LOGIN突然、オンモラキの一小隊が、一斉に爆発に巻きこまれて、あっという間に全滅した。
なんだ⁉ と思う間もなく、次の攻撃が開始される。
轟音とともにミサイルが飛んでいき、また別のオンモラキ小隊を爆散させた。
「何よ、あいつら」
不満げに、ナーシャは呟いた。
俺達がもと来たほうを振り返ってみると、十人ほどの重装備のパーティが吊り橋の上に立っている。彼らはみんなお洒落なスーツを着こなしており、どう見てもダンジョン探索者の風体ではないが、持っている重火器はロケットランチャーからマシンガンと、かなりえげつない装備だ。
「まさか、あれは」
視聴者登録数100万超えの化け物Dライバー・TAKU率いる「タックン軍団」だ。ネーミングセンスは壊滅的であるけど、その爽やかな風貌や語り口と、華やかな戦歴から、いまや多くのDライバー達の憧れの的となっている。
「やーやー、君達! 楽しそうに暴れているね! 僕も混ぜてくれよ!」
まるでホストのような見た目。明らかに染めたとわかる不自然に輝く金色の髪を風になびかせ、白い歯を見せながら、TAKUは馴れ馴れしげに俺達に近寄ってきた。
「げ……最悪な奴がやって来た」
ナーシャは不愉快そうに呟き、ガトリングガンを下げる。もう戦う必要はなかった。あとちょっとで、タックン軍団の手によってオンモラキ達は殲滅される。無駄弾を打つ必要はない。
「久しぶりだね、ナーシャ。相変わらずソロで潜っているのかい?」
「そういうあなたは、相変わらず徒党を組んで戦うのが得意なのね」
「勝率と生還率が上がるのなら、何だってやるよ、僕は」
もっともな理由だ。さすが登録者数100万超えだけある。安定して配信できるようにするための方策に余念がない。
「それにしても、驚いたよ。まさか、僕の誘いを断った君が、誰かと組んでダンジョンに潜るなんてね」
「誰と一緒に戦うかは、私が決めることよ」
「もちろん、その通りさ。それに、さっきから観察してもらったけど、彼はすごいスキルを持っているようだ」
やべ、見られてた。
「君は、名前はなんと言うのかな」
「木南カンナ」
「カンナ君か。よろしく、僕はTAKUだ」
TAKUはスマートな仕草で、手を差し出してきた。握手を求めている。だけど、俺はその手を握り返せなかった。相手はかなりのやり手だ。迂闊に心を許せば、手痛いしっぺ返しを喰らう可能性だってある。
無言で、何もせずに佇んでいると、これまたTAKUはスマートに手を引っ込めた。まるで、俺の反応を最初から読んでいたかのように、握手を断られたことについて、一切動揺していない。
「で? 君は、どんなスキルを持っているのかな」
「あいにく、企業秘密なんで」
黙っているわけにもいかず、かといって素直に話すわけにもいかないので、そう返事せざるを得なかった。
「あはははは」
TAKUは軽やかに笑う。一点の曇りもない笑顔。しかし、その後ろに控えている、たった今オンモラキ達を殲滅したばかりのタックン軍団は、険しい目で俺のことを睨んでいる。
「君、面白いな」
そう言って、俺のことを見てきた、TAKUの瞳からは――まるで感情が読み取れなかった。
不気味な迫力を感じた俺は、二歩ほど後退した。
「物質を自在に変化させ、操る能力、といったところかな。まあいいや、なんでも。僕が関心あるのは、君とのコラボレーションだ」
「コラボ?」
「興味あったら、いつでも電話して。君ほどの実力があれば、すぐにエース級の活躍が出来るさ」
そう言いながら、TAKUは名刺を差し出してきた。
さすがに、その名刺だけは受け取る。
おお、すげえ。TAKUが所属する大手Dライバースタジオ「ミレニアム」の名が刻まれている。箔押し加工の凝った作り。文字がキラキラ輝いている。
「そうやって誰でも彼でも声をかけて、手駒を増やそうっていう魂胆ね」
いったい、過去に何があったのか、ものすごく辛らつな言葉を、ナーシャはTAKUに向かってぶつけてくる。
TAKUは苦笑しながら、肩をすくめた。
「何を言おうと君の自由だけど、もう少し考えたほうがいいと思うよ。いま、僕らもライブ配信中だからね」
と、TAKUは、ビデオカメラを構えている仲間のほうへ向かって顎をしゃくった。
「まだ1万人くらいの登録者数の君が、100万超えの僕に、そんな中傷めいた言葉を送るのは、得策じゃないと思うんだけどなあ」
「地が出てきたじゃない。いやらしい本性が」
TAKUに釘を刺されてもなお、ナーシャは食ってかかる。
ふふふ、と楽しげに笑いながら、TAKUは軍団を連れて、再び進み始めた。俺達の前を横切り、先へと向かう。
「ああ、そうだ。君のスポンサーは御刀重工だったね。実は、あの会社について、なかなか面白い情報を持っているんだけど――」
振り返りながら、意味深なことを語りかけるTAKUだったが、肝心のところで言葉を切ると、
「――まあ、その話は、別の機会にしよう。もっといいタイミングでね」
そんな風に言い残して、吊り橋を進んでいき、もやの中へと消え去ってしまった。
今のは、間違いない、脅迫だ。
大手のDライバー事務所に所属しているとなると、色々な裏の情報が寄せられてくるに違いない。
軍需企業である御刀重工の黒い面も知っているのだろう。
「最ッ低」
吐き捨てるようにナーシャは言うと、TAKUが消えていった方へ向かってあかんべえをした。
「なんだか、いやな感じの奴だったな」
「そう思うでしょ⁉ 初めて会った時から、あんな調子なの! 信用できない奴よ、あいつは!」
「ところで、いいのか? 先越されちゃったけど」
「あ! そうよ、急がないと! 私達が行った時には鉱石が残っていませんでした、とかいったら、格好がつかないもの」
「よし、じゃあ、行こうぜ」
俺はナーシャの前を通り抜けようとした。
その腕を、ガシッと、ナーシャは掴んでくる。
「待って。まだ話があるの」
「なんだよ。グズグズしている状況じゃないだろ」
「正直に言って。あなたのスキルは、なんなの?」
「うわあああ、AKIRAぁ!」「落ち着け! まだ死んだわけじゃない!」 タックン軍団はすっかり混乱している。 その目の前まで迫ってきた大蛇は、角で突き刺していたAKIRAの体を、真っ二つに斬り裂いた。「あ、これは、死んだわ」 軍団員の一人が、放心した感じで呟く。 その彼もまた、大蛇の角によって一刀両断にされた。「下がれ! ゲートから出てきた奴だ! 君達の手には負えない!」 TAKUが刀を抜き、大蛇に向かって駆けていく。この上なく頼もしい姿だ。彼ほどの実力者なら、きっとあの大蛇にも難なく勝てるだろう。 そう思っていた。 気合いとともに、TAKUは刀を振り、大蛇の頭を斬り落とさんとする。だけど、その刃は、鱗に当たった瞬間、激しい金属音が鳴って、弾かれてしまった。「な⁉」 驚くTAKUは、大蛇に体当たりされて、吹っ飛ばされた。 幸い、角で貫かれることはなかったけれど、飛んでいった先は岩壁だった。頭から岩肌に叩きつけられたTAKUは、気を失ったのか、ガクリとうなだれて動かなくなる。「みんな下がって! 私が仕留める!」 続いて、ナーシャがガトリングガンを構えて、前へと進み出た。 タックン軍団が散り散りになって逃げ惑う中、ナーシャの銃口が火を噴いた。 大量の銃弾が大蛇の頭部へと叩きつけられる。けれども、大蛇にはまったく効いていない。全ての弾を跳ね返しながら、大蛇はゆっくりと間合いを詰めてくる。「嘘でしょ⁉ どうして、平気な
俺の「ダンジョンクリエイト」で作った階段を下りていくことで、あっという間に、崖下に辿り着いた。 岩肌から赤く輝く鉱石がいくつも飛び出している。ギラギラと輝く様は、まるで大地の太陽だ。「これが鉱石ね。恐らく赤く輝いているのは、伝説の金属ヒヒイロカネを含んでいるからに違いないわ」「ヒヒイロカネ?」「聞いたことないかな。古い伝説に出てくる希少な金属。これを含む鉱石のことを、ヒヒロタイトというの」「こいつを、各国は求めている、ってわけか」「どこも情報を隠していたから、確信は持てなかったんだけど、現物を見てハッキリしたわ。このダンジョンで獲得できるものは、ヒヒイロカネで間違いない」「じゃあ、さっそく採取しようぜ」 何か採取用の道具を持ってきているものだと思い、俺は呑気にそんなことを言ったが、「ちょっと下がってて」 ナーシャからそう言われて、これから何が起こるのかを察し、「お、おい、待てよ! 冗談だろ⁉」 慌てて俺は岩壁から飛び退いた。 直後、ナーシャのガトリングガンが火を噴いた。 銃弾が岩肌を削り、そこに埋まっているヒヒロタイトを次々とえぐり出していく。ひとしきり乱射したところで、ナーシャは銃撃をやめ、地面に散らばっているヒヒロタイトを回収し始めた。「はい、カンナも手伝って。ちゃんと持ち帰るだけにしてね」「危なかった! すごく、今の、危なかった!」「何よ、ちゃんと警告したからいいでしょ」「こんなやり方で鉱石採取するとは思ってなかったんだよ!」 文句を言う俺に対して、ナーシャの視聴者達は辛辣なコメントをよこしてくる。《:ざまあw》&nbs
「さっき、TAKUが言ってただろ。物質を変化させて――」「この間は、大地系のスキルだって言ってたじゃない。嘘をついていたっていうこと?」「そ、そうそう、そういうこと」「それも嘘ね。あからさまに動揺しすぎ」 ナーシャは、すっかりお見通しのようだ。 さらに、ナーシャの配信のコメントが俺に向かって飛んでくる。《:隠すな、ちゃんと説明しろ!》《:ナーシャたんに隠し事とか、マジありえん》《:結局、どういうスキルなんだよ》 俺は頭をガリガリと掻いた。しょうがない、ここは説明するしかなさそうだ。でも、誰でも彼でも教えていいものではない。「わかった、話すよ。ただ、配信は一旦止めてほしい」「なんで?」「とにかく、その条件が飲めないんだったら、俺はここで引き返す。これ以上お前と関わり合いになりたくない」「……わかったわ」 ナーシャは配信機器を掴むと、ボタンを押した。三つ全部、同じ操作をする。俺のスマホで確認すると、確かに映像と音声はストップしている。《キリク:おい、まさか、こっちまで止める気じゃないよな!》 すまん、キリク氏。俺のスキルは、世間に知られるわけにはいかないんだ。 容赦なく、自分の配信も止めたところで、俺は単刀直入に、自分のスキルについてナーシャに説明を始めた。「俺のスキルは『ダンジョンクリエイト』だ」「え」 案の定、ナーシャは固まった。 それから、険しい眼差しで、俺のことを睨みつけてくる。
突然、オンモラキの一小隊が、一斉に爆発に巻きこまれて、あっという間に全滅した。 なんだ⁉ と思う間もなく、次の攻撃が開始される。 轟音とともにミサイルが飛んでいき、また別のオンモラキ小隊を爆散させた。「何よ、あいつら」 不満げに、ナーシャは呟いた。 俺達がもと来たほうを振り返ってみると、十人ほどの重装備のパーティが吊り橋の上に立っている。彼らはみんなお洒落なスーツを着こなしており、どう見てもダンジョン探索者の風体ではないが、持っている重火器はロケットランチャーからマシンガンと、かなりえげつない装備だ。「まさか、あれは」 視聴者登録数100万超えの化け物Dライバー・TAKU率いる「タックン軍団」だ。ネーミングセンスは壊滅的であるけど、その爽やかな風貌や語り口と、華やかな戦歴から、いまや多くのDライバー達の憧れの的となっている。「やーやー、君達! 楽しそうに暴れているね! 僕も混ぜてくれよ!」 まるでホストのような見た目。明らかに染めたとわかる不自然に輝く金色の髪を風になびかせ、白い歯を見せながら、TAKUは馴れ馴れしげに俺達に近寄ってきた。「げ……最悪な奴がやって来た」 ナーシャは不愉快そうに呟き、ガトリングガンを下げる。もう戦う必要はなかった。あとちょっとで、タックン軍団の手によってオンモラキ達は殲滅される。無駄弾を打つ必要はない。「久しぶりだね、ナーシャ。相変わらずソロで潜っているのかい?」「そういうあなたは、相変わらず徒党を組んで戦うのが得意なのね」「勝率と生還率が上がるのなら、何だってやるよ、僕は」 もっともな理由だ。さすが登録者数
ギャアギャアとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。 空の向こうから、何百羽はいるだろう、怪鳥達が黒い雲のように群れをなして、俺達のほうへとまっすぐ飛んでくる。 ナーシャのボール型配信機材は、コメント読み上げ機能も搭載しているようだ。合成音声がスピーカーから流れてくる。《:来たぞ、オンモラキだ!》《:数が多いだけで大したことない、ナーシャたんなら楽勝っしょ》《:ツレの底辺ライバーはどうだろうな》《:見るからにひょろっちいし、楽勝でやられそうだな》《:それな》 俺は肩をすくめた。「ダンジョンクリエイト」のスキルを使えば、それこそ吊り橋に壁を作ることだって出来る。対象物に触る必要はあるけど、その条件さえ満たせば、不可能はない。質量保存の法則だって無視できる。 もしも俺一人だったら、ダンジョンの構造自体をいじって、どうにか撃退していただろう。 でも、ここでスキルを使うのは、あまりにも危険すぎる。今回は大勢に注目されてしまってる。万が一、「ダンジョンクリエイト」持ちだってバレたら、えらいことになってしまう。 幸い、俺と一緒にいるのは、あのガトリング・ナーシャだ。 火力の女神。圧倒的攻撃力。まず負けることはない。「よーし! 派手に行くわよ!」《:待ってましたー!》《:今日も無双頼みます!》 ガシャン! と重々しい音を立てて、ナーシャはガトリングガンを構えると、飛来してくるオンモラキの群れへと狙いを定めた。 たちまち、ガトリングガンの銃口が
というわけで、やって来ました、竜神橋ダンジョン。 ネット検索すると、ありし日の竜神橋の風景が出てくるけれど、いまやそれは古い情報。 見ろよ、この目の前に広がっている、異様な空間を。 こっちの崖からは、遙か向こうにあるはずの崖は見えない。常に白いもやがかかっていて、どれくらいの距離があるのかも不明だ。 そして、そんな空中に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた吊り橋。 いや、吊り橋と言っても、どういう原理で宙に浮いているのかが不明だ。上に乗ったらそのまま落ちてしまいそうな不安定さを醸し出しているけど、実際は、大丈夫だろう。 なぜなら、ここはダンジョンだから。 ダンジョン内では、常識は通用しない。時には物理法則だって捻じ曲がる。思い込みや先入観で挑むのは危険だ。「準備はいい?」 吊り橋の入り口前に立つナーシャが、こちらを振り返ってきた。彼女の背後には、フヨフヨと、3台のボール型配信機が浮かんでいる。あんな風にハンズフリーで配信できるのはうらやましいな……と思いつつ、俺もスマホを操作して、配信モードへと切り替えた。俺の場合、常に片手でスマホを掲げていないといけないのが、すごくめんどくさい。「オッケーだ。でも、ナーシャはそんな格好で大丈夫なのか?」「へ? 何か変?」「やたら軽装備というか、なんと言うか」 目のやり場に困る、というセリフは寸前で飲み込んだ。 ナーシャが着用しているのは、サイバーパンク風のレオタードアーマーだ。ボディラインがクッキリと浮き出る形の、かなりセクシーなデザイン。豊かな胸や尻がしっかりと強調されている。このコスチュームもまた、人気の一つだったりするのだろう。