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第309話

Author: レイシ大好き
清那は思わず口に出そうとしていた言葉を、紗雪の姿を見た瞬間、すぐに飲み込んだ。

最初は誰か他の人が聞いてきたのかと思っていたが、まさか来たのが紗雪本人だとは思わなかった。

他の相手にはどれだけ強気に出ても構わない清那だったが、紗雪が来るとさすがに不意を突かれて少し動揺した。

彼女の気分をそんなくだらない噂で乱されたくなかったし、清那自身もそれを許せなかった。

紗雪は、黙り込んだままの清那を見て、何かがおかしいと感じた。

「清那?どうしたの?いきなり黙って......」

相手が何かを隠しているような気がしてならなかった。

だが清那は首を横に振るばかりで、さっきのことを伝えるつもりは全くなかった。

傷つけたくない。

今日はこんなに多くの人に見られている彼女の良い日なのだから。

「なんでもないよ、紗雪。気にしないで。おばさんと客の方たちに対応してあげて」

紗雪が何を求めて帰ってきたのか、清那にはわかっていた。

だからこそ、全力でそれを叶える手助けをしたい。

彼女の邪魔になるなんて絶対にしたくなかった。

紗雪は、清那の様子を見て、もうこれ以上追及しても何も言わないのだろうと察した。

ならば、それ以上は無理に聞くまいと判断した。

どうせ追及しても結果は同じだ。

「わかった」

紗雪は念を押した。

「でも。何かあったらちゃんと私に話して。何も言わないのはナシよ」

清那は微笑んだ。

「大丈夫、任せて」

紗雪が背を向けて立ち去ろうとしたとき。

人混みの中から、冷笑混じりの声が突然響いた。

「何を気取ってるのか知らないけど、所詮は義兄を誘惑するような女じゃないか」

「外面だけは清楚ぶってるけど、裏ではどうなのか分かったもんじゃないよね?」

清那の目に一瞬で涙が滲み、怒りと悲しみが入り混じったまなざしでその人物を睨んだ。

「何言ってるのよ、あんた......っ!」

それだけ叫ぶと、彼女はすぐに紗雪のほうを見た。

彼女はさっきの言葉をどれくらい聞いた?

この大事な場で、紗雪の気持ちが少しでも乱れたら、今後の信頼関係に影響してしまうかもしれない。

それは絶対に避けたかった。

紗雪は一瞬きょとんとし、何が起きたのかすぐには理解できなかった。

「それって......私のことを言ってるの?」

その女は、紗雪を見てさらにあざけりを浮
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