LOGIN幼なじみだった高瀬瑛介(たかせ えいすけ)と結婚して7年。 私、水野奈緒(みずの なお)は、瑛介と互いを尊重し合い、穏やかな夫婦生活を送っていた。 この結婚は、何があっても揺らがないと信じていた。 だがある日、SNSで瑛介と別の女の親密な投稿を見つけてしまった。 私は誰にも気づかれないよう、会社にあるすべての資料を整理した。 結婚7周年の日、離婚協議書を残し、海外へ渡った。 私が去ったあと、瑛介は正気を失った。
View More私が退職したあと、会社には取引先が次々に押しかけ、契約解除を求めたという。瑛介はわずか数日のうちに、すべての取引を失っただけでなく、多額の違約金まで背負った。家も、車も、預貯金も。換金できるものは、すべて賠償に充てた。あれほど尊大だった瑛介は、ほんの数日で会社を破綻させ、取引先や債権者に追われる身へと転落した。自尊心の強かった瑛介は、すべてを失い、完全に追い詰められた。それまでそばにいた彩乃も、その時になって彼から離れていった。私に電話をかけてきた時、瑛介は会社が入るビルの屋上に立っていた。私の返事が、最後の一押しになったのかもしれない。友人から届いたLINEを読みながら、さまざまな思いが胸をよぎった。もし結婚式で彩乃をブライズメイドに選ばなかったら、私たちは今も一緒にいたのだろうか。その時、新しいメッセージが届いた。以前から付き合いのあった取引先からだった。【水野さん、今度ご自身のデザイン事務所を立ち上げるそうですね。これからも弊社とお取引いただけますか?】【もちろんです。詳しいお話をしましょう】返信を終えると、窓の外に広がる淡い青空を見つめ、気持ちを落ち着かせた。すべて、もう過ぎたことだった。これからの私の人生は、きっと少しずつ良くなっていく。(おわり)
すべての手続きを終え、私はようやく念願をかなえ、憧れていた大学で学び始めた。卒業してから何年も経っていたが、ずっと専門分野の仕事を続けてきたため、授業にもどうにかついていけた。私にとっては、勉強のほうが瑛介を手放すより、はるかに簡単だった。これほど長く重ねた思いを、簡単に捨てられるはずがない。時間ができるたび、これまでの私たちの関係は何だったのだろうと考えた。家族としての情なのか、友情なのか、それとも愛情だったのか。考え続けた末に、ようやく答えが出た。本当に愛し合っていたのなら、こんな疑問を抱くはずがない。ある日の授業後、いつものように疲れた身体を引きずり、寮へ戻ろうとしていた。その時、スマホが鳴った。見覚えのない番号だった。誰なのかは、すでに分かっていた。それでも私は通話に出た。「奈緒、やっと見つけた」久しぶりに瑛介の声を聞き、動きを止めた。どれほどきっぱり別れたつもりでも、こうして再び向き合えば、平静ではいられなかった。「何の用?」胸の痛みを押し殺し、冷たい声で返した。「あのSNSのアカウント……見たんだろ?」瑛介は探るように尋ねた。「ええ、見たわ」否定はしなかった。「認める。俺が悪かった。本当にすまない」瑛介は言い訳をせず、真剣に謝った。「説明しないの?」思いがけない反応に、むしろ私のほうが戸惑った。「俺が悪かったのは事実だ。今さら何を言っても、言い訳にしかならない。長く一緒にいすぎて、俺は奈緒の気持ちに甘えてた。傷つけて、本当にすまなかった。彩乃を解雇した。もう二度と、あいつとは関わらない」瑛介は力なく笑い、重い息を吐いた。「遅いわ。今さらそんなことをしても、もう遅いと思わない?新しい電話番号を突き止めたなら、私が今どこで何をしているかも知っているでしょう。当分、そっちへ戻るつもりはないわ。離婚の書類も、早く弁護士へ渡して」瑛介が素直に非を認めたことには驚いた。向こうで何が起きたのかは知らないし、知りたいとも思わなかった。だが瑛介が自分の過ちを認めたのなら、よほど大きなことがあったのだろう。「俺たち……もう、本当にやり直せないのか?」しばらく黙ったあと、瑛介は震える声で尋ねた。「無理よ。あなたが最初の投稿を書いた時に、私たち
これまでの30年近い人生で、最も深く眠れた。目を覚ますと、20時間近く眠っていたことに気づいた。いつもの癖でスマホを開くと、いつもの癖でスマホを開くと、瑛介が別のアカウントから何度も連絡してきていた。届いたメッセージは、最初こそ強気だったが、やがて取り乱したものへ変わっていた。瑛介の心の変化が、そのまま表れていた。続いて目に入ったのは、彩乃からの音声メッセージだった。「奈緒、私と高瀬社長は本当に何もないの。社長はもう必死で、会う人みんなに奈緒の居場所を聞いて回ってる。早く戻ってきて……」「どうしても私のことが気になるなら、会社を辞めてもいい。今の高瀬社長を見ていられないの」「奈緒、お願いだから戻ってきて。今は高瀬社長にも連絡がつかなくなって、会社には私しかいないの。どうすればいいのか、本当に分からない……」次第に追い詰められていく彩乃の声を聞いても、少しも嬉しくはなかった。私は静かに音声を返した。「彩乃、私の負けよ。あなたには完敗した」「もう隠さなくていい。瑛介があなたのためだけに作ったSNSのアカウントも、投稿も、全部見たから」「二人がそれほど愛し合っているなら、私は身を引く。あなたが私の代わりになればいい。それでお互い、望みどおりでしょう」「私の代わりに瑛介を支えて、会社をもっと大きくしてあげて」送り終えると、迷うことなく彩乃もブロックした。これで私の世界から、親友と呼べる人はいなくなった。
ホテルへ戻る頃には、ほぼ2日間、一睡もしていなかった。緊張が解けた途端に強い眠気に襲われ、柔らかなベッドへ横になった。その時、場違いな着信音が鳴った。画面を見ると、瑛介からのLINE通話だった。会社関係者をブロックした時に、どうして彼を忘れたのだろうと後悔した。だが考え直した。テーブルに残した離婚関係の書類には、まだ瑛介の署名がない。少なくとも今は、法律上の夫婦であることに変わりはなかった。仕方なく通話に出た。「奈緒、何を考えてるんだ?相談もなく退職して、社長の俺を無視するつもりか!俺は彩乃と何度か会食に行っただけだろ。そんなことで、ここまで大騒ぎする必要があるのか?この会社をここまで育てるのに、どれだけ苦労したか、お前が一番よく知ってるはずだ。いきなり辞めるなんて、仕事を遊びだと思ってるのか?仕入れ先も取引先も会社に押しかけてる。もうすぐ30になるんだぞ。こんな衝動的なことをして、どうするんだ!今のお前は、本当に話が通じない!」通話がつながってから3分ほど、私は一言も発しなかった。瑛介が一方的に怒鳴り続けていた。何度も切りたくなるのをこらえ、一度大きく息をのみ、まだ話し続けようとする瑛介を遮った。「瑛介、昨夜家を出てから、まだ一度も帰っていないでしょう?」「帰ってないけど、それがどうした?会社がこんなことになってるのに、帰れるわけないだろ!」瑛介は少しも悪びれず、怒ったまま言い返した。「分かった。なら一度、家に戻って。離婚協議書と離婚届をテーブルに置いてあるから。会社も、これまで二人で築いた財産も、全部あなたに渡す。私は何も受け取らない。私があなたを管理していると言ったでしょう。もう二度と、あなたのすることに口を出さないわ。詳しい手続きは弁護士に任せてある。今日中には連絡が行くはずよ。これで終わりにしましょう。あなたは、本当に愛する人を選べばいい。もう連絡しないで」冷たく言い切ると、瑛介が何か言う前に通話を切った。今度は迷わず、瑛介のアカウントもブロックした。LINEはブロックし、電話番号も変えた。これでもう、瑛介は私を見つけられないだろう。外は曇っていた。それでも、その瞬間だけは自分に光が差したように感じた。自由とは、こんなにも心地よいものだったのだ。
reviews