LOGIN椅子の脚が床を擦る音――その瞬間、応接室の空気が変わった。
(……まさか……聞かれた……!?)
洋子の背に冷たい汗が伝う。
『……誰か、いるのか?』
京の声だ。足音がこちらへ近づいてくる。
(まずい……応接室の隣の用具部屋(ここ)は滅多に使われない場所……誰かがいれば不審に思われる……!)
さらに、康臣の低い声がそれに続く。
『誰かが盗み聞きしていたら厄介だぞ。今の話、外に漏れたら我々は終わりだ』
『確かに……調べる』
来る――。
洋子は震えた手でスカートを握りしめた。
(まだ死ねない……美桜様たちにご恩返しをするまでは……! 今度こそ美桜様を守ろうと決めたのに――)
京の足音がすぐそこまで迫っていた。
扉の外側。影がゆらりと差
美桜は思わず息を飲んだ。 胸の奥がきゅうっと締めつけられ、心臓が一拍遅れて跳ねる。「離れたりしないように、って……どういう意味?」 まっすぐに見つめられて声が少し震えてしまう。思わぬ一成の真剣な眼差しに、身体の芯まで熱が伝わってくる。一成は迷いなく彼女に近づき、そっと両肩へ手を置いた。「美桜。君が危険にさらされたと聞いた時……胸が潰れるかと思った。あんな思いは二度としたくない。だから、これからは僕のそばにいてほしい。もっと君の心に整理がついてから言おうと思っていたんだけど……僕は、君の心も、未来も、全部欲しい。欲張りだとはわかっている。でも、どうか、僕のものになってくれないか。僕から離れないと誓ってくれないか」「……一成くん……」「夫婦なんだ。守るのは当然だけど……それだけじゃなくて……もっと君を近くに感じていたい。いい加減、美桜を僕だけのものにしたい」 囁くような声なのに、胸に深く響いた。熱く、甘く、抗えないほどに。 美桜の頬がゆっくりと紅潮していく。
一成は深呼吸をしてから部屋に入った。 美桜は双子の寝顔を見つめていたが、夫の気配に気づくと優しく微笑んだ。「一成くんどうしたの? 少し顔色が悪いみたいだけれど……」 一成は少し躊躇った。 だが隠すべきではない。美桜の身に直接関わるのだから、きちんと伝えておこうと思った。「美桜、落ち着いて聞いてほしい。さっき、早瀬たちが西条家に潜入して、重要な事実を掴んだ」 美桜は瞬きをし、一成に向き直った。「重要な事実……?」「西条康臣と桐島京が結託して、東条家を滅ぼしたというような内容を仄めかしていたそうだ。それが理由で、君の命を狙っている。君だけじゃない。子供たちを攫おうとしている」 美桜の指が、布団の端をぎゅっとつまんだ。「私を殺しに……? それに、子供たちまで……」
二人は裏門から抜け出すと、闇に溶けるように人通りの少ない路地を駆け抜けた。風が肌を刺すほど冷たい。だが胸の奥は燃え上がるように熱かった。(急がなくては……!!) 早瀬も、洋子も、全身で感じていた。 美桜に危険が迫っている。時間がない。一刻も早く知らせなければ。 足音を響かせながら、浅野邸の門へ飛び込む。 「旦那様! 旦那様ッ!!」 早瀬の声が屋敷中に響き、書斎から一成が勢いよく出てきた。「どうした。そんな慌てて……」 そこへ、息を切らしながら洋子が深く頭を下げ、矢継に語った。「旦那様……! 美桜様の……命が危険です! 西条康臣が――美桜様を殺すよう、桐島京に命じておりました……!! それをたった今、私と彼で聞いたのですッ!!」 一瞬で一成の瞳の色が変わった。「なんだと!」 低く、震えるような声。その目は怒りで燃えていた。「さらに、東条家を没落させた証拠が手に入るやもしれません。やはり彼ら西条、桐島家が深く関わっていたようです」「西条家と桐島家が――東条家の破滅を仕組んでいた、と……思った通りだな」「はい。彼らが会話している所を聞きました」 早瀬が詳細に一成に語った。それを聞き終えた彼は、拳を強く握りしめた。「ようやく尻尾を出したな」 その声は静かだが、相当な怒りが含まれていた。美桜を傷つけ、長きに渡って虐げてきた彼らを、絶対に許すわけにはいかない。「早瀬、洋子。命を懸けてよくやってくれた」「旦那様、これからどうなさるおつもりですか? 美桜様を……」「大丈夫だ。僕が必ず守る。今度こそ、美桜を手放さない!」 決意に満ちた彼の顔は頼もしく、どんな敵が来たとて跳ね返してくれそうなほどだった。 彼は早瀬を使って屋敷の警備に当たっている者、屋敷に従事している者、全てを呼び立てた。「みんな、よく聞いてくれ。美桜と子供たちの命が狙われている。早瀬や洋子たちがそのことを突き止めてくれた」 高らかに宣言し、情報共有を行った。「いいk、美桜や子供たちには、何人たりとも近づけないでくれ。特に桐島京、西条の者を見つけ次第、即刻拘束して構わない。僕が全責任を取る。拘束するにあたっては、どんな手を使っても構わない。うまく捕えてくれたなら、褒美を取らせよう」 早速屋敷中の使用人や警護隊が一斉に動き出す。 その速度と迫力は、浅野一
椅子の脚が床を擦る音――その瞬間、応接室の空気が変わった。(……まさか……聞かれた……!?) 洋子の背に冷たい汗が伝う。 早瀬も気配を殺し、壁越しに耳を澄ませた。『……誰か、いるのか?』 京の声だ。足音がこちらへ近づいてくる。(まずい……応接室の隣の用具部屋(ここ)は滅多に使われない場所……誰かがいれば不審に思われる……!) さらに、康臣の低い声がそれに続く。『誰かが盗み聞きしていたら厄介だぞ。今の話、外に漏れたら我々は終わりだ』『確かに……調べる』 来る――。 洋子は震えた手でスカートを握りしめた。(まだ死ねない……美桜様たちにご恩返しをするまでは……! 今度こそ美桜様を守ろうと決めたのに――) 京の足音がすぐそこまで迫っていた。 扉の外側。影がゆらりと差
(……クソ……! どうしてこうなった……!) 京は額にじわりと汗を滲ませた。 薫子を見捨ててでも自分だけ助かるつもりだった。 だが西条康臣は、そんな京の浅ましい計算などお見通しだと言わんばかりに追い詰めてくる。「西城さん、さすがに人殺しなんて……」「よく考えてみたまえ。東条の娘が生きている以上、我々は永久に縛られる。お前の父が東条家に仕掛けた工作……忘れてはいまいな? アレが表沙汰になったらどうするのだ。昔のことを嗅ぎまわる連中は潰しておくに限るだろう? 今がその時なんだよ」「……っ」京は唇を噛んで瞳を伏せた。反論はできなかった。「わかるなら話が早い。美桜を始末しろ。今度こそ東条家の血を絶つんだ。あの子供――浅野の跡継ぎは、もともと君の子供なんだから、取り返す名目で引き取ればいい」 京の喉がひゅっと鳴った。