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第10話

Author: レイシ大好き
紗雪は清那の言葉を最後まで聞かず、勢いよく通話を切った。

隣で立っていた京弥の瞳に、一瞬だけ微かな笑意がよぎる。

紗雪は親友の驚愕の叫びを思い出し、妙に気まずくなった。

特に、彼の鎖骨に視線が留まった。

男の色気。

耳の奥が少し熱を帯びる。

咳払いをして、話を逸らした。

「何か用?」

「夜遅いのにまだ起きているから、気になって......」

京弥は唇の端をわずかに持ち上げ、冷ややかな目元に、ほんのりとした温かさを滲ませる。

「清那と話していたのか?」

「うん、ただの雑談」

紗雪は適当に流した。

だが、京弥の視線は彼女の赤くなった耳元を捉え、ふと口を開く。

「清那は君のことを、お姉さんって呼ぶべきかな」

その言葉に、紗雪は思わずむせた。

この関係、ややこしすぎる。

京弥は唇をわずかに弧を描かせると、ゆっくりと身を屈めた。

指先が紗雪の顎をそっと掴み、低く響く声が降りてくる。

「別に呼ばなくても構わないさ。ただ」

「椎名奥様、そろそろ寝る時間ですよ?」

彼が近づく。

温かい吐息が肌を撫で、くすぐったい感覚が駆け巡った。

紗雪の睫毛がかすかに震える。

次の瞬間、京弥の低く喉を震わせるような声が耳をくすぐった。

「その前に、俺にキスをくれないか?」

紗雪は瞬きをした。

目の前の端正な顔立ちを見つめながら、嫌という言葉がどうしても出てこない。

気付けば、彼の首に手を回し、僅かに挑発するように、

喉仏にそっと唇を落とした。

「おやすみ」

咳払いをしつつ、平静を装いながら布団の中に潜り込む。

京弥は、暗い瞳の奥で何かを揺らしながら、彼女の髪を指で梳いた。

「おやすみ」

彼が部屋を出ていくのを見届け、紗雪はようやく息を吐いた。

否定はできない。確かに、京弥に対して悪い印象はない。

誰だって、完璧で寛大な隣のお兄さんを嫌いにはならないだろう。

スピード婚したことに後悔はなかった。

ただ、今のところ彼を本当の夫として見ることができない。

特に、夜の関係に関しては。

酒に酔って理性を失った一夜と、夫婦の営みは別物だ。

部屋の扉が閉じると同時に、スマホの通知が鳴り響いた。

清那からのメッセージが、爆撃のように飛んでくる。

「ちょっとちょっと!ねえ、京弥と一体何があったの!?」

「どうして京弥と一緒にいる
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Comments (1)
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YOKO
この物語選択する時表示絵に違和感がありその為躊躇したが、ページを回り進みてみたら沼にハマりつつ有り。
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