LOGIN気絶している蛇和尚をロープで捕縛してから、ふう、とシュリさんはため息をついた。
「まさか、迷惑系Dライバーではなくて、世直し野郎が相手になるなんてな」
「結局のところ、世直しDライバーも、迷惑系と大して変わりない、ということでしょうね」
チハヤさんは、そう言ってから、ツカツカとこちらへ歩み寄ってきた。何か話でもあるのだろうか、と思っていると、いきなり、ナーシャの両手をガシッと掴み、目をキラキラと輝かせ始める。
「ナーシャさん、あの戦いぶりは素晴らしかったです。ぜひ、うちのダンジョン探索局に来てくれませんか」
「え? あ、あの? 急に、なに?」
戸惑うナーシャに構わず、チハヤさんは話を続ける。
「ダンジョン探索局は、人手が足りていないのです。かと言って、誰でも採用できるわけではない。あなたのような実力ある人を常に求めているのです。だから、どうでしょう。一緒に戦ってくれませんか」
こんな風にもてはやされるのは、慣れていないのだろう。ナーシャはすっかり動揺しており、まともに返事が出来ずにいる。
助け船でも出したほうがいいかな、と思って、俺が横から割り込もうとした、その時だった。
《:あ、逃げた!》
ナーシャの視聴者コメントが聞こえてきて、俺達はハッとなった。
いつの間にか、蛇和尚は目を覚ましており、両手を後ろ手に縛られている状態でありながら、器用に岩場を飛び移って、洞穴の奥へと逃げていく。気が付いた時には、もうだいぶ距離を開けられてしまっていた。
「いけません! 追いかけないと!」
「えー、別にいいじゃん。アタシらに逮捕権はないんだし、見逃してやったら?」
「そういう問題じゃなくて! あんな風に拘束されている状態で、ダンジョンの奥へ行ったら、命
四ツ谷駅周辺は、自衛隊が新宿区との境に防御壁を張っていて、物々しい雰囲気になっている。誰一人、新宿ダンジョンの中に入れまい、あるいは新宿ダンジョンから何者も出すまい、という意思を感じる。 そんな中に、稲妻爺さんはハーキュレス部隊を率いて、ズカズカと入っていく。まったく物怖じしていない。「おい、止まれ! なんだ、あんたらは!」「わしらはSDSTじゃ!」「身分を証明できるか!」「これをよく見よ!」 そう言って、稲妻爺さんは首から提げているネームタグを見せてきた。そこにはSDSTの文字が刻まれている。他のハーキュレスの面々も同様に、タグを見せた。 俺も慌てて、自分のネームタグを見せる。 タグについては話が通っているのだろう。俺達を呼び止めた自衛隊員は、半信半疑な様子でありながらも、脇へ届いて、俺達のことを通してくれた。「門を開けろ!」 簡易ではありながらも、新宿区との境界線には壁が設置されており、それが多少の安心感をもたらしてくれている。 しかし、門が開けられた途端、禍々しい瘴気のようなものが流れ出てきた。「なん……だよ、これ」 新宿ダンジョンは、異様なまでに変貌を遂げている。 まるでダリの絵画のように、シュールなまでにグネグネと歪んだ建物群。ダルマのような形になっているビルもあれば、ドロドロに溶けたようになっているビルもある。 俺達が新宿ダンジョンに足を踏み入れると、自衛隊は即座に門を閉めた。 これで、完全に死地に入ったことになる。 あらためて、俺はハーキュレス部隊のほうを見る。
《:マジで行く気かよ》《:え、ていうか、これガチ? ガチで?》《:配信してる場合じゃないだろ》《:新宿って、いま、自衛隊が封鎖してて入れないんじゃなかったっけ》《:お、カンナが何か言ってる》《:まるで特攻隊だな》《:やべえ、泣けてきた……死にに行くようなもんじゃん……俺達のために、戦う気かよ……》《:おーい、東京にいるやついる? 俺埼玉だけど、逃げたほうがいいかな》《:関東圏のやつは避難したほうがいいだろ》《キリク:カンナ、もうやめろ! 相手はダンジョンを生み出すような存在だぞ! お前が勝てるような敵じゃないって!》《:お、出た、キリク》《:ほんとガチファンだよな、この人》《:88888》《:案外、最期の言葉は短かったな》《:これから戦場へ行くのに、長々と喋ってられないだろ》《キリク:せめて配信をやめろ! 敵に動きが筒抜けになってるぞ!》《:キリクってさ、実は女なんじゃね》《:あー、わかるわ。カンナのことが好きだったりしてな》《キリク:呑気なこと言ってる場合じゃねーだろ!》《:動揺してる? 図星か?》《:俺、鹿児島だから、高みの見物》《:おお、動き出した》
「わしが六角稲妻じゃ!」 その爺さんは、自己紹介のタイミングになった途端、建物全体を吹き飛ばすのではないかと思うほどの大音声で、自分の名前を名乗った。 ここは、神奈川にある、御刀重工の本社ビルの会議室。そこで、俺達は、私設戦闘部隊ハーキュレスの隊長と会うことになった。 そしたら、ものすごく、濃い爺さんだった。 身長は190センチ近くあるだろうか。半袖の迷彩服からは、ムキムキのマッスルな腕が飛び出しており、全身これ筋肉の塊。それでいて、容姿は画家のダリそっくりで、ピンと跳ねた髭が特徴的という、なんとも、一度見たら忘れられないインパクトを残す爺さんだ。「ハーキュレスの隊長をしておる! これからよろしく頼むぞ!」「あ、え、あの、はい」 すっかりチハヤさんは気圧されている。「それで、えっと、お話ししたいことがありまして――」「アナスタシア嬢から聞いておる! 新宿ダンジョン攻略のための作戦を練ろうというのじゃな!」「は、はい、では、さっそく……」 チハヤさんはテーブルの上に、新宿区の地図を広げた。 ちなみに、この場に集まっているのは、チハヤさんや稲妻爺さん以外に、ナーシャ、シュリさん、レミさん、俺、といった感じで、これまでに出会ったメンバーは勢揃いといった状況だ。 その中で、主にチハヤさんと稲妻爺さんで話を進めていく。「結論から言おう! ツインタワーとわしは呼んでおるが、この二つの塔を背後から奇襲する!」「え。で、ですが、敵だってそれを想定しているんじゃないですか?」「陽動だ!」「ど、どういうことですか?」「部隊を二つに分ける! 四ツ谷
「なるほど、それで、私に声をかけてきた、というわけなんですね」 永田町にあるダンジョン探索庁の一角、薄汚れた会議室で、チハヤさんは俺達を迎え入れてくれた。 ダンジョン探索庁は新しい省庁である。 にもかかわらず、その建物は異様なまでに古い。使われなくなった場所を、ダンジョン探索庁に押しつけた、としか考えられない。この建物の古さを見るだけでも、日本政府がいかにダンジョン対策についてやる気が無いか、よくわかる。 もっとも、この日本が、国難に対して真剣に取り組まないのは、今に始まったことではないけれど。「結論から聞かせてちょうだい。私達、私設部隊と、ダンジョン探索局による、共同攻略は、ありか無しか」「まず前提からおかしいですよ、それ。まるで、うちの局が新宿ダンジョン攻略の中心になるみたいな言い方をしているじゃないですか」「違うの?」「ニュースで見ませんでしたか。特設部隊の設置。SDST。新宿ダンジョン・スペシャルチーム。その軸となるのは、自衛隊かもしれません」「ありえないわ」「なぜ」「自衛隊の出動には縛りがあるでしょ。出動後も、色々と制約が課せられてくる。自由にダンジョン攻略というわけにはいかないわよ」「だから、私達ダンジョン探索局が、軸になってくると?」「そう読んで、ここへ来たんだけど、見当違いだったかしら」「さあ。まだ、何も動きが無いですから」 ちょうど、その時、レミさんが会議室の中に飛び込んできた。「課長! 大変だよ! ボクら第一課のほうで、SDSTの指揮を執れ、だってさ! たった今、そんな連絡が入ったみたいだよ!」 ナーシャの読み通りに事態が動き始めたことで、チハヤさんは目を丸くしている。まさか、本当に自分達がSDSTを指揮することになるとは思っていなかったのだろう。
「あいつらをぶっ倒すわよ」 待ち合わせ場所のファミレスに着くなり、ナーシャはそんな物騒なことを言ってきた。「は⁉」「このまま放っておいていいわけないでしょ。こっちは、色々とライバー仲間が――まあ、別に仲良くしていたわけじゃないけど、同じダンジョン配信をやっている人間が、大勢殺されたんだし、泣き寝入りなんてしてられないわよ」「いや……いやいやいや……ちょっと待って……」「待たない。もう準備は進めているわ。御刀重工が誇る私設戦闘部隊『ハーキュレス』を中心として、ゲンノウ討伐隊を編成する。すでに御刀重工より、全国各地のDライバーに招集をかけている。青木ヶ原樹海ダンジョンの時に負けないくらいのチームを編成して、倒しに行くわ」「そうじゃなくて、お前の親父さんとか、お袋さんとか、止めないのかよ。娘が死地に向かおうとしているのに、心配じゃないのか?」「止めるんだったら、私がDライバーになった時に、とうの昔に止めているわ。良くも悪くも、うちの両親は、私のことを娘と思っていないの」「それは……どういう……?」「実験体よ。パワードスーツの性能を調べるための」 良くも悪くも、という言い方をしたが、ナーシャの表情は沈んでいる。明らかに、両親が自分のことを道具としか扱っていないことに、不満を抱いている様子だ。「酷すぎるだろ。自分の娘に対して、そんな扱い」「私のことはどうでもいいの。いま話をしたいのは、あなたもゲンノウ討伐隊に加わるのか、っていうこと」「もちろん、行くに決まってるだろ」「ふうん? 意外」「なんでだよ」「もっと葛藤するかと思っていた。相手が自分のお父さんなんだし」「俺やノコを捨てて蒸発した親父には、情なんてねーよ。それよりも、敵が強すぎて勝てるかわからない、っ
翌日。 俺はノコと一緒に、病院へ行った。 診察の予定はなかったが、ノコの発作が酷かったので、念のためにお医者さんに診てもらおうと思ってのことだった。 心なしか、病院は混雑している。待合室には多くの患者が詰め寄せており、座る場所を見つけるのもひと苦労、といった状況だ。 これはもう、一日がかりになることを覚悟したほうがいいな、と思った。「お兄ちゃん、ごめんね。学校休んでまで……」「いいんだよ。ノコのためだ」 一応、俺達は父方の叔母に養われている、という形になっている。だけど、叔母は酷い人で、途中から俺達の面倒を放棄し始めた。いわく、「兄貴の子にかけるお金は無い」とのことだった。 形式上は保護者がいることになるので、行政に救いの手を求めようにも、俺達にはその資格が無いことになる。孤児として放り出されるよりも、ずっと過酷な状況だ。 それもこれも、全ては、親父が蒸発したせいである。 あいつが俺達や、母さんを見捨てて、行方をくらましたりしなければ、こんな苦しい思いをしなくて済んだんだ。 なのに、いまさら俺の前に現れて、挙げ句の果てには命まで奪おうとしてきた。(どこまで行っても、クソ親父だな) そんなことを考えていたから、表情が険しくなっていたのだろう。「どうしたの、お兄ちゃん? 怖い顔してる……」 ノコに尋ねられて、俺は慌てて作り笑いを浮かべた。「大丈夫だよ。ちょっと、昨日のダンジョンのことを思い出していたんだ」「危ないこと、あまりしな