Share

ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています
ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています
Penulis: さぶれ-SABURE-

01

last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-28 06:00:36

(もうすぐ春になる…)

 東条美桜(とうじょうみおう)は、煤けた竈の縁に膝をつき、灰を集めた後、静かに息をつく。

 春の始まりの風はまだ冷たく、荒い木枠の窓から忍び込んでは、台所の灰をさらい上げていく。指先は洗い晒しの麻に擦れて赤く、節々は小さく固くなっている。けれど手つきは不思議に優雅で、灰さえも細雪のように整って見えた。 

 ここは従妹・西条綾音(さいじょうあやね)の屋敷である。表向きは「身寄りのない親族を引き取ってやった」と人前で言い、内実は、召し使いの数がひとり増えたに等しい扱いだった。

 朝餉の前に廊下を拭き、銅の取っ手を磨き、庭の飛び石の苔を落として、布巾をすすいで干す。することは尽きない。美桜は文句を言わない。言葉にすれば、さらに面倒が降るだけだと知っている。

 父が友人の事業の連帯保証人になったことから、多額の借金を追い、東条一家は崩壊した。事後処理を行ってくれた従妹のおじの西条家に助けられ、拾われた。名だたる財閥だった東条家は霧散し、今やその名も世間から忘れられつつある。

「まだ終わらないの? お客様がいらっしゃるのよ」

 背から降る声は冷水のようだ。振り向けば、薄桃の絽の羽織を肩に引っかけた綾音が、扇を細くたたみながら立っている。紅を引いた口元に、うっすらと侮りの笑み。

「はい。すぐに」

「はいすぐに、じゃなくて。本当に分かっているのかしら。あの廊下、私の影が歪むの。磨きが甘い証拠よ」

 美桜は黙って立ち上がる。廊下板の木目は、磨き続けて飴色に艶が出ている。綾音の靴音は、艶の上で無遠慮に跳ねた。

 そのとき、ふと指に触れた感触に気づく。腰の紐に縫い留めてある、白い小さな真珠のボタン。亡き母が「幸運のしるし」と糸で結びつけてくれた、東条家の家紋入りの一粒。指腹でそっと確かめる。そこだけが、かつての世界と今を繋ぐ結び目だった。

「その腰のもの、何? 下働きに似つかわしくないわね」

 綾音の目はよく見ている。美桜は短く首を振った。「古い飾りでございます。仕事の邪魔にはいたしません」

「邪魔よ。何事も、身の程に合わせるのが美徳だと、教わらなかった?」

 扇の先が空を刺す。美桜は視線を落とした。怒りは喉元にまで上るが、吐き出す場所はない。

 父がよく言った。「誇りを捨てるな。桜は桜のままに咲きなさい」。誇りと反抗は似ていて違う。反抗は、今の自分を壊す。誇りは、今の自分を正す。美桜は自らに言い聞かせ、言われた通りにすでに磨き終わっている床を更に磨いた。

 昼下がりのこと。裏庭に出ると、風が梅の名残り香を運んできた。物干しの白布が空に翻る。布の影に立つと、ひととき陽が和らぐ。

 井戸端には、洗い桶が二つ。片方は染みのひどい台拭き、もう片方は細かいレースの襟。レースは綾音のものだ。手の甲で水を試す。山水の冷たさが骨に沁みる。歯を食いしばり、指先を水に沈める。

 白い糸は、水の中でいっそう白く映えた。古い癖で、目の粗密を見分け、糸が解けぬよう縁から撫でる。編み目を置き換える指先の運びは、東条の屋敷で仕込まれた所作のまま。どれほど身分を剥がされても、身についた手の技は剥がれない。

 洗い上げたレースを絞り上げ、指で形を整えてから、そっと風に掲げる。陽を透かした白は、雪の花のようにきれいだった。

「…生意気」

 いつから見ていたのか、綾音が吐き捨てる。白が美しいのではない。美桜が持つ丁寧で令嬢たる気配が綾音の神経を刺すのだ。とにかく美桜が気に入らない。屋敷を追いだそうにも行く当てがない美桜は、自分の虐めにじっと耐え、反抗すらしない。それが愉快でもあり、同時に不愉快でもあった。


Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   97

     その言葉に、美桜は思わず笑った。「ふふ……あなたたち、本当にそっくりね」 双子は顔を見合わせ、どちらからともなく美桜の裾を握る。 「だって、おかあさまがだいすきなの」 「ずっと、いっしょにいるの」  胸の奥が、じんわりと温かくなる。 ――東条家が没落したあの日、すべてを失ったと思った。名前も、家も、居場所も、未来も。 けれど今。 愛される日常。  守るべき命。  信じ合える人たち。 それは、誰かを蹴落として得たものではない。  踏みにじられながらも、立ち上がり、手を取り合って積み重ねてきた時間の結晶だった。  帝都一の富豪の夫と、その子供のふたりに、自分は溺愛されている、と感じる。「美桜」  一成が、穏やかな声で

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   96

     三年後。帝都に、また春が訪れていた。 浅野商会が手がける新設デパートは、今や帝都の象徴となり、その最上階に設けられた催事場には、朝から多くの人々が集まっていた。  あれから西条家は失脚し、綾音たちは路頭に迷い、その末路を知るものはいない。  桐島家も同様。世間からは見放され、地方の田舎で貴族たちにこき使われながら質素に暮らしているという風の噂だ。康臣は犯した罪の重さから、まだ獄中にある。京や薫子、綾音たちは存分に贅沢な中で生きてきた。これから先の人生までも、絶望に至っていることだろう。 もちろん、彼らの人生の末路など、一成たちの頭からは抜け去っている。世間も彼らのことは忘れていた。 美桜もまた然り。本日はデパートで催事がある。  彼女が立ち上げた子ども服ブランド《花桜(HANAZAKURA)》の披露パーティーがあるのだ。 かつて没落令嬢と呼ばれ、すべてを失った少女は、今や東条紡績会社の創業者として、そして浅野家の女主人として、この場に立っている。 彼女の足元で、二人の子どもが小さな声で笑った。「おかあさま、あれが、わたくしたちのふく?」「そうよ。今日は、あなたたちが主役なの」

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   95

     翌朝。帝都の朝は、これまでになくざわめいていた。 新聞売りの声が通りに響き、見出しを見た人々が足を止める。『名家 西条・桐島 両家の闇』『東条家没落の真相、ついに白日の下に』『西条康臣 逮捕――帝都政財界に激震』 それは誰の目にも明らかな「終わり」と、「始まり」の知らせだった。 浅野邸の庭では、やわらかな陽光の下、美桜が双子をあやしていた。 小さな手が彼女の指を掴み、無邪気に笑う。「平和ね」 ぽつりと零したその言葉に、一成が背後から微笑む。「ああ。やっと、ここまで来た」 美桜の肩にそっと手を置き、庭の先の空を仰ぐ。「君が一人で背負ってきたものを、ようやく下ろせたな」 美桜は双子を胸に抱き、ゆっくりと頷いた。&

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   94

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   93

     そのときだった。「――美桜様っ!!」 駆け足の音とともに、聞き慣れた声が広間に響いた。次の瞬間、勢いよく飛び込んできた洋子が、美桜の姿を見つけるなり目を見開く。「……っ、美桜様ぁ……!!」 躊躇は一切なかった。  洋子はそのまま美桜に抱きつき、ぎゅっと腕を回した。「よかった……よかったです……!! ご無事で……っ……!!」 肩を震わせ、声を殺しながら泣く洋子の背中に、美桜はそっと手を回した。「洋子さん……心配をかけてごめんなさい」「違います……! 美桜様を守ると決めていたのに……私が……私がわる……っ……」 自分を責める言葉は、嗚咽に紛れて途切れ途切れになる。「洋子さん」 美桜は少しだけ距離を取り、真っ直ぐ彼女の目を見た。&

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   92

     一成の腕の中で美桜はようやく息をついた。 胸いっぱいに溜め込んでいた恐怖と緊張が、遅れて押し寄せてくる。「来てくれてありがとう。よく見つけてくれたね」「当たり前だ。君がどこに行こうと、必ず見つけ出すよ」 一成はそう言って、美桜の額にそっと額を重ねた。 その仕草は、夫としての確信と、失うことへの恐怖が混じったものだった。 背後では康臣が床に押さえつけられ、なおも喚き散らしている。「放せ! 儂を誰だと思っている!! 浅野ごときに、この西条を裁く資格があるか!!」 その叫びに、京がかすれた声で笑った。「まだ、そんなことを言ってるのか……」 京は肩を押さえながら、ゆっくりと上体を起こした。足も撃たれているので相当重症だ。 血に濡れ、息も絶え絶えだが、その目には不思議な落ち着きが宿っていた。「あんたは……なーんもわかってない」 康臣が睨みつける。「黙れ! 裏切り者が!!」「それはこっちの台詞だ」 京は視線を逸らさず、はっきりと言った。「人を道具にして裏切って……全部壊したのは、あんただろ」 吐き捨てるように言った。「俺は証言するよ」 どうせ自分が証言しなくても、一成が美桜のために証拠を手に入れるだろう。「……もう俺もあんたも終わりなんだよ」 静かな言葉だった。 だが、その一言は、康臣を確実に締め上げた。「京様」 美桜が名を呼ぶ。京はほんの一瞬だけ、昔の面影を残した笑みを浮かべた。「全部話す」 一成が静かに頷いた。「それがいい。君自身の罪と向き合う唯一の道だ」 京は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。「もう終わりにしたい……うっ……」 痛

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status