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第627話

Author: レイシ大好き
彼女は自分の兄がどんな性格なのか、よくわかっている。

これまでの出来事を経て、今はなおさら慌ててしまっていた。

「こっちはプライベートなんだから、撮らないで!」

清那の顔立ちは元々かわいらしく、声にも全く威圧感がない。

その言葉も、ふわふわと柔らかく、ウサギみたいで、誰も恐れる気配がなかった。

二人の大の男がいるのに、群衆を散らすために出てきたのが女の子。

その光景に、周りの人々はますますこの一団を侮った。

全然怖くないじゃないか。大したことないな。

もし本当に力のある人たちなら、撮影している自分たちなんてとっくに追い出してるはず。

でも今も何も起こらない。

そう思うと、ますます図々しくなり、笑い声やひそひそ声も増えていく。

弱い者には強気で、強い者には媚びへつらう――

彼らはそんな人種だ。

しかも、こんな場面を何度も目撃したせいで、その傾向はますます顕著になっていた。

京弥は、無遠慮さを増す人々を見やり、心の底から可笑しさすら覚えた。

やはり、病院でこの数日、顔を立てすぎたんだな。

頭の上で、好き勝手にやれるとでも思ったか。

彼はポケットからスマホを取り出し、院長に直接電話をかけた。

流暢な英語で数言告げると、すぐに通話を切った。

「ん?今、院長に電話したって言ったよな?『五分以内に来い』って?」

人混みの中で英語が分かる一人が、皮肉めいた笑みを浮かべて声を上げる。

信じていないのが丸わかりの口ぶりだった。

「ははっ、そんなのブラフに決まってるだろ。一声かけただけで、ここの院長が来るわけねぇって」

周りの人間も同じことを思ったのか、笑い声は一層大きくなった。

それでも京弥の表情は終始、静まり返ったまま。

清那は目をぎゅっと閉じた。

もう、見ていられない。

本当は、彼女が先に出て説得すれば済む話だった。

そうすれば兄が出ていく必要もなく、こんなにみっともない場面にもならずに済んだのに。

けれど、この人たちは全く聞く耳を持たなかった。

もう知らない。

兄が出るなら......この人たち、一人残らず逃げられない。

まったく愚かな連中だ。

清那はそんな考えで、むしろ誇らしげにさえ見えた。

日向はそんな清那の表情を見て、ぽかんとした。

彼はまだ理解できなかった。

さっきの京弥の電話が本物なのか、ただのハ
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