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初恋の王子様と衝撃の再会 2

last update Last Updated: 2025-04-21 18:35:01

 始業式が始まる前の、私たち五組の教室内では、久々に会ったクラスメイトたちの賑やかな声が溢れる。

 窓際の私の席の周りにも、ありさと、他ふたりの仲のいい友達が集まって、休み中の話をしていた。

 そのうちのひとり、私たちにも敬語で話すのがデフォルトの、眼鏡をかけた真木(き)ちゃんが、思い出したように突然切り出す。

「そういえば、四組に転校生が来るらしいですよ。しかも男子」

 放送委員を務める真木ちゃんはかなりの情報通。きらりと眼鏡を輝かせる彼女を、私達は一様に「へぇ〜」と期待を込めた目で見て頷いた。

「良物件かどうかはわかりませんけど」

「目の保養になるからイケメンに越したことはないよね」

 真木ちゃんに続いて、大人っぽい美人さんの海姫(き)ちゃんが、紅い唇の端を持ち上げて言った。あまり興味なさそうな海姫ちゃんを、ありさがいたずらっぽく笑っていじる。

「そんなこと言って、バッチリ狙うんじゃないのー」

「バレたか。……って冗談だよ。私、年上がいいし」

 そんなふたりのやり取りに笑っていると、窓枠に寄りかかる海姫ちゃんが、私に目を向けて問いかける。

「小夜ちゃんはダンナがいるから興味ナシ?」

 にこりと綺麗な笑みを向ける彼女に、しかめっつらをする私。

「興味あるよ! ていうか、〝ダンナ〟はいい加減やめ──」

「浮気はいけませんよ」

「こぉら、真木ちゃんまで!」

 まったく、このミキマキコンビは!

 キーッと怒る私だけど、皆はおかしそうに笑うだけ。いつになったら皆の中で私たちは離婚できるのやら……なんて考えながら、ため息を吐いて脱力した。

「でも古畑くんみたいな男子がずっと一緒にいたら、自然と目が肥えちゃいそうだよね」

 一番後ろの席で友達と話しているキョウをちらりと見ながら、海姫ちゃんが言った。

 ふいに、キョウではない、もうひとりの幼なじみの男の子のことを思い出す。ちくりと胸が痛むのを感じつつ、「そんなことないよ」と返して笑った。

 ──たとえ目が肥えたって、彼だけは特別。いつまでも、私の中で彼は輝き続けるに違いない。

 始業式の時間になり、ありさと一緒に体育館へ移動した。ぞろぞろと生徒が集まり、私たちの前には四組の皆が並び始めている。

 その様子をなにげなく眺めていると、なにやら女子たちがそわそわしているような気がした。皆チラチラと同じほうを見ているし、なんだろう。

「なんか浮立ってるよね、四組の人たち……」

「さっき真木が言ってたじゃん、転校生が来るって。それでじゃない?」

「あぁ!」

 コソッと告げられたありさのひと言で、そういえば!と思い出した。

 そうか、だからか。でも女子があんなにそわそわしてるということは、結構なイケメンなんだろうか。

 少しだけ気になって、私も彼女たちの視線の先を追う。すると、日差しを受けて栗色に輝く、ふわっとしたラフな髪の毛の男子が目に入った。

 身長はキョウと同じか少し低いくらい。後ろ姿だけだけれど、見慣れないしきっとあの人だ。

「顔見えた?」

 興味津々とまではいかないけど、私と同じく多少気になっているらしいありさが聞いてきた。私は背伸びしたり、傾けた首を伸ばしてみたりしながら答える。

「ううん、あんまり。でもなんとなく雰囲気がイケメンそう」

「それ顔見たらガッカリするタイプじゃないの?」

「ありえる」

 ありさとふたり、なんとも勝手で失礼な会話をして笑ってしまった。

 その後も、私はいろいろな想像をしながら彼を眺めていた。退屈な始業式が終わるのも早かった気がする。

 しかし、さあ教室へ戻ろうとなった時に、彼がこちらを向いた。

 しっかり顔を見た私は、一瞬電流が流れたような衝撃が走り、身体も思考もすべてストップした。

 切れ長だけど大きな二重の瞳、すっと通った高めの鼻、女の子のような桜色の唇。

 その綺麗な顔が、四年前に見た、私の特別な存在である彼の面影を十分残していたから──。

「…………り、つ?」

 無意識に、震える声を漏らした。

 彼は動けなくなっていた私を追い越し、体育館の外に向かってどんどん歩いていってしまう。はっとした私は、海姫ちゃんと話しているありさを置いて走り出した。

「あれ、小夜っ!?」

 ありさの声を背中に受けながら向かったのは、転校生の彼ではなく、もうひとりの幼なじみのもと。少し先を歩いていた彼に駆け寄り、がしっと腕を掴んだ。

「ぅおっ、なんだよ」

「ちょっと、ねぇキョウ! あれ、誰に見える!?」

 驚くキョウに、興奮気味に前方を指差してみせる。しかし、これだけの説明で伝わるはずもなく、彼は眉間にシワを寄せてキョロキョロするだけ。

「あれってどれ」

「あれだよ、あの男子! あ、今外出た!」

「はー?」

 混乱するキョウの腕を引っ張り、体育館から出ていった彼を追いかける。

 周りの皆が不思議そうに見てくるのにも構わず、人混みをかいくぐって私たちも外へ出た。

「おい小夜、いったい……」

「ほらあそこ見て! 髪の毛ちょっと茶色くて、ひとりで歩いてるあのイケメン」

 さっきよりもよく見える姿を、また指差す私。渡り廊下の角を曲がり、彼の横顔がはっきり見えた瞬間、キョウが目を見開いた。

「え……あれって……律?」

「そう見えるよね、やっぱり……!」

 私たちは彼から目を逸らすことができず、幼馴染の彼らしき姿が見えなくなるまで、しばらく無言でその場に佇んでいた。

 とりあえず教室へ戻ろうとやっと動き出した私たちは、お互い神妙な顔をしていた。私の心臓は、まだ速いスピードで脈を刻んでいる。

「あの人、四組に来た転校生なんだって。名前はまだわかんないけど」

「まさか……あいつ、戻ってきたのか?」

 腕を組んで呟くキョウと、私も思うことは同じだ。四年前、小学校卒業と同時に隣県へと引っ越してしまった彼が、またこの街に……?

 動揺とときめきの両方でドキドキが治まらない。そんな私の肩に突然ぽんっと手が乗せられ、はっと我に返った。

「ちょっと小夜、どうしたの? 急に走り出して」

 いっけない、ありさのことほったらかしにしてた!

 不満げに口を尖らせている彼女に、私は苦笑しながら両手を合わせる。

「ごめん、ありさ! あのね……転校生くんが、ちょっと律っぽくて」

「えっ、〝律〟って……ふたりの幼馴染の?」

 私とキョウを交互に指差すありさに、私たちはこくりと頷いた。

 ありさには中学の頃から話していたもんね。幼馴染で、私の初恋相手の、逢坂 律くんのこと……。

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