前 Ign:s の特集が載った雑誌、萌々も見ただろ。あれを見たファンたちが〝聖地〟とか何とか言って、お前が働く喫茶店に押しかけてんだよ」「知っていますよ、繁盛していい事じゃないですか!」「それだけじゃない!」 バサッと、皇羽さんは私の目下に雑誌を広げる。真剣に見ようとしない私に、皇羽さんが「ココ」と、拳で音を鳴らした。 そこには秋奈さんの可愛い服を着た私が、のっぺりと写っている。「玲央さんに”ちょっと萌々ちゃんが写っているけどいい?”と聞かれて気軽に返事しましたが、バッチリ大きく写っていますよね。雑誌の売り上げが落ちませんか? 賠償金払えって言われそうで怖いです」「あいにく萌々の格好も萌々自身も、可愛いってSNSで評判だ。お前見たさに喫茶店に集まる奴もいる――男も含めてな」 声のトーンを低くして、睨むように私を見る皇羽さん。 えっと……それは、つまり……。「ヤキモチ、ですか?」「……」 すぐに「なーんて」とおどけてみせる。だけど皇羽さんは、私とは違って真剣な顔つきだ。 雑誌を握る手に力を込めながら、じりじりと私に近寄る。「……前も言った事があるけどな」 やや怒った顔の皇羽さん。その圧がハンパない。何とか逃れようと後退したけど、すぐに壁へ追い詰められた。「萌々は、自分が可愛いって事をもっと自覚しろ」「か、かわいい……?」 私が?いや、まさかね――と気にも留めない安直な心を見透かされたのか、皇羽さんは私の頬に手を添える。輪郭をなぞりながら「俺を見ろ」と視線