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第209話

Author: レイシ大好き
本当に面白かった。

紗雪は瞳を軽く動かし、京弥に向かって言った。

「もういい?妹さんとは話し終わった?」

「終わったならさっさと部屋に戻って。今日一日働きっぱなしで、腰も背中もバキバキ。早く来て、マッサージしてよ」

そう言いながら腰に手を当てて、京弥にチラリと睨みを利かせ、そのままスタスタと部屋の方へ歩き出す。

その後ろ姿に、京弥の目が思わず吸い寄せられた。

特に、さっきのあのちょっと拗ねたような上目遣いは、まさに妖艶という言葉がぴったりで、骨の芯まで痺れるような感覚を覚えた。

「なに突っ立ってんの?来たくないの?」

紗雪はわざと意地悪く言う。

「嫌なら別にいいよ?私一人で部屋戻るから」

伊澄は手のひらをぎゅっと握りしめ、いつもの無邪気な瞳には抑えきれない怒りが渦巻いていた。

彼女は京弥のことをじっと睨みつけている。

信じられない。京弥兄は絶対に、絶対にあっちに行ったりしないはず!

なのに、次の瞬間、

その信念は容赦なく打ち砕かれた!

「......いや。今行くよ」

京弥はそう言うと、ふと何かに気づいたように顔をしかめ、黒く深いその目を伊澄に向けた。

「君も早く部屋に戻りな」

紗雪がさっき言っていた言葉が頭をよぎり、京弥の胸の内は今にも弾けそうだった。

伊澄が来てからというもの、こんな紗雪の姿は久しく見ていなかった。

今日はいったいどういう風の吹き回しなのか。

「京弥兄、本気なの......?」

伊澄は信じられないという顔で目を見開いた。

「伊吹兄が言った言葉、もう忘れたの?」

その言葉に、京弥の目には明確な冷たさが宿る。

「君の兄は、君のことを面倒見てくれとは言ったけど、妻を捨ててまで一緒にいてくれなんて頼んでない。少しはわきまえろ」

その冷え切った横顔を見て、伊澄はまるで今日初めて京弥という人間を知ったかのような感覚に襲われた。

まさか、彼がここまで冷酷だったなんて......

その様子を見て、紗雪も心の中で少し驚いた。

この男が、彼にとっての初恋の人にこんな態度を取るなんて、普通じゃないかも。

もしかして、わざと自分に見せてる芝居?

でも......伊澄のあのショックと失望に満ちた顔は、どう見ても演技には思えなかった。

「わかった......私、行くから」

そう呟いたとき、伊澄の心はナイフで抉ら
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