LOGIN「今日からアカデミーね。はい、これお弁当」
ダンテとレオを見送ったら、私も出勤しなければならない。アカデミーには編入という形になっているので入学式はない。
初日は私が着いて行きたかったが、私も勤務初日なので難しかった。「道は大丈夫そう?」
私が尋ねるとダンテが元気よく言ってきた。「昨日、彷徨いたから大丈夫」
昨日、宰相宅として割り当てられた豪邸に散々はしゃいでしまった。多分、やるべきことはたくさんあったはずだが、命の危険なく過ごせる日々を思うと幸せで踊り出したくなったのだ。使用人や執事は全てお断りした。
私は元平民だから家事全般することができるし、他人を家に入れることのリスクを嫌という程知っていたからだ。これから愛する子供たちと豪邸での生活がはじまると思うと心がはずんだ。アカデミーの制服もしっかりと用意されていたが、やはりダンテは制服を着ることを嫌がった。
彼は硬い生地が苦手なのだ。だから、シャツ姿のままになってしまっている。怒られたりするだろうか、でも着たくないのだから仕方がない。「母上、お忙しいのにお弁当までありがとうございます。」
弟のレオが私の心配を感じ取ったのか明るい声で声をかけてきた。そうだ、しっかり者のレオが付いているからきっと大丈夫だ。「いってらっしゃい」
彼らを見送って、皇宮へと急いだ。とりあえず、行政部と向かった。皇帝陛下にご挨拶が先かと思ったが、見初められてしまう可能性を考えると怖かった。エレナ・アーデンが与える恐怖心というのは、エスパルでサバイバルしてきた私にも効果があるのだから驚きだ。
原因はダンテの名前を彼女が出して脅してきたからだろう。私は自分の身は守れても、離れている時の彼の身を守る術がない。
彼女はとてつもなく恐ろしく賢い女だ。そんな女に私は自分しかできないことを見せなければならないのだ。行政部に入ると、みんなが一斉に立ち上がった。
1人1人自己紹介をしてくる。「エドワード、お待たせしました。」 私は彼の部屋に顔を出した。 「リーザ、やはりいくら何でもまずいのではないですか?結婚式前日に同じ部屋というのは。」 彼は慌てたとように言う。 そう、当然私と彼には別々に部屋が用意されている。「帝国貴族ですものね、結婚までは貞操を守らねば。ダンテとレオはコウノトリ様が授けてくださったに違いないわ。」 私は子供2人も産んでいるのに、何を今更という感じておどけて言ってみた。 「リーザ、とにかく少し話したら部屋に戻ってくださいね。」 彼は私を宥めるように言ってきた、ちなみに私はそろそろ彼が本当の自分を見せてくれるように部屋に来ている。 初婚である彼が、結婚に対して甘く考えているからシメに来たのだ。「ねえ、ダーリン、とにかくドレスのファスナーをおろしてくれますか?」 私は彼に後ろを向いてアピールする。 もちろん平民出身で柔軟な私は自分で簡単にできる。「待ってください、結婚前に同衾したとなったらリーザの評判に傷がつきます。」 彼は私の肩を持って言い聞かせてきた。 「例えば、私がここで一晩を過ごしても、私はここにいる人間全てに自分の部屋で過ごしたと思い込ませることができます。それでも、一緒にいたくないですか?」 私は優しく問いかけた。 やはり、彼は私のことも甘くみていたらしい。 本当のことに嘘を混ぜて騙す人間と私は違う。私は100パーセントの嘘で人を信じ込ませることができる。 そして、私はエドワードには100パーセントの本当で向き合ってきた。 にもかかわらず、彼が未だ私を侮り嘘を混ぜた姿でこれからも上手くやれると思っているからお灸をすえにきたのだ。「言い換えるわ。その年下のウブな男の子の演技は飽きたと言っているの。私たち結婚するのよ。エドワード。もしかして、舞台の脚本のように結婚がエンディングと勘違いしてる?」 私が突然、強い口調で敬語をやめたのでエドワードが固まっている。「ダンテが私が追い詰められるのが楽しくて困らせたって罪悪感を持ってたみたいなの、優しい子だと思わ
「母上についての脳萎縮についてはお姉様がおっしゃっていました。エスパルの人間は脳萎縮の引き換えに超能力的力を得ていると。最初は母上が平民時代に小柄ながら大男を何人も倒していたことから、追い詰められた状態で生き残るための知恵や力を他の人間よりも引き出せると思い彼女の能力に期待していたらしいです。しかし、帝国で彼女の精神が安定し、知力が回復が著しく早く思ったよりも優秀で驚いたと言ってました。僕や兄上の能力は母上の遺伝かもしれないとも。」エレナ様は俺と同じ考えにたどり着いていたと言うことだ。 「野生動物枠で採用して追い詰めて力を発揮させようとしてたところがエレナ様らしいけど、遺伝説はいただけないな。そんなツマラナイ話よりも、謎神が彼女の価値を認めて授けた2人の天才児の方が面白い。」 そして、彼女を幸せにして脳萎縮を回復させるよりも追い詰めて超能力を引き出したいと考えるところも俺とそっくり。多分、レオや陛下は彼女の事情を知ったら回復させようと思う側の人間。 どう考えても、エレナ様は俺の方がお似合いだと思う。 俺は結局、彼女を諦められていなかった。 自分が陛下より先に出会っていればとそんなことばかり考えてしまう。「それにしても、エレナ様はどうしたんだろう。俺はてっきりエレナ様が俺たちを労いに戻ってくると思ってたのに。」 俺は先程、わざわざ陛下が俺たちのところまで来たことが気になっていた。 エレナ様は陛下の心を癒しに行ったのだと思っていたが、それっきり戻って来なかったのだ。「お姉様は、母上に老け顔扱いされて以来、自分も永遠の18歳を目指すことにしたそうです。何があろうと6時間の睡眠と睡眠前の2時間の美容は欠かしません。ストレスを感じた時は9時間の睡眠と3時間の美容です。なので、昨日のあの時間には皇宮のご自分のお部屋で美容ケアしていたのかと思います。」 レオが淡々と説明するが、俺にはツッコミどころしかない。母上の手記に可愛い系はいつまでも可愛い、だから私は永遠の18歳という記述があった。 他人の影響を受けず自分の美に絶大な自信を持つエレナ様にまで影響を及ぼすとは、流石母上だ。「待って、傷心の
「お姉様は僕のことを知りまず、自分の弟にしようと思ったそうです。その後、兄上が学校にろくに行っていない問題児だと知り、自分と同じような苦しみを持った天才なのではと疑ったと言ってました。」レオの話に俺はエレナ様が学校に行くことが苦痛だったと初めて知った。俺は学校など美人教師をいじる場としか思ってなかったから苦痛だと思ったことはなかった。だから、彼女は1日で俺をアカデミーから卒業させたと言うことか。「僕が8年もの間、退屈な授業に耐えられるのは、兄上が天才で僕の孤独を埋めているのではないかと思ったそうです。だから、兄上と僕、目当てで母上を宰相にしたのは違いありません。面接で母上が面白すぎて絶対に側におきたいとおっしゃっていました。俺はレオの姉として相応しくないと彼女を責めたことがあったが、俺が無視していた彼の孤独にまで彼女は気づいていたと言うことだ。俺もレオも彼女よりずっと早くアカデミーを卒業させられている。「エレナ様の心の内聞くのやめようかな。彼女が俺に冷たくして好かれないようにしていたのを無駄にしそうだ。」俺は彼女の心のうちを知れば知るほど、彼女の隠れた優しさに触れてますます諦められなくなりそうで辛くなった。「でも、異世界に関する情報は共有化した方が解決には近いと思うぞ。母上が先ほど、リース子爵を一人部屋に返しただろ。あれは、俺たちがライオット・レオハードに関する仕事をやっていると気がついたからだ。彼の領民はライオット元皇子に斬殺されている。あれが本当に相手を思う優しさだよ。今、ライオット元皇子が憑依されている可能性を伏せることは優しさじゃない、辛くても目を向けてみんなで解決の糸口を探さないと。」陛下もエレナ様も入れ替わりがエレナ様とクリス・エスパルだけのことだと思っている。ライオット元皇子もそうだということを伝えて少しでも多くの情報を共有化しみんなで知恵を出し合うべきだと思った。「僕はお姉様にもライオット元皇子の入れ替わりの話は黙っているつもりです。きっと彼女に不安しか与えません。ライオット皇子との婚約の話を受けたことはお姉様の人生にとって取り返しのつかない失敗だったと言っていました。お
「兄上、実はお姉様は人格を乗っ取られる悩みを抱えています。乗っ取られるタイミングは不明ですが、その人格が愛している相手がライオット・レオハードなのです。」レオと俺は別々に部屋を用意されていたが、集合して久しぶりにお喋りをすることにした。レオは意を結するように伝えてきたことは俺の予想通りのことだった。「俺はその人格の乗っ取りには双方向性があるんではないかと睨んでいる。『ここにあったはずの幸せ』には明らかに別の法則に基づく世界が描かれていたが、俺の知る限り俺が会ったライオット・レオハードは別の世界を想像で描けるほどの創造力も地力も持った人間ではない。あれは、彼自身の世界を描いたものなのだと思っている。」俺の言葉にレオが驚いたような顔をした。「お姉様の悩みに気がついてらしたのですか?ライオット・レオハードの人格乗っ取りに関しては初耳です。その話はお姉さまには秘密にしていた方が良いかもしれません。別人格のお姉様はライオット・レオハードを愛してしまい、それにより陛下とお姉様は大変苦しまれました。陛下の兄上であった人格は今、別の世界にいると言うのが兄上の見解ですよね。それは陛下には絶対に秘密にしてください。陛下は彼に離れていても幸せであって欲しいと思い、援助を続けているのです。お姉様は別人格が陛下以外の人間を愛したという話を聞き、大変苦しんでおります。」レオの話に俺自身がエレナ様を助けたいと思い声をかけて拒否られたことを思い出した。俺のことは拒否したくせにレオには助けを求め悩みを話していたと言うことだ。「レオの知っていることを話してくれよ。そうしないと納得がいかない。」俺は久しぶりにエレナ様に対してイライラしていた。レオに悩みを打ち明けながら、俺には何も話してくれなかった。「お姉様は3年9ヶ月ほど前の2ヶ月間、体を異世界の松井えれなという人物に乗っ取られました。彼女は陛下にお姉様のフリをしてお姉様が戻ってきた時に困らないようにしてくれると約束しました。しかし、その後はライオット・レオハードと恋に落ち、彼が監獄に入れられた際には脱獄の手引きをしたのです。」レオが嫌悪感たっぷりに松井えれなという人物について語ってき
明日は母上の結婚式だ。結婚式は初めてだという母上にとって最高の思い出になると良い。今日、母上とリース子爵は皇宮で一泊して明日皇宮のチャペルで結婚式を挙げる。レオのデザインしたウェディングドレスを着て彼が演奏をするらしい。「ダンテ様、郵便です。」皇宮でエレナ様の執務室に向かう途中に渡された郵便の差出人に俺は一瞬顔を顰めた。「ライオット・レオハード」陛下の兄の名前で俺は何度か彼の引っ越しを手伝ったことで面識が会った。なんだか嫌な予感がして、廊下で封を開くと手紙と本が一冊入っていた。「今までお世話になりました。本を書いたのでお送りします。ライオット・レオハード」相変わらず、皇族だったとは思えないフランクな物言いに彼が皆の知っているライオット・レオハードである気がしない。本を開いてめくり始めて俺は一瞬で背筋が凍った。「なんだよ、これ。」『ここに会ったはずの幸せ』彼の書いた小説のタイトルだ。「主人公は、憧れの作家がつくった学校に行くため首都に出る。卒業後の首都の就職先で心を壊し仕事を辞め、首都に住み続けるため小さな仕事を掛け持つ。彼女に2股をかけられていた事から人間不信に陥いり些細な仕事も辞め引きこもる。地方の家族に職を失ったことを言い出せず、首都になど出ずに地方での『ここにあったはずの幸せ』を大切にすれば良かったと後悔する。」この作品は皇帝陛下存在を完全否定している。帝国の学校は全て国営で、作家が学校を作るなどありえない。そして、地方出身者が学校に通うことを理由に首都に出ることはできない。自分の地元の学校で良い成績を収めて首都の仕事を紹介してもらい初めて首都に出てこれる。それ以外では4年に1度行われる帝国の要職試験を受けて首都に出るしかない。帝国では国営の学校にすることで成績を一括管理し、能力に応じた適職を紹介している。帝国において心を壊して仕事を辞めたら、すぐに仕事を紹介される。首都で仕事を失うレベルの能力の主人公はこの時点で地方の仕事を紹介される。なのに、この物
その夜、ダンテが私に相談をしてきた。「俺、芋の呪いにかかってきて、エレナ様とクレア以外は女に見えないんだ。クレアとは性格が合わなくて、でも芋と結婚す気になれなくて、母上はどう思う?」彼が当たり前のように言った「芋の呪い」というパワーワードが気になった。「芋の呪いって何。まずはそこからだ。」私は彼に説明を求めた。「エレナ様以外、女じゃなくて芋にみえるんだよ。」めちゃくちゃシンプルに彼が説明してくれた。それは、エレナ・アーデンが好き過ぎて彼女以外女に見られないということだろう。流石にモテてきた私も、「お前以外、芋にしか見えない」とまでは言われたことがない。「ダンテはエレナ・アーデンを本気で好きで諦められていないよね。クレア嬢のことはもう嫌いになりはじめている。もし、エレナ・アーデンを諦めるためならやめた方が良いかと。」私は正直に自分の意見を言った。エレナ・アーデンは沼らせる美女でありながら、いじらしい可愛い女で、それに気づいてハマってしまうと抜け出すことは困難だ。彼女が常に陛下を見ているのは、陛下が何を欲しているか些細なサインも察知しようとしているからだ。自分をアピールしている訳では全くなく、陛下を優雅に見せるためにダンスの踊り方も工夫している。ダンテは明らかに彼女のいじらしい可愛らしさに気づいているだろうハマり方をしている。もう彼女を思い続けて3年で、最初は彼女から恋心が返ってこないことに苛立っていた。でも最近はハマり過ぎて、ただ一緒にいたいという深みに達していた。「会って4分30秒くらいはクレアのこと好きでいられたんだ。エレナ様は俺と彼女にくっついて欲しいと思っていて、俺もクレアを好きになるよう努力してみようと思ったんだけど。」ダンテはすごく戸惑っているようだった。5分も好きでいられないのに彼はクレアと結婚すると言っている。「アーデン侯爵令嬢もどうして、急に彼女とダンテを引き合わせたのか。もしかしてダンテに惹かれていて、それが怖かったとかじゃないかな。彼女って極端なくらい陛下だけを思っていなければならない