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第二十三話「箱庭の唯一神」

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last update Huling Na-update: 2025-11-11 21:48:49

 万神殿パンテオンを中心に、ローマ時代の神殿や建造物が並び立つ大地、チュンチュンと鳴く鳥の声の中、ローブを纏った若者が草原を歩いている。

「やあ、箱庭の神さま」

 箱庭の神と呼ばれた人物は天を仰いで立ち止まる。その肩に鮮やかな羽色の蝶が止まった。

「ライナスか」

 ふわふわと羽根を閉じ開きしている蝶に話しかける。

「ハデスは復活したかい」

「今回はちと時間がかかりそうだが、手はいくらでも打てるさ」

「出来ることなら、ここで君を殺しておきたい」

「なら、やってみたらいい」

 煌びやかな蝶は鱗粉を撒きながら箱庭神の周りを飛び回った。

「地上の事で、お気に入りの天使の加護でお忙しいか」

 ライナスの言葉に目を閉じる箱庭の神。

「話せて良かったよ、箱庭の唯一神」

 そう言って蝶は飛び去る。

「私もだよ、ライナス」

 見送る箱庭の神。それは単なるNPCの言動ではなかった。

 ◆

 アプリ内にあるバグったカイのデータに三人の生体エネルギーが流れていく。しかし、カイは回復どころかドロドロと溶解が止まらない。

「駄目か」

「直接、繋いでみたらどうかしら!?」

「いや、それは仕組み上できないのだ……」

 カイは半分以上閉じた瞼で揉めているオルドたちを眺め、途切れかかっている意識の中で幼き日々を思い出していた。

 夜明け前、マリアとアレフと一緒に高原へ出発して、熱病に効く薬草を取りに行った、朝焼けの眩しさと澄んだ匂い。

(もう一人、いるんだ、倒さなくちゃいけない奴が)

 伝えたい言葉が、共通語が出てこないもどかしさ…。

 最初この場にもいた、モブキャラになって、オルドさんも気づかない巧妙な、だがオレには分かった。

「どーしたらいいの、カイが死んじゃう」

「もう手は、ない……」

 声が全く出なくなり、カイは伝えることを諦めた。

 完全に溶け落ちて液状に、カイの身体を型どった灰色の液体が地面を流れる。

「あぁ……カイが…カイが」

 マリアが口に両手を当てて声を押し殺す。

「溶けて消えちゃったよ…涙」

「オルド様! カイはどうなった!?」

 セーラがアプリでの確認をオルドに求める。

「どこに、どこに行ったのカイは!」

「生物が死して、まず行くところは……」

 カイの魂は透明な幽体となり、元の若々しい体で、箱庭神の住む次元の地にいた。

「頑張ったね……カイ」

「あ、あなたは」

「Ἐγώ
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