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第547話

Author: レイシ大好き
少なくとも今のところ、手放すつもりは一切なかった。

使っていて、実に都合が良かったからだ。

辰琉が出ていったあと、真白はようやく指を動かした。

体の向きを変えて、力なく天井を見つめる。

こんな日々が、一体いつ終わるのか――

まったく想像がつかなかった。

繰り返される苦痛と屈辱の中で、彼女の心はすっかり磨り減っていた。

今では怒る気力もなければ、生きている実感すらほとんど感じない。

これまで必死に耐えてきたけれど、果たしてこの先、本当に生きてここから出られる日が来るのかどうか。

彼女にはもうわからない。

辰琉に弄ばれるたび、死にたいと思うこともあった。

真白は深く息を吸い、虚ろな目でただ天井を見つめる。

彼女にとって、世界はもう真っ暗だった。

どれくらい時間が経っただろうか。

部屋の扉を「コンコン」と叩く音がした。

けれど彼女はまったく動かなかった。

力が抜けたように、ただベッドに横たわっていた。

「お嬢様、ご飯です。ドアの前に置いておきますね」

ドアの外から聞こえたのは、あの使用人の声だった。

真白は思わず驚いた。

もうそんな時間だったのか?

ほんの少し前に、あんなことがあったばかりなのに。

身体も感覚も、まだまともに戻っていない。

今この部屋にいる彼女は、自分がまるでペットのようだと感じていた。

空腹になれば、ようやく餌を与えられる。

そうでなければ、ただただ一人で放置される。

スマホもなければ、外部と連絡を取る手段すらない。

この閉ざされた空間の中で、誰一人として彼女の声に応えてくれる人はいなかった。

この現実を思えば思うほど、真白の心は冷え切っていった。

どうしてこんなことになったのか。

もし両親がこの状況を知ったら、どんな顔をするだろう?

......いや、自分の両親が誰なのかすら、彼女は知らなかった。

友人や家族は自分を探しているのだろうか。

それとも、もう自分が死んだと思っているのか。

そんな疑問が、ふと頭をよぎる。

真白は再び深く息を吸い込んだ。

ドアの向こうの声に、彼女は応えなかった。

どうせ顔を合わせることもない。

それに、あの使用人が彼女を逃がしてくれる可能性など、最初からゼロに等しかった。

これまで何度も脱出を試みたが、結果はすべて失敗。

そして今、彼女の体はあまり
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