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第390話

Author: レイシ大好き
もうこんなに時間が経ったのに、山口にスマホは返されたんだろうか。

秘書は首を振り、少し落胆した様子で紗雪を見つめた。

「まだ返信はありません」

その一言に、紗雪の胸の中にもどかしさが広がった。

母の様子を見に行きたいだけなのに、どうしてこんなにも多くの障害が立ちはだかるのだろう。

紗雪は視線を落とし、瞳にいつもの明るさも自信も消え失せていた。

全身からは諦めのような空気さえ漂っている。

そんな彼女の姿を見て、京弥の胸中も穏やかではなかった。

彼の中の紗雪は、ずっと自信に満ちて明るい女性だった。

なのに今は、自分に自信が持てず、迷ってばかりで、まるで別人のようだ。

これが彼の知る紗雪じゃない。

京弥は心に浮かんだ思いを、そのまま口にした。

「さっちゃん、元気を出してよ。これはまだ始まりにすぎないんだ。最初から諦めるつもりか?少しの挫折で立ち止まってたら、この先も思いやられるよ」

彼は唇を引き結び、一気に言い切った。

「それに、君は二川の会長代理だろ?その程度のことで折れるような存在じゃないはずだ」

その瞬間、紗雪の心に何かが突き刺さったような気がした。

横にいた日向も、思わず京弥に一目置くような目を向ける。

彼のことを見て、こんなに口が立つとは思わなかった。

まさかこれほど説得力のある言葉を、迷いなく語るとは。

紗雪は京弥を見つめた。

その口ぶりに怒るどころか、彼の言葉には確かな説得力があった。

ほんの少しつまずいただけで、自分は諦めようとしていたのか?

「わかってる。安心して。立ち直るから」

彼女は再び前を向き、さっきまでの落ち込みようが嘘のように、生き生きとした表情を取り戻した。

その姿を見て、日向は心の中で感心せざるを得なかった。

やっぱり、紗雪を一番よく理解してるのは京弥なんだ。

たった数言で、彼女は完全に立て直してしまった。

日向は唇を引き結ぶ。少し胸が痛んだけれど、今は感情に振り回されている場合じゃない。

何より大切なのは、紗雪が元気になること。

そうすれば、ようやく母親に会いに行くことができる。

余計な思いに足を取られている暇などないのだ。

紗雪は秘書に向き直り、にっこりと笑った。

「今、私たちの前で山口に電話してみて」

「社員同士で、会社用とは別の連絡先くらい持ってるんでしょ?」

仕事
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