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第35話

last update 最終更新日: 2025-10-06 17:00:00

「寧々、どうした?」

律の鋭い視線が、私のスマートフォンに注がれる。

黒のテーラードジャケットに白いシャツに身を包んだ彼の眉間には、小さな皺が寄っていた。

「ううん、何でもないの。変な番号からで……すぐに切れたから大丈夫」

私は、できるだけ自然に微笑んでみせた。律を心配させるわけにはいかない。彼には、大事な仕事があるのだから。

律はしばらく私を見つめていたが、やがて諦めたように肩の力を抜いた。

「もし何かあったら、すぐに連絡して」

「うん、わかった」

玄関のドアが閉まる音が聞こえ、私は一人になった。スマートフォンを握り締めながら、心臓の音が煩いほどに響く。

また拓哉が現れるのだろうか。せっかく、平穏な日々を送れていたのに。

***

それから3日後、私が大学の図書館でレポートの資料を調べていると、友人の彩乃が息を切らして駆け寄ってきた。

「寧々、見た!?律くんのニュース!」

「え?」

彩乃が興奮した様子で、スマートフォンの画面を私に向ける。そこには、見覚えのある美しい顔が映っていた。

『神崎律、パリコレデビューへ。海外ブランド「ALEXANDRE MARTIN」専属モデルに抜擢』

記事を読み進めると、律が世界的に有名なフランスのファッションブランドの専属モデルに選ばれ、来月パリで開催されるファッションウィークに出演することが決まったとあった。

「すごいじゃない!日本人男性モデルが、ALEXANDRE MARTINの専属になるなんて、快挙よ!」

彩乃の声が図書館に響く。周りの学生たちも振り返って、私たちを見ていた。

「本当に……すごいね」

私は記事の写真を見つめた。そこには、黒のスーツに身を包んだ律が、いつものクールな表情で写っている。でも、その瞳には強い意志と情熱が宿っていた。

誇らしい。心から、そう思った。

でも同時に、胸の奥に小さな棘のような感情が刺さる。

律は、どんどん遠い存在になって

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