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第3話

Author: 匿名
朱音は壁際で手紙と任命書を封筒に戻し、服の内側へ大切にしまった。

夜の冷たい風が襟元から吹き込み、濡れた服が容赦なく体温を奪っていく。それでも、この手紙があるだけで、心の中には温もりが灯っていた。

夜更けには、朱音は壁際にうずくまったまま意識を失っていた。全身が冷え切っているのに、顔だけが不自然なほど赤く火照っていた。

朦朧とする意識の中で、誰かが自分を呼ぶ声を聞いた。

「朱音……朱音……」

重い瞼を開けると、東がいた。

東は朱音の額に手を当て、異常な熱さに気づき、その目に動揺と心配の色を浮かべた。そのまま朱音を抱きかかえ、部屋へ運んだ。

ベッドへ下ろすなり、濡れた服に手をかけた。

「着替えろ。このままじゃ駄目だ」

朱音は残った力を振り絞り、東を押し返した。

「自分で着替えるわ」

東は頷いてドアへ向かったが、途中で振り返った。

「何か食べるものを持ってくる」

朱音は答えなかった。

気力を奮い起こして乾いた服に着替え、手紙と任命書をタンスの奥底へ隠した。横になろうとしたところで、東が柔らかく煮たさつまいもの入った椀を手に戻ってきた。

「腹が減っただろう。少し食べろ」

朱音は呆然と東を見つめた。

東がさじですくって口元へ運んでくると、朱音はようやく口を開けて食べた。

すべて食べ終えると、東は砂糖と塩を溶かした水も飲ませてくれた。

彼はもう一度朱音の額に触れ、先ほどより熱が下がっていることを確かめると、ようやく安堵の息をついた。

それから袖で朱音の口元についた食べかすを丁寧に拭い、消毒液と綿棒を取り出した。ズボンの裾をまくり上げ、ふくらはぎの傷を手当てし始めた。

優しく世話をする東を見ながら、朱音はどこか現実離れした感覚に陥っていた。

東の目に宿る愛情は、偽りには見えなかった。それなのに、どうして自分にあれほど残酷になれるのだろうか。

それとも、この男は2人の女を同時に愛しているのだろうか。

次の瞬間、東の声が朱音の意識を現実へ引き戻した。

「麗奈は卒業したばかりだが、就職先がなかなか決まらなくてな。お前は足を怪我していて通勤も大変だろう。しばらく麗奈に、縫製工場の班長を代わってもらったらどうだ?」

朱音は一瞬呆気にとられ、やがて小さく自嘲するように笑った。

やはり、この世に理由もなく注がれる愛情などないのだ。

東が突然優しくなったのは、妹のために縫製工場の班長という職を手に入れるためだった。

この男の偽善を、朱音は心の底から思い知った。

それでも胸は、それほど痛まなかった。

とうに感覚が麻痺していたからだ。

その時、足に鋭い痛みが走り、朱音は咄嗟に足を引っ込めた。

東はたちまち顔色を変えた。朱音が職を譲りたくないのだと思い込み、大声で責め立てた。

「何だ、その態度は!今日、お前が麗奈に足を洗ったお湯を浴びせたことだって、俺はまだ責めていないんだぞ!足が治るまで家で休ませてやろうというのに、俺の親切心が分からないのか!」

朱音は首を横に振り、ふくらはぎを指さして、力なく呟いた。

「痛い……」

そこで東はようやく、自分が他のことに気を取られ、綿棒を傷口へ強く押し当てていたことに気づいた。

せっかくできたかさぶたが剥がれ、傷口からまた赤黒い血が滲み出していた。

東は何か言い訳をしようとした。

だが、朱音が先に口を開いた。

「明日、工場へ行って工場長に話すわ。班長の仕事は麗奈に譲る」

その言葉を聞くなり、東は勢いよく顔を上げ、目を見開いた。

「朱音、本気なのか?」

信じられないという顔だった。

朱音は静かに頷き、それ以上は説明しなかった。

あと8日で、ここを離れる。班長の仕事など、もう何の意味もない。それどころか、譲らなければまた何を仕掛けられるか分からなかった。

ところが、朱音が承諾したというのに、東は思ったほど喜んではいなかった。

穏やかな朱音の顔を見ていると、何かが自分の手からすり抜けていこうとしているような気がして、妙な胸騒ぎを覚えたのだ。

東は急いで朱音の傷口から流れた血を拭い、布団をかけた。

埋め合わせでもするように、再び口を開いた。

「朱音、お前の服もずいぶん古くなったな。明日、町で新しい服を2着買ってきてやる」

朱音には、もう答える力が残っていなかった。

枕に頭をつけると、高熱がもたらす強い眠気に引き込まれ、瞬く間に深い眠りに落ちていった。

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