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第2話

Author: 匿名
東は顔色を変え、後ろめたそうに朱音をちらりと見た。

朱音はうつむいたままで、その表情は読み取れなかった。

ふくらはぎの傷からは赤黒い血が滲み続けていた。塩が傷口に染みる焼け付くような痛みに、唇はさらに青ざめている。

それでも、口元には冷ややかな嘲りの笑みが浮かんでいた。

麗奈が大学へ進学できたのは、朱音の進学枠を奪ったからだ。この辺りでその事実を知らない者はいない。

しかも、朱音に無理やりそれを譲るよう強要したのは、東と桂子だった。

その埋め合わせとして、東は朱音を妻に迎え、一生大切にすると固く誓ったのだ。

だが、前世の経験から、東が全く信用に足らない男であることを、朱音は嫌というほど思い知らされていた。今は自分の力で、ここから逃れる道を切り開くしかない。

その時が来るまでは耐え忍ぶのだ。

朱音が何も言わないのを見て、東は安堵したように息をついた。そして、悪びれもせず言った。

「結城のおばさん、何を言ってるんだ。俺が嫁にするのは、この先も朱音だけだ!」

桂子は呆れたようにため息をつき、よろけながらも立ち上がった朱音を睨みつけた。

「いつまでぼさっと突っ立ってるんだい。さっさとそのお湯を捨ててきな!」

朱音は無表情のまま、東が持っていたホーローの洗面器を受け取った。

その時、麗奈が部屋から出てきて、わざとらしく声をかけた。

「お母さん、東さん、お姉ちゃんを困らせないで。自分の足を洗ったお湯くらい、私が捨てるわ」

そう言って、朱音の持つ洗面器を受け取ろうと手を伸ばした。

妹の顔に浮かんだ嘲笑を見て、朱音は嫌な予感を覚え、断ろうとした。

だが、言葉を発するより早く、麗奈は両手に力を込めて洗面器を下から勢いよく跳ね上げた。中のお湯が朱音に降りかかり、彼女はたちまち全身ずぶ濡れになった。

麗奈はズボンの裾が少し濡れただけだった。それなのに、まるで自分が被害者であるかのように悲鳴を上げた。

「お姉ちゃんが私のこと嫌いなのは分かるけど、こんな真冬にお湯を浴びせるなんて……風邪を引いて病気になったらどうするの?」

案の定、桂子の怒鳴り声が飛んだ。

「この罰当たりが!なんて疫病神を産んじまったんだか!さっさと顔から失せな、今日は飯抜きだ!」

桂子は朱音を家の外へ突き飛ばした。

冷たい地面に倒れた朱音には目もくれず、ピシャリとドアを閉め、鍵までかけた。

閉じられる直前、朱音は東を見た。

だが、東は外に突き飛ばされた朱音など気にも留めていなかった。麗奈の前にしゃがみ込み、濡れたズボンの裾を払いながら、ひどく心配そうに言った。

「麗奈、早くズボンを穿き替えろ。風邪を引くぞ」

桂子も慌てて同調した。

「東の言うとおりにしな。今度から、あんなに親切にしてやるんじゃないよ。お前の姉さんは腹の底から性根が腐ってるんだから」

麗奈はわざとらしく心配してみせた。

「お姉ちゃん、大丈夫かな?」

中から東が声を荒らげるのが聞こえた。

「何かあっても自業自得だ。少し痛い目を見て、根性を叩き直した方がいい。そうすれば余計な考えも起こさなくなるだろう」

家の外にいる朱音の耳にも、3人の会話ははっきり届いていた。

地面の雪や氷の欠片が服の中へ入り込み、全身の震えが止まらない。

朱音は涙を堪え、必死に起き上がると、壁際に身を縮めた。

しばらくすると、家の中からまた笑い声が聞こえ、食事の匂いが漂ってきた。空腹でキリキリと痛む胃をさすると、痛みがわずかに和らいだ気がした。

朱音は傍らにあった乾いた藁に両手を何度もこすりつけ、泥汚れを落とした。

息を吹きかけて凍える手を温めると、服の内ポケットから先ほどの返事を取り出した。

封を切り、夕暮れの残光を頼りに、手紙に記された文字を追った。

【朱音くん、手紙は確かに受け取ったよ】

【君の事情と希望は承知した。こちらから迎えの者を手配しておいたので、月末にはそちらに到着する予定だ。当施設で待っているよ……】

封筒には任命書も入っていた。

読み終えると、朱音の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

今日は22日。

あと8日で、ここから離れられる。

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