Mag-log in私は矢口美桜(やぐち みお)。裏社会を牛耳る黒田翔也(くろだ しょうや)と10年を共にしてきた。その間、12回も中絶せざるを得なかった。 翔也は「敵が多すぎて、子供がいたら弱みになる」と言って、ずっと私に子供を産ませてくれなかったからだ。 ところが13回目の妊娠で、翔也は初めて子供を産んでいいと言ってくれた。お腹の子の状態が安定すると、裏社会からもきっぱり足を洗った。 それなのに、妊娠7か月のとき、翔也がほかの女を愛人として囲っていることを偶然知ってしまった。しかも、その女――相原朱音(あいはら あかね)は、私より2か月も早く妊娠していたのだ。 涙を浮かべて問い詰めても、翔也はわずかに眉をひそめただけだった。 「朱音はお前とは違う。あいつは普通の女の子なんだ。そばにいてくれる子供が必要なんだよ。 わかってるだろ?あいつに子供が生まれても、お前と張り合ったりはしない。お前はこれからもずっと俺の妻だ」 翔也の冷ややかな目を見つめ、私は手を強く握りしめた。深く息を吸ってから、静かに告げた。 「もういいわ。別れましょう」
view more1か月前、私は新生児室から二本の電話をかけた。一本目の相手は、鷹枝組だった。翔也と鷹枝組には、以前から深い因縁があった。私は翔也の情報を渡す代わりに、海に飛び込んで逃げるのを手伝ってもらう約束をした。もう一本は直人にかけた。翔也が朱音を連れてきたとき、そのことを知らせてくれたのも、翔也の前で私をかばってくれたのも、直人だけだった。私は直人に、証拠を翔也に見せてほしいと頼んでおいた。そして翔也は、証拠を見たあと、思ったとおり海辺へやってきた。私はそっと目を閉じた。すべてが終わるまで、あと少しだった。空が白み始めた頃、鷹枝組の男たちが上陸し、翔也を取り囲んだ。翔也は抵抗しようとしたが、男たちの中に私を見つけた途端、力が抜けたように動きを止めた。翔也は何か言いかけ、さっきまで虚ろだった目をぱっと輝かせた。「美桜、すまなかった!」真っ先に理由を問い詰められると思っていたのに、いきなり謝られて少し驚いた。翔也は地面に押さえつけられ、整った顔は生臭い泥で汚れていた。髪も乱れ、無精ひげまで伸びていた。こんなにみじめな翔也を見たのは初めてだった。「全部俺が悪かった!俺なら何とかできると思って、朱音を甘く見てた。そのせいで、お前も子供たちもあんな目に……本当にすまなかった!あの女も、あいつの子供も、もう始末した。それでも気が済まないなら言ってくれ!ほかに何をすればいい?お前のためなら何だってする。必ず償うから!頼む……許してくれないか?」最後はほとんど聞き取れないほど小さな声だった。許してもらえるはずがないことは、翔也にもわかっていたのだろう。それでも諦めきれないのか、必死に言葉を続けた。「お前さえよければ、今すぐここを出よう!何もかも捨てて、二人で静かに暮らそう。子供が好きだろ?養子を迎えたっていい。それか、まずは体を治して、元気になったらまた子供を……」私はそんな翔也を見て、鼻で笑った。「今さら、そんなことできると思ってるの?」翔也はうつむき、何か言いかけたものの、結局、口を閉ざした。その日、翔也は私がなぜこんなことをしたのかとも聞かず、敵である鷹枝組に味方したことも責めなかった。ただ、初めて出会ったあの日と同じように、静かに私を見つめていた。けれど、あのときとは違い、今度
「いやっ!その子だって、あなたの子でしょ!」「俺の子は、美桜が産んだ三人だけだ」翔也はナイフを投げ捨て、外へ飛び出した。朱音がどれほど泣き叫んでも、もう振り返ることはなかった。翔也が海岸に駆けつけたときには、鷹枝組の連中はすでに撃退されていた。あたりには、冷たくなった遺体がいくつも横たわっていた。その中には、翔也と苦楽を共にしてきた仲間や、美桜が彼のために育ててきた部下たちもいた。翔也は背筋が凍る思いでその場にひざまずき、倒れた者たちの顔を一人ずつ確かめていった。けれど、どこにも美桜はいなかった。何度も首を振りながら美桜の名前を呼び続け、やがて声を上げて泣き崩れた。どうしてこんなことになってしまったのか、翔也にはわからなかった。そもそも翔也が朱音をそばに置き、何かと甘やかしていたのは、美桜から敵の目をそらすためだった。朱音にここまでしていいのかと迷うこともあった。それでも、腕の中で幸せそうに寄り添う美桜を見るたび、彼女が離れていくはずはないと信じていた。そのうち、美桜の愛情に甘え、朱音の優しさも手放せなくなっていた。まさか朱音との関係にここまでのめり込み、取り返しのつかない過ちを犯すとは思ってもみなかった。翔也はふと両手を見つめた。美桜と子供たちの血が、その手にこびりついているような気がした。翔也は後悔に震えながら、倒れた仲間たちのそばで海に向かい、何度も謝った。美桜を愛していると、声を上げて叫び続けた。けれど、いくら叫んでも返事はなかった。もう美桜が戻ってくることはない。それだけは翔也にもわかっていた。後悔で気が狂いそうだった。何もかも朱音のせいにしてしまいたかったが、美桜が本当に恨んでいるのは翔也だった。彼にもそれは痛いほどわかっていた。翔也はそのまま夜遅くまで海辺に座り込んでいた。涙も枯れた頃、朱音との結婚式の準備に追われていたあの1か月を思い返した。美桜とはろくに口もきかなかったその間、彼女もこんなふうに絶望していたのだろうか。朱音が結婚のことをあちこちで自慢し、式の話を広めるのも、翔也は止めなかった。翔也の妻になるのは朱音だと周囲に思わせれば、敵の目を美桜からそらし、彼女を守れると思っていた。けれど今になって、それがどれほど甘い考えだったか思い知らされた。そ
「朱音のために、姐さんの子の心臓を取り出させて、血まで抜かせたんだぞ!姐さんはもういない。お前と朱音の邪魔をする人間もいなくなったんだ!それでもまだ何が不満なんだよ!」直人は拳を握りしめ、かすれた声で怒りをぶつけた。翔也は一瞬呆然としたが、すぐに直人を殴り返した。「心臓だと?血を抜いただと?何をわけのわからないことを言ってる!美桜の子供の心臓を使うって話は、朱音を安心させるために言っただけだ!人工心臓ならとっくに手配してある!あいつらは俺の子供だぞ!心臓を取り出したり、血を抜いたりするわけないだろ!」そこへ朱音がやってきた。不安を必死に隠し、目に涙を浮かべながら翔也の腕にすがりついた。「翔也さん、この人、何を言ってるの……?私、虫も殺せないのよ?美桜さんの赤ちゃんの心臓や血なんて、本気で欲しがるわけないじゃない!前にあんなことを言ったのは、妊娠中で気が立ってて、つい口にしちゃっただけよ!本気じゃなかったの!それなのに、この人、嘘までついて私を悪者にしようとして……もしかして、美桜さんとグルなんじゃない?お願い、信じないで!同じ女だから、美桜さんが何を考えてるかくらいわかるの。きっと死んだふりをして、翔也さんを騙そうとしてるのよ!」直人は口の中にたまった血を吐き捨て、朱音を睨みつけた。「よくもそんな平気な顔で嘘がつけるな!俺が嘘をついてるっていうなら、これは何だ!」直人は数枚の書類を投げつけた。床に散らばったのは、手術記録と採血器具の使用記録だった。さらに直人はスマホを掲げた。そこには、手術室と新生児室の監視カメラ映像も保存されていた。翔也は一瞬言葉を失ったが、すぐに何かを察し、眉をひそめて朱音をじっと見つめた。「翔也さん、見ちゃだめ!」朱音は泣き叫びながら翔也にしがみついた。翔也は朱音を信じたかった。何もかも嘘で、美桜もただ怒って姿を隠しているだけなら、きっとまた自分のもとへ戻ってきてくれるはずだった。それでも翔也は、床に散らばった書類を拾い上げた。書類に一枚ずつ目を通すうちに、翔也の表情はどんどん険しくなっていった。その間に、直人は監視カメラの映像も再生した。画面には、新生児室で勝ち誇ったように笑う朱音の姿が映っていた。翔也はそこでようやく、朱音の本性を思い知った。ずっ
朱音が翔也の指に指輪をはめ、第二関節まで通しても、翔也は美桜の姿を見つけられず、彼女からの連絡もないままだった。なぜか胸が重苦しく、苛立ちがこみ上げてきた。翔也は思わず指を引っ込めた。指輪が足元に落ちて、ようやく我に返った。そうだ。今は結婚式の最中だった。翔也は苛立たしげにネクタイを引っ張った。もともと、こんな窮屈な格好も、面倒な式の段取りも好きではなかった。だが、もう少しで終わる。朱音の悲しげな視線に気づくと、翔也は苛立ちを抑え、しぶしぶ指輪を拾おうとした。そのとき、顔を真っ青にした部下が外から駆け込んできた。「親分、大変です!鷹枝組の連中が攻めてきました!」直後、遠くの海岸から凄まじい轟音が響いてきた。翔也は顔色を変えた。「美桜は!?美桜はどこにいる!」鷹枝組が美桜をひどく恨んでいることは、翔也もよく知っていた。さっきからの胸騒ぎは、ただの気のせいではなかった。これまで翔也は、美桜なら自分の身くらい守れると信じて疑わなかった。朱音のために美桜に子供を産ませたときでさえ、子供たちも母親に似て、きっと強いはずだと思っていた。だが、最後に美桜が向けた、悲しみと失望に満ちた眼差しが頭から離れなかった。今度ばかりは大丈夫だとは思えなかった。本当に美桜が二度と戻ってこないのではないかと、翔也は怖くなった。招待客たちが逃げ惑う中、朱音は険しい顔で立ち尽くしていた。何度も翔也にせがんで、ようやく実現した盛大な結婚式だった。この1か月、ずっと楽しみにしていたのに、指輪を交換する肝心な場面で翔也が上の空だったせいで、大勢の前で恥をかかされた。美桜から連絡がないせいだということは、朱音にもわかっていた。それなのに、こんな命の危険が迫る状況でさえ、翔也が気にしているのは美桜のことばかりだった。朱音は嫉妬で気が狂いそうだった。美桜の何がそんなにいいのか、朱音にはどうしてもわからなかった。翔也から何度も、美桜に手を出すなと釘を刺されていたことも気に入らなかった。朱音は込み上げる怒りをぐっとこらえた。ここまで来れば、あと少しで翔也と本当の夫婦になれる。そう自分に言い聞かせ、なんとか気持ちを落ち着かせた。翔也は朱音の目に宿る憎しみにも気づかず、部下の胸ぐらをつかみ、もう一度美桜の居場所を問いただ