Share

11

last update Last Updated: 2025-10-05 06:00:50

 結婚――その言葉が、まるで刃のように胸を裂いた。

 昨日、自分を踏みにじった男の口からその言葉が出るなど、悪い冗談にしか思えない。

 「……それは、どういう意味ですか?」


 美桜は、枯れた声で問う。

 京は笑った。しかし冷たい笑みだ。

「君は行くあてがないのだろう? 西条でやっかい者扱いされていると聞いた俺と結婚すれば、もう困ることはない。衣食住は保証する。君は俺の妻として、そばにいればいい。なに、君の体が気に入ったんだ」

 まるでペットを飼うような口ぶりだった。

 そこに愛も、情も、後悔もない。ただ、支配だけがあった。

(この人は……人間じゃない)

 言葉を呑み込んだ瞬間、胃の底からこみ上げてくる吐き気を必死に抑える。

 指先が震える。昨日散った花の残り香が、まだ肌に残っている気がした。

「……わたくしに、拒否する権利はありますか」

 京は目を細める。「あると思う? 西条の家に帰ったら、それはひどい折檻が待っているだろうね。断って帰ろうものなら、君に粗相をされたと相手に告げる」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   87

     洋子は唇を噛み歩調を一定に保った。 焦れば視線が乱れ、気配が漏れる。今は追う者ではなく、影であらねばならない。 その時だった。 前方にばかり気を取られていたため、ぐい、と腕を引かれて路地へ連れ込まれた。 しまったと思った時にはもう遅かった。「怪しいやつ、旦那様に近寄る不届き者が!」 男性用の帽子を目深く被っていたため、顔が見えなかった。「姿を見せろ!」 帽子をはぎ取ってその顔を拝むと、洋子を路地へと引き込んだ男が逆に驚いた顔を見せた。それは、早瀬だった。「洋子!?」「早瀬様……なぜここへ? もう、伝令を聞かれたのですか?」「伝令? なんのことだ。それよりここでなにをしている?」「いけません! 今はこうしている場合ではありません。すぐに追わなければ!!」

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   86

     帝都の昼は、あまりにも無防備だった。青空の下で人々は笑い、荷車は軋み、商いの声が交差する。  誰もが今日も平穏な一日が続くと信じて疑わない。その中を桐島京は、浅野美桜の腕を掴んだまま歩いていた。 馬車は使わない。昼間の人目を逆手に取るためだ。「……余計なことはするな。普通に歩け」 低く、押し殺した声。  刃物は袖の内側、美桜の脇腹付近に押し当てられている。 だが京の歩調は一定ではなかった。  速くなったかと思えば、急に緩む。(……怖いのね) 美桜は、京の持つ感情をはっきりと感じ取っていた。 彼は計画的な悪人ではない。  すべてを失いかけた男が、必死に最後の一手に縋っているだけだと予想して、それは実際に当たっている。 美桜は視線を前に向けたまま静かに口を開いた。「ねえ、京様」

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   85

     京の腕に絡め取られたまま、美桜は屋敷の裏手へ引きずられていった。砂利を踏む音がやけに大きく耳に刺さる。「静かにしろ。叫べば、今度こそ殺す」 耳元で囁かれた声は、ひどく乾いていた。  正気を失いかけた人間のそれだと、美桜は瞬時に理解する。(落ち着いて。今は、時間を稼ぐしかない) 抵抗すれば、彼は本当に刃を振るう。  洋子も、駆けつけようとしている警備の者たちも、まとめて危険にさらすことになる。 美桜は、ゆっくりと息を整えた。「わかったわ。叫ばない。だから、刃物を少し下げて」「は?」「あなた、手が震えている。そんな状態で人を脅しても、事故になるだけよ」 京の動きが、一瞬止まった。  図星だったのだ。

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   84

     刹那、洋子の背後から伸びた腕が、彼女の首元にナイフを突きつけた。「……動くな」 低く、掠れた声がする。 洋子が振りほどこうと身を捩るが、男の力にはかなわない。「洋子さん!」 美桜は反射的に前へ出た。「やめて! その人から離れて!」 その声に、京はにやりと歪んだ笑みを浮かべる。「相変わらず優しいな。美桜。俺の目的はお前だ。こいつの代わりに人質になるなら、この女は許してやろう」「だめです美桜様! こんな男の言うことを聞いてはいけません! きゃっ」  京が洋子の頬を殴りつけた。「黙れ!!」 彼は本気だ。捨て身の覚悟でここへ来たのだ。  彼の目からその狂気が読み取れた。 「あなたの言う通りにする。だから洋子さんを離して!」「聞き分けがいいな。さすが美桜だ。なら、手を挙げてこっちへ来い」 洋子の悲鳴を聞きつけた警備の者たちがやってきた。厳重にしていたはずなのになぜ、桐島京がここへたどり着けたのだ!?「下がりなさい! 彼を刺激しないで!」

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   83

     夜が明けた。けれど、穏やかだったのはほんの一瞬だけだった。 昨夜の熱をまだほんのり肌に残したまま、美桜は双子の世話をし、一成は執務室で早瀬と話し合いを進めていた。 その声には、昨夜の柔らかさのかけらもない。 浅野家当主としての、鋼のような緊張が張りつめていた。 そして数日後、いよいよ一成は洋子や早瀬の働きのおかげで、東条家を窮地に追いやり、没落させたという証拠を掴んだ。「これが、東条家を没落させた本当の証拠なんだな。よくやったぞ!」「はい、旦那様。裏帳簿、放火の指示書、借金の偽装書面……すべて揃いました。西条家と桐島家の癒着も、これで確実に暴けます。先日侵入できたのが大きな一歩でした」「洋子にも感謝しなきゃな。危険な橋を渡ってくれたんだろう?」「俺ひとりでは無理でしたが、彼女が見張り役を買ってくれたおかげで、うまくことが運びました」「よし、早速桐島家に向かおう」 一成は書類を手

  • ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています   82

     美桜の中に初めて一成が入ってきた。  狂おしいほどの情熱に包まれ、京の時には得られなかった悦びを感じる。剛直に貫かれ、一成の背中に跡が付くほどしがみついた。溢れる蜜が体を濡らしていくのがわかる。 一成が触れるたび、囁く声が耳に落ちるたび、心の奥底にしまい込んでいたなにかがほどけていく。 京との夜にはなかった、自分が愛されていると実感できる幸福が、波のように押し寄せてきた。  苦しかった過去が、ゆっくりと塗り替えられていくような感覚。  一成は美桜の震えを受け止めながら、まるで宝物に触れるみたいにやさしく、それでいて熱く抱き寄せた。「愛しているよ、美桜」 その一言だけで、胸の奥が熱くなる。 言葉以上の想いが、触れ合う距離にすべて詰まっていた。 美桜は彼の肩に額を押し当て、震える声で応えた。「……私も……一成くんがいいの。あなたじゃなきゃ、こんなふうにならない……」 全部を委ねてしまいそうになる。そんな自分がこわいほどだった。 一成はその言葉を聞くと、腕の力をわずかに強くし、まるで美桜をこの世界から守り抜くように抱きしめた。「ねぇ、美桜。君が僕を求めてくれるのが……嬉しくて、たまらない」 低い声なのに、震えるほどの情熱が宿っていた。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status