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第208話

Author: レイシ大好き
彼女は何度もうなずいた。

「安心してよ、兄さん。私は絶対に紗雪を裏切ったりしないから!」

清那は車を降りると、スキップしながら去っていった。

彼女がいなくなると、車内は一気に静まり返った。

二人きりの空間、それに加えて最近の微妙な空気もあって、どうにも息苦しくて気まずい。

京弥は無理に話題を振ろうとした。

「あー、その......後部座席、もう誰もいないし、こっちの助手席に座ったらどう?」

「いい。後ろの方がいい」

紗雪はきっぱりと断った。

一切の迷いも見せなかった。

あの日、京弥が伊澄と同じ部屋にいたのを見て以来、紗雪の中の感情は複雑に絡み合っていた。

彼の顔を見るだけで、自然と伊澄のことが頭に浮かぶ。

まるで、自分のほうが第三者であるかのような感覚に襲われるのだ。

その事実を思い出すたびに、紗雪は自分でも可笑しくなってくる。

京弥はハンドルを握りしめ、低くセクシーな声で言った。

「助手席から見える景色の方が、後ろよりずっと綺麗だよ」

その意図は分かっていたが、紗雪は淡々と返した。

「でも、後部座席よりもずっと危ない」

たった一言で、京弥の言いたいことを完全に封じ込めた。

紗雪は会話ができないわけじゃない。

ただ、彼と話す気がないだけだった。

そんな彼女のつれない態度に、京弥も最後は何も言わず、無言のまま二人は家に帰った。

家に着いたとき、ちょうど伊澄が二人の姿を見て、ドキッと胸が跳ねた。

まさか二人一緒に帰ってきたなんて......もしかして、もう仲直りでもした?

伊澄は探るように聞いた。

「お義姉さん、こんな時間に......京弥兄とどこへ?」

「私たちの行動を、いちいちあなたに報告しなきゃいけないわけ?」

紗雪は伊澄の目に宿る好奇心を見て、可笑しくなった。

そうか、京弥はこの初恋に、堂々と自分たちの生活を覗かせてるんだね?

伊澄は口を開きかけて、戸惑った表情で京弥に説明を求めた。

「京弥兄、私はそういうつもりじゃないの。ただ......こんな遅くまで帰ってこなかったから、心配で......」

「こんなにきつく当たるなんて......京弥兄、お義姉さんにちゃんと言ってよ、私、別に悪気があるわけじゃないんだから......」

伊澄の目に涙がにじみ、まるで酷い仕打ちを受けたような悲しそうな顔をしていた
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