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第103話

Author: レイシ大好き
京弥は紗雪を助手席に優しく座らせると、自分も運転席に乗り込んだ。

彼の視線は紗雪に向けられていた。

その眼差しは柔らかく、しかしその奥には、深い痛みが滲んでいた。

二人の距離は近すぎた。

この男は、まるで妖のように整った顔立ちをしている。

紗雪は、ほんのりと頬を染めた。

「な、なんでそんなに近づくの!離れてよ」

だが、京弥は聞き入れず、さらに身を寄せてきた。

彼の体は、ほとんど紗雪の上に覆いかぶさるようになっていた。

「ごめん、さっちゃん......君にこんな思いをさせて」

彼の声には、深い後悔が滲んでいた。

今回、紗雪を傷つけたのは、間違いなく自分の不注意のせいだ。

彼が部屋に踏み込んだ瞬間、数人の男たちに囲まれ、血の滲んだ唇をしている紗雪を目にしたとき、

その場で奴らを全員地獄へ送ってやりたかった。

彼のさっちゃんは、どんな気持ちで彼の到着を待っていたのだろうか。

なぜもっと早く来られなかったのか。

もし、あと少しでも早ければ、

紗雪はあの一撃を受けずに済んだのではないか?

「私はもう平気よ?だから、そんなに自分を責めないで」

紗雪はそう言って、小さな手を伸ばし、京弥の頭をぽんぽんと撫でた。

京弥は驚いたように顔を上げ、紗雪と視線を交わす。

彼女は、こんなにも優しい。

紗雪自身はただ慰めようと思っただけだったが、こうして見つめ合うと、急に気恥ずかしくなってしまう。

咳払いをして手を引っ込めようとした瞬間、

京弥は彼女の手首を掴み、そのまま唇を重ねた。

今回のキスは、いつもとは違っていた。

彼の唇は優しく、じっくりと外側をなぞるだけで、すぐには深めようとしない。

紗雪は、ゆっくりとその甘い感触に溶かされていく。

思わず唇をわずかに開いた。

京弥はこの一瞬を逃さず、深く入り込んできた。

手首を解放し、代わりに彼女の腰をしっかりと抱き寄せる。

紗雪の鼓動は、不安から安心へと変わっていった。

二人の心が、ゆっくりと、しかし確実に近づいていく......

家に帰ると、紗雪は京弥に抱えられたまま車から降ろされた。

「ちょっと、歩けるってば......!」

小さな声で抗議するが、

「俺は、自分の妻を抱きしめるのが好きなんだ」

京弥は満足げに微笑む。

紗雪はふくれっ面になったが、特に何も言い返さなかった。

歩かなくて済むなら、それも悪くない。

京弥は紗雪をベッドにそっと降ろすと
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