「ゲホッ!…ハア…ハア…クソ!クソ!クソ!」
残る魔力を全て治癒魔法に回し、全力で傷を治療しながら悪態をつくルエル。
彼は現在、助けに来た女性に運ばれながら移動中だった。
傍から見れば完全なる敗走である。
それは彼の高いプライドでは、耐え難い苦痛であった。
「絶対に…ただでは済まさねぇ…」
ここまで順調に進んできていた人生計画が、たかが少女に壊された現実に。
いや、この魔力だけ無駄に消費し、一向に治らないこの呪いに。
あの程度の相手に深手を負わされ逃げている現実に。
何より傍らの女に助けられている現状に。
今起きている全てに、彼は怒りを覚えていた。
「本当、珍しいわね。貴方がここまで感情を顕にするのも」
彼女の言葉にうるせぇよ、と内心思うルエル。
昔から彼女は、ルエルに対する好意を口にしていた。
しかしルエルは感じていた。
それが普通の人間が抱く恋愛感情とは、まるで別物の感情という事に。
そもそも2人は味方でも無ければ、仲間という訳でも無い。
むしろ敵としていがみ合っていた時間の方が長いのである。
そんな相手に対して、どうして好意を持てようか。
彼女が本当に欲しているのは自分
馬車の移動は徒歩よりも速いとはいえ、時間が掛かる物である。それが離れた距離への移動となれば尚更だ。ただでさえ広大なズィーア大陸の、更に最大の国であるセストリアである。隣の大きな街に着くまでも中々の時間を要し、到着した時には日も傾きかけた頃であった。本日の目的地という事でここで1泊する為、宿屋を探す4人。宿を見つけた先で部屋割りについて大激論が繰り広げられたのだが、それはまた別の話。今は入浴と食事を済ませ、今後の話をする為ニイルの部屋へと集まっていた。「んもう、何時まで拗ねてるのフィオ。ニイルも断ってたんだから、どの道無理だったのよ」ベッドの中で布団に包まるフィオを、宥める様にレイが言う。フィオが宿屋到着時、全員一緒の相部屋、特にニイルと一緒に寝ると言い出し、論争の火種を生んだ張本人であった。レイの猛反発、そしてニイルもレイに賛同した事から、女性3人とニイルの合計2部屋を取る事になり終結したのだが…「ぐすん…お兄ちゃんと寝たかった…4人全員で同じベッドで寝たかった…」「流石にそれは狭くて無理でしょう…」という風に、フィオがいじけてしまったのである。4人で食事をする際も元気が無く、ニイルの部屋に集まっても、ニイルが寝る予定のベッドから出て来ない有様。流石のレイも少しだけ可哀想に思い、何とか宥めようしているのだが、全て失敗に終わり今に至る。
レイが目覚めた日、朝食を済ませ一行は新たなる目的地を目指す為セストへと戻って来ていた。勿論現在もレイとニイルは指名手配となっているので、全員がフードを被り認識阻害の魔法を掛けての来訪となる。「ここ暫くは認識阻害魔法を使ってなかったから余計に、この魔法を維持し続けるのが億劫に感じるわね」「流石に今の状況では仕方ないでしょう。フードの4人組が現れれば嫌でも目立ってしまいますから。今は警備の巡回もかなり増えていますからね。余計な争いは避けなければ」ニイルの言う事はもっともなのだが、思わず愚痴が口をついてしまうレイ。今まで常に認識阻害魔法を使用して生活していたのに、たかが2年、その癖が抜けただけで面倒に感じるとは。慣れとは恐ろしい物だと苦笑してしまう。しかし警戒するに越したことは無いだろう。何せ今は至る所に甲冑姿の騎士達が、街を警備しているのだから。レイとニイルがこの国の宰相暗殺未遂を行い、その2人が捕まっていない。ただそれだけが理由とは考えられない程、巡回の人数が多い。1ヶ月も経つというのに、ここまでほとぼりが冷めていないのには別の理由があった。「あれから1ヶ月経っ
「ゲホッ!…ハア…ハア…クソ!クソ!クソ!」残る魔力を全て治癒魔法に回し、全力で傷を治療しながら悪態をつくルエル。彼は現在、助けに来た女性に運ばれながら移動中だった。傍から見れば完全なる敗走である。それは彼の高いプライドでは、耐え難い苦痛であった。「絶対に…ただでは済まさねぇ…」ここまで順調に進んできていた人生計画が、たかが少女に壊された現実に。いや、この魔力だけ無駄に消費し、一向に治らないこの呪いに。あの程度の相手に深手を負わされ逃げている現実に。何より傍らの女に助けられている現状に。今起きている全てに、彼は怒りを覚えていた。「本当、珍しいわね。貴方がここまで感情を顕にするのも」彼女の言葉にうるせぇよ、と内心思うルエル。昔から彼女は、ルエルに対する好意を口にしていた。しかしルエルは感じていた。それが普通の人間が抱く恋愛感情とは、まるで別物の感情という事に。そもそも2人は味方でも無ければ、仲間という訳でも無い。むしろ敵としていがみ合っていた時間の方が長いのである。そんな相手に対して、どうして好意を持てようか。彼女が本当に欲しているのは自分
母も売春婦だったらしい。幼い頃にこの街に売られ、そして病で呆気なく死んだと、物心がついた時に姐さん達から教わった。容姿が優れている訳では無く、特に人気の無かった彼女は、生きる為に沢山の客を安く取り、誰の子か分からない私を授かり、産んで数年後、性病にてこの世を去った。そんな話を聞いた時、最初に抱いたのは怒りだった。だってそうでしょう?見た事も無い母親を、子供わたしを同じ売春婦じょうきょうにした張本人を。どうして庇う事が出来る?幼かった事も相まって、その頃の私は全てを憎み、そして拒絶していた様に思う。でも一つだけ感謝出来る事が有る。それは自分を、母親とは似ても似つかぬ程の美人として産んでくれた事だ。あの母親からこんな絶世の美少女が産まれるなんて。大きくなるにつれて、母親を知る人達は皆そう言ってたっけ。だからそこだけは感謝してる。私に他の誰にも持ち得ない『美貌ぶき』を持たせてくれて。そう、美しさは武器だ。私はまだ幼いながらもそれを学んだ。この街では特にそれが顕著だった。何もしなくても男は寄ってくるし、意地悪な姐さん達も陰口をたたく事しか出来ない。何故なら私がこの街で
「お姉様〜!」自分を呼ぶ声に振り返る。見れば自分より2歳年下の妹が駆け寄って来ていた。今日は待ちに待ったピクニックの日。忙しい父と母が、この日の為に予定を空けて連れて来てくれた、家族水入らずの時間。前日に神様にお願いしたお陰か、今日はとても天気が良く、気温も調度良い。正に絶好のお出掛け日和だった。「お姉様捕まえた〜!」「わっ!もう、びっくりした!全く、甘えん坊なんだから…」抱き着いてきた妹を抱き返し、優しく頭を撫でてやる。政務で忙しい父や母の代わりに、幼いながらも面倒を見ていたからであろうか、妹は自分にかなり懐いていた。もちろん、忙しさにかまけて自分達を蔑ろにする様な両親では無い。記念日はもちろんの事、こういった何気ない日にも、自分達の為に予定を空けてくれていた。そんな両親は、少し離れた所でこちらを見ている。自分は恵まれている、幼いながらもそう感じていた。両親から愛情を受けて育てられ、こんなに可愛い妹も居る。そんな妹と共に優れた才能にも恵まれ、それを伸ばせる環境も有る。臣下は自分達に忠義を持って仕えてくれているし、臣民達も家族の様に接してくれている。隣国との関係も良好で、正に平和そのもの。
「ハーッハッハッハッハ!見ろ!てめぇのよく分からん魔法も俺の魔法の前には無力!このまま無限の闇に引きずり込んでやるよぉ!」レイの魔法、『電磁加速魔弾レールガン』がブラックホールに飲み込まれたのを見た時、ルエルは自身の傷の痛みも忘れて笑いが込み上げ、勝利を確信するに至った。それはそうだろう、今も重力に引き摺られ、レイが暗黒に飲まれそうになるのを、剣を地面に突き立て必死に堪えている。しかしブラックホールに飲み込まれるのも時間の問題だろう。この魔法は維持させるのに常に魔力を消費する。魔力を注ぐのを止めればこの魔法は解除されるが、逆に言えば注ぐ魔力を増やせばその分引き寄せる重力が増すのだ。(このまま限界まで魔力を注いで、アイツがどれだけ耐えられるのか見届けてやるぜ)実際のところ、ルエルの方も魔力はほとんど残っておらず、この魔法を維持するだけで精一杯だった。しかし最早レイに打つ手は無し、そう判断し残りの魔力のほとんどをこの魔法に充てる事を決める。しかしルエルは知らなかったのだ。最後まで油断や慢心を捨て切る事が出来なかったその傲慢さ、ソレこそがこの戦いの命運を分けたのだと。(来た!)周囲を視ながら好機だと悟るレイ。ルエルは完全に油断し、障壁以外の魔法を用意していない。残りの魔力量を視るに、どうやら完