東は気まずそうに表情をこわばらせ、咄嗟に弁解した。「麗奈は長旅を終えて帰ってきたばかりで疲れているんだ。足を洗ってやっただけだから、勘違いするなよ」朱音は頷き、量り売りの塩が入った袋を提げてキッチンへ向かった。勘違いなどしていない。二人が不倫関係にあることなど、誰の目にも明らかだった。それなのに前世の朱音は自分を欺き、何十年もの歳月を虚しく過ごしてしまったのだ。死の間際、麗奈は心にもない見舞いにやって来た。朱音が何十年も育てた息子は、麗奈の前に土下座をした。「麗奈おばさん、父さんから聞いたよ。本当の母さんはあなただって。父さんとは何十年も一緒になれなかったけど、もう邪魔する人はいない。これからは三人で幸せに暮らそう」その手に握られていたのは、朱音の年金が入った預金通帳だった。東は病床の朱音を冷ややかに見下ろし、悪びれる様子もなく言い放った。「朱音、あの時、お前と麗奈は同じ日に子供を産んだ。俺が病院から連れ帰ったのは麗奈の子だったが、俺も何十年もお前に付き合ってやったんだ。これで十分義理は果たしただろう」これほど恥知らずな人間がいるのかと、朱音は耳を疑った。だが、今はそんなことに構っている場合ではない。東が連れ帰ったのが妹の子なら、自分の子はどこへ行ったのか。今も生きているのか。どんな暮らしをしているのか。朱音は声を振り絞って問い詰めたかった。しかし、あまりにも衰弱していて、目を開けることさえできなかった。東がどうしても離婚に応じなかったのは、心のどこかで自分を愛しているからだ――ずっとそう信じてきた。もう、そんなふうに自分を欺くことはできなかった。真実は鋭い刃となって、朱音の心をずたずたに切り裂いた。かろうじて胸に残っていた最後の息が途切れ、朱音は無念を抱いたまま息を引き取った。だから、人生をやり直した朱音が真っ先にしたのは、国の研究機関の責任者として復帰した恩師へ手紙を書くことだった。そこには、最先端の科学研究に関するいくつかの展望を記した。前世の朱音は、それらの分野に何十年も打ち込んでいた。東に足を引っ張られ、研究者としての黄金期を逃したものの、最後には一定の成果を残している。この時代の誰よりも先を見通せる自分なら、必ず第一人者になれる。手紙を投函したのは数日前だった
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