第1049話

今まであんなに彼女を避けていたくせに、今は思い通りに距離を置けたというのに、それでも不満そうだなんてまったく、矛盾した人だ。

「華恋姉さん！」

栄子の声が、華恋を思考の渦から引き戻した。

「前を見て！」

華恋が顔を上げると、会社の正門前に人だかりができていた。

こんな騒ぎになったのは、日奈が彼女を殺人犯とでっち上げた時以来だ。

今日は一体、何が起きたのか。

「華恋姉さん、私が先に降りて彼らを引きつける。あなたは上に行って」

栄子の提案に華恋はうなずいた。

二人とも、群衆の狙いは華恋だとばかり思っていた。

まさか、ターゲットが栄子だとは夢にも思わなかった。

だが、栄子が車から降りた瞬間、待ち構えていた記者たちは、一斉に彼女に殺到した。

その勢いに押され、栄子は潰されそうになった。

「北村さん、ネットであなたが両親を養っていないというのは本当ですか？」

「北村さん、両親を殴ったというのも事実ですか？」

「弟を殺そうとしたのは、弟の誕生が自分の幸せを奪ったと感じたからですか？」

次々と飛んでくる質問に、栄子は頭が真っ白になった。

怒りで息が詰まったのか、あるいは人混みのせいで、胸の中の空気が奪われたのか、彼女は苦しげに息をした。

幸い、すぐに警備員が駆けつけた。

護衛されながらようやく会社の中に入れたものの、中にいた同僚たちの視線も、外と変わらない冷たさだった。

滑りそうになったその瞬間、しっかりとした手が彼女の腕を支えた。

顔を上げると、そこには華恋の安心感に満ちた表情があった。

「華恋姉さん……」栄子の目に涙が滲んだ。

「先に上に行こう」

華恋は彼女の手を引いてエレベーターに向かった。

ドアが閉まると、ようやく低い声で言った。

「中に入ってから知ったけど、あなたのお母さんがネットで、娘が親を養わないって告発してる。

これは誰かが裏で仕掛けてるわ。焦らないで、どうにか反撃できるか考えましょう」

栄子は懸命に涙をこらえ、ようやく落ち着きを取り戻した。

二人が華恋のオフィスに入ると、すでに広報部の部長が待っていた。

「社長、最初に記事を出したのは賀茂家傘下のサイトです。おそら賀茂グループが、私たちを狙って仕掛けたものかと」

「つまり、栄子のお母さんの背後には賀茂家の人間がいる可能性が高いということね？」

「はい