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第11話

Author: レイシ大好き
「ううん」

紗雪は淡々と言った。

「彼はそういう場が嫌いよ」

それは彼女の本心だった。

京弥は高嶺の花のように見え、清廉で冷ややかな雰囲気をまとっている。確かに、そういった場には馴染まないだろう。

緒莉の唇の端がさらに深く持ち上がる。

彼女はもちろん、紗雪が結婚したことを聞いていた。

ただ、これほどひっそりと入籍するなんて。

それならば、紗雪の夫という男は、きっと人前に出せるような相手ではないのだろう。

「それは残念ね」

緒莉は惜しむように言いながら、茶化すように笑った。

「うちの彼も、紗雪の結婚の話を聞いて会いたがってたのに」

「母さんは、結婚は二川家の決まり事だと言っていた」

紗雪は二川母を見つめ、平静に続けた。

「母さんにとって、私の夫が誰かなんてどうでもいいこと。だから、私も二川家のせいで彼に迷惑をかけるつもりはないわ」

二川母は眉をわずかにひそめ、冷淡に言った。

「緒莉は心配してるだけよ。嫌ならそれでいいわ。いずれ会うことになるでしょうから」

紗雪の表情は変わらなかった。

彼女は本気で、二川家の事情に京弥を巻き込みたくなかった。

母は昔から彼女を徹底的に教育し、姉の代わりに多くの責任を負わせた。

人生でたった二度の反抗、一度は加津也に、もう一度は京弥に向けられた。

二川家の責任は、彼女が背負う。

けれど、京弥はその必要はない。

そう考えながら会議室を出た瞬間、携帯が再び鳴った。

画面には「西山加津也」の名。

電話を取ると、彼は冷笑混じりの声で言った。

「紗雪、俺が贈ったものはどこだ?まさか、まだ手元に残してるんじゃないだろうな?本当に惨めな女だな」

あまりにも露骨な侮辱に、紗雪は逆に笑ってしまった。

思い浮かぶのは、あの安っぽい品々。

そして、それらを宝物のように大事にしていた自分。

当時の恋愛脳だった自分を思い出し、心底過去の自分を叩き起こしてやりたくなる。

彼女は冷たく笑い、「物なら返してもいいわよ」と答えた。

「ただ、その前に、いくつか清算すべきことがあるの。直接会って話しましょう」

加津也の目に、嘲りの色がよぎった。

結局のところ、彼に会いたいだけだろ。何が清算だ。

そう言いつつも、きっぱり縁を切るために、淡々と約束を決めた。

「いいだろう。午後二時、清水レストランで。そこで精
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Comments (3)
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美香(みつ)
加津也も横にいる女の人も似た者同士でお似合い~苦笑…紗雪さんしっかり印籠を渡し幸せになって欲しいです。
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長野美智代
紗雪さん、そうです、人生をささげた労働の対価を頂きましょう。 ドケチなクズ男をやっつけましょう。応援します。
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みゆ
先が気になり、ドキドキワクワクする素敵な作品です
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