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第122話

Author: レイシ大好き
紗雪は終始微笑を湛えながら、その場に立っていた。

今回ばかりは、ようやく肩の力を抜くことができる。

美月の試練を乗り越えた。だが、これからが真の挑戦だ。

社員たちの興奮がようやく落ち着くと、美月は柔らかな笑みを浮かべながら紗雪を見つめた。

「紗雪、ちょっと私のオフィスに来なさい」

紗雪は少し驚いたが、ただ「はい」とだけ返事をし、美月の後についていく。

「会長は絶対、二川さんに何かご褒美をあげるつもりね」

「昇進じゃないかな?」

「それ、あり得るな。二川さんの実力は、誰の目にも明らかだし」

「そうそう。このプロジェクトを取れたのも、二川さんが大活躍したもんな」

部署の皆は、それぞれ思い思いに話しながらも、誰も疑いや妬みを抱くことはなかった。

全員が心から紗雪の成功を祝福していた。

紗雪は美月とともにオフィスへと入り、心の中で、これは「賭けの清算」の時間だと悟る。

だが、あの一件以来、彼女の心には、どうしても拭えない棘が残っていた。

「会長、私に何かご用ですか?」

紗雪はドアを閉めると、表情を崩さずに美月を見つめる。

美月はゆっくりと振り返り、目の奥に満足の色を滲ませた。

「今回は、本当によくやったわ。椎名グループのプロジェクトを手に入れたことで、二川グループはさらに大きく成長できる」

「次のプロジェクト進行も、気を抜かないようにね」

「そのつもりです」

紗雪の冷静な返答に、美月の満足感はさらに深まる。

まさか本当にこのプロジェクトを勝ち取るとは。

彼女には、若き日の自分の姿が重なって見えた。

「このプロジェクトの成功を機に、商業パーティーを開こうと思っているの」

「うちがこの案件を手にしたことを、取引先にしっかり伝えるためよ」

紗雪が口を開こうとした瞬間、美月が続けて言葉を紡ぐ。

「紗雪が何を考えているのか、分かっているわ。二川グループに入りたいのでしょう?」

「賭けは賭けです。私はただ、母に約束を守ってほしいだけです」

その言葉に、美月は思わずクスッと笑う。

「本当に昔の私によく似てるわ」

そして、美月の表情が少し引き締まる。

「安心して、紗雪。このパーティーで、もう一つ発表することがあるの」

「『二川家の次女』としての正式な身分を、公表するつもりよ」

紗雪は少し驚いた。

まさか、母がこんなにもあっ
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