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last update Last Updated: 2025-09-28 06:00:40

 日が傾き、屋敷の廊下を朱が染めていく。

 美桜は手元の針を止めず、ひたすらに縫い続けた。時間の感覚などとうに失われていた。ただ、無心に手を動かした。

 綾音とその母の笑い声が、何度も耳の奥で反響していた。

 ボロを着て笑われる自分を想像して笑っている声。

 彼女たちは知らない。

 この指が、かつてどんな高級品を縫っていたのかを。

 この糸が、どれほどの名家の夫人を飾ってきたのかを。

 東条の娘として、父の背中を見て育った。絹を選ぶ眼、糸の感触、縫い目の美しさ。

 どんな高価な宝石よりも、布を愛した父。

 ――その父の誇りを、見せる時。

 針の音が強く鳴る。

 布の上を走る糸は、まるで彼女の決意を描くかのようだった。

 ようやくドレスの補修が終わったのは、日が沈み、提灯の灯が並ぶ頃。

 美朗は夜会で母が簡単にセットをしていた様子を思い出し、鏡の前でやってみた。

 手先が器用な彼女は、すぐに『夜会巻き」を完成させてしまった。

 鏡の前に立って、己の姿を映し出した。

 美しく輝く白の色布が肌を透かすように光り、縫い直した部分の刺繍が花のように浮かび上がっていた。

 袖口には新しいレース。母が残した糸で丁寧に縫い付けた桜の模様が、光を浴びて咲き誇る。

 補修のドレスはなめらかな手触りはもちろんのこと、その質の良い上品な光沢のある白、装飾品は美しく磨いた真珠。最高のドレスへと生まれ変わっていた。

 美しい美桜によく似合うドレスで、痩せた彼女のみすぼらしさよりも、内面から輝く美しさを助長していた。

(急がないと置いて行かれちゃう)

 業者の傍にいたら、外聞を気にする彼女たちはあからさまに自分へ嫌がらせはできない。そうすれば追い出されることもないだろう。美桜は彼女たちが来る前に、急いで外へ向かった。


 一方、綾音とその母は、自室で着飾り、鏡の前に立っていた。

「まぁ綾音、お人形さんみたいに綺麗よ」

 派手に膨らんだドレスは、真っ赤で情熱的な赤色だが、見ようによっては少々下品にも見えた。


「ふふ、ありがとう。美桜があのボロ布姿で並んだら、余計に私が映えるわ」

「ほんと」

「使えるものは使わなきゃね~」

「使用人でも夜会に行ける機会を作ってあげたのだから、感謝してもらわないとね」

 そんな風に愉快に話していると、玄関の外で、馬車の車輪が軋む音がした。

「あら。到着ね」

「美桜はどうしたのかしら。恥ずかしすぎて来れなかったりして~」

「だったら引きずってでも連れて行くまでよ。きちんと3人連れて行ってと業者には頼んであるから」

 コンコン、と扉の向こうからノックがかかった。女中のひとりが外から声をかけてくる。 「準備はよろしいでしょうか」

 綾音は大げさに裾を揺らしながら立ち上がった。


 「ええ、今行くわ」

 母も満足げに微笑み、娘の肩を軽く叩いた。

 「綾音、あなたが主役よ。なんとしても財閥の方と関係を持つのよ」

 ふたりは勝ち誇ったような顔でゆっくりと廊下を歩く。

 香水の甘ったるい匂いがが残り香として漂い、通り過ぎた後に、冷たい空気がその香りを削ぎ落とすように抜けていった。

 やがて玄関口に出ると、そこにはすでに美桜が立っていた。

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