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2-55.小さな渦とチューと生着替え(1/3)

last update Last Updated: 2025-08-31 06:00:09

 朝はホテルのバイキングを利用した。冬凪は、夜中あれだけ食べたのに、大盛マグロ丼とオムライス並みに盛ったスクランブルエッグと小松菜のお味噌汁にプルーンジュース。和食なのか洋食なのか分からないメニューで朝から爆食する気満々。それに付き合う気はないから、あたしはトーストにスクランブルエッグとサラダ。それとカフェオレ(シナモンで!)と軽めに済ます。食べ終えて荷物を揃え駅前に出てバスを待つ。

「町役場まで」〈♪ゴリゴリーン〉

 通勤時間なのに乗客が少ないのは今日が土曜日だからだった。あたしたちの他は、若いのから中年までサバゲースタイルのオタク風な男の人たちだった。その人たちの間を通って冬凪とあたしは出口近くの席に座った。あたしは車窓を流れる辻沢の旧町の風景を見ながら、昨晩枕元ではなく足元に出た黒髪の女性のことを考えた。あの時まゆまゆとはっきり言っていたから、あれはやっぱりミワさんだったのだ。でもどうしてミワさんがああいう現れ方をするのか見当もつかない。そのことを冬凪に話そうと思って横を見ると、抱えた登山用リュックに頭をもたげて居眠りをしていた。朝食をお腹いっぱい食べたせいだろうか。いつも気を張っている冬凪には珍しいことだ。

 このバスは青墓がある郊外へは行かず、町役場と辻沢駅とを往復するシャトルバスだ。サバゲースタイルの人たちはどこへ行くんだろうと思って見ていると話し声が聞こえて来た。

「血の団結式ってなんだよ」

「スレイヤー・Rの参加認定式だろ」

「そんなの分かってる。俺が言いたいのは」

「ゲームに参戦するだけのためにわざわざ役場に呼び出して、大げさじゃね、ってことだろ?」

「そう。大げさだ。何か裏があるにちがいない」

「何の?」

「人死にもあるという非合法なゲームだから辻沢町も口外されたら困るわけだ」

「身代わりを取られるのか」

「そんなことに何の意味がある。人の口に戸は立てられんのだぞ。形代に魂を
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  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-56.二人の宮木野(1/3)

     町役場から六道辻はそれほど距離はなかった。竹垣の道を進み、千福家の竹林へ入る小道の前でタクシーを停めて貰った。「900円です。支払いは?」「ゴリゴリカードで」〈♪ゴリゴリーン ポイントが10%加算されました。残高1510円です〉 確かに何処でも使える便利なカードだ。 冬凪は目をつむっていた。「冬凪、着いたよ」 あたしは、冬凪がもたれかかっているドアが開いて転げ出ないように腕を取った。「ありがとう。一人で立てるから」 と言いながら足下おぼつかなし。肩を貸して白漆喰の土蔵の中へ。白い和服の市松人形の前に立って冬凪に変わり、「冬凪と夏波戻りました」 と挨拶をすると、白市松人形が開いて中から白まゆまゆさんが現れた。「「無事のご到着、なによりです。今回も母に会っていただけましたか?」」「はい。動画も撮ってきました」 スマフォを取り出して、白まゆまゆさんに渡すと、「「ありがとうございます。後で観させていただきます」」 ということはスマフォは取り上げられて、リアル六道園のデータを20年後に持ち帰れなくなるということだ。「その中に欲しいデータがあるのです。スマフォを一日だけでもお借りすることは出来ないでしょうか?」 白まゆまゆさんは、「「分かりました。ただし、ここでお渡ししても意味がありませんので、一旦お預かりということでどうでしょう」」 つまり? 冬凪を見ると、「向こうで黒まゆまゆさんから貰えということかも」 時空を転移させるってこと? なんかすごいSFっぽい。「分かりました」「「今回はどちらから、入られますか?」」 冬凪を一人で置いて行けないので先にしようと思ったら、「夏波から」 と冬凪に背中を押されてしまった。 再び、星間に射出されて黒まゆまゆさんに迎えられた。次いで冬凪が到着してスマフォを渡して貰い黒漆喰の土蔵を出た。竹林の広場を目のあたりにして、「まただ。また帰して貰えなかったんだ」「行こう」&nb

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     駐車場を歩いていると見たことのある高級国産スーパースポーツカーが入って来た。響先生のエクサスLFAだ。響先生と鉢合わせはまずいと隠れるところを探しかけたけど運転席に乗っているのは別の人だった。エクサスLFAは庁舎に一番近いスペースに停まると、中から背は高いけど頭がちょっと残念なイケオジが出て来た。「辻川町長だよ」 冬凪が教えてくれた。そういえば元は辻川町長の車だったと先生は言っていた。今日は休みだけれど、町ぐるみだから非合法ゲームの認証式に出席しに来たのかもしれない。 辻川町長が庁舎に入るのを見送ってバス停まで来た。冬凪の容態があまりよくないみたいなのでスマフォでタクシーを呼んだ。タクシーはすぐ来るということでバス停のベンチで待つことにする。少しするとサバゲー姿の人たちが町役場から出てきてバス停にならんだ。顔ぶれはさっきの人たちとは違っていたけれど、多分認証式に出席したのだろう、片手でほっぺを押さえもう片ほうは辻沢町のロゴと町章が入った紙袋を下げていた。「おい。あれ本当だと思うか?」「制服聖女エリ様のことか?」「それ以外あるか?」「エリ様がラストダンジョンで待ってると仰った、あれだな」「何をしてくださると思う?」「ラスボス倒した勇者だ。そりゃー。あれだろ」「ほっぺにチューだ。いや、おでこにチューか」 一人が興奮気味に言った。すると、少し遅れて来た青いバンダナのぽっちゃりな人がボソッと、「生着替え」「そこの人、今なんと?」「好きな制服に、エリ様が生着替え」「「「「マージか!」」」」 サバゲー姿の人たちの鼻息が荒くなりバス停のバイブスが上がりまくった。生着替えまでするなんて。今度辻川ひまわりに会ったらやさしく接してあげようと思ったのだった。

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    〈♪ゴリゴリーン 次は辻沢町役場です。町長の辻川雄太郎です。この私が、しょぼかった辻沢の祭りをヴァンパイア祭りと改名、毎年開催にし、町内どこでも使えるポイント加算型プリぺードカードのゴリゴリカードを発行し、介護者のいない被介護者に食餌を提供する特殊縁組を考案し、辻沢町復興の全てのアイディアを……〉 長いって。アナウンス終わる前に出発しちゃったよ。  お昼までに済ませたかった用事は六道園の記録を取ること。冬凪に相談したら行くって言ってくれたから一緒に来たのだった。冬凪、目が覚めた? なんかふらついてるけど大丈夫? 冬凪からバッキバキのスマフォを借りて六道園に向かう。正面玄関の前を裏手に回って行く時、ロビーの中を見たら、戸籍課の窓口が見えた。ミワさんか調レイカがいるかと目を凝らしたけれど誰もいなかった。スマフォのカレンダーを見たら今日は土曜日で、月曜まで連休だった。 六道園に入って、最初に気になっていた岬の動画を撮った。やはり思った通りにここには水際に岬がハッキリと造形されていた。さらに前回気が付かなかったのが岬の形だ。岬と言えばふつうは鋭利な三角形をしているはずが、波にさらわれたのを模したのか、先端が斜めに切り取られたようになっていたのだった。「元祖」六道園で十六夜があたしを下ろしたのがちょうどあのあたり。そこにあの石舟が停泊した跡に見えなくもなかった。水に潜って地形を確認できればいいのだけれど、ここはリアルな庭園だからそれは無理。いったん諦めて、他の場所を見て回ることにした。 やはりゼンアミさんはすごい。見れば見るほど六道園プロジェクトと寸分違わないのが分かる。庭石や植栽の位置ばかりでなく、向きにまでそれが現れていた。水の色はこちらはアオコのせいで深い緑色をしている。あちらは、ロックインした時で違うが、基本空の色を写して美しい。あたしの印象に残っているのは満天の星空が映った姿だった。銀河が流れそれが潮流のように池水を渡っていた。いや、それは「元祖」のほうだ。その銀河の潮流に棹さして十六夜は須弥山の向こうに去ってしまった。最後は十六夜が消えた地点を中心に「元祖」六道園は消失したのだった。あの石組みの向こうには何があったのだろうか。そう思って池周の遊歩道を歩いて須弥山の向こう側

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  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-54.血樽の家(3/3)

     ミワさんとナナミさんが人混みの中を辻沢駅のバスターミナルに向う背中を見ながら冬凪が言った。 「先生が言ってたことあたってましたね。レイカさんをおっぱいでヴァンパイアにするって」 「ま、可能かどうかは分からないが、何か目的があってそうしているのは確かだね。それが何か調べるってのが次のミッションになりそうだ」  目的といえば、 「ナナミさんは辻川ひまわりを助けるって言ってました」 「そう言ってたか。辻川ひまわりは充分に助かっていたはずだけど、引っかかる」  その後、鞠野フスキと別れた冬凪とあたしは部屋に帰ってシャワーを浴びてベッドに入った。今回は手乗りカレー★パンマンを連れてきてるからぐっすり眠られる。  寝苦しくて目が覚めた。窓のカーテンの向こうはまだ暗そうだった。ベッドの足下のほうに誰かが立っているのに気がついた。起きようしたけれど金縛りで動けなかった。目だけで見ると白い浴衣姿で長い黒髪を垂らしたあの女性だった。隣で寝ている冬凪を呼んだけれど声が出なかった。黒髪の女性は不思議そうに辺りを見回していて、 「まゆまゆはどこでしょう?」  と囁くように言った。あたしは声なき声で、 「千福家の土蔵の中にいます」  と教えた。けれどその回答には満足しなかった様子で、また、 「まゆまゆはどこでしょう?」  と繰り返す。それであたしは鞠野フスキが辻女の宿直室で話してくれたことを思い出し、 「時空の歪みの中にいます」  と答えた。すると黒髪の女性はゆっくり頷いたあと、煙のように姿を消した。それと同時にあたしの金縛りも解けたようだった。  突然、サイドテーブルのバッキバキのスマフォが鳴った。冬凪が布団の中から手を出して電話に出た。 「はい。おはようございます。わかりました。はい。お休みなさい」  冬凪はバッキバキをサイドテーブルに戻そうとして床に落としてしまった。それをあたしが拾い、布団から手だけ出して探っている冬凪に持たせてあげると、 「まゆまゆさんが戻って来いって」 「いつ」 「お昼にだって」  昼までか。ならちょっと用事を済ます時間ぐらいはあるな。

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-54.血樽の家(2/3)

     この時点から22年前、調家で男女の双子が生まれた。レイカとその兄だ。辻沢のヴァンパイアは、女子の双子が生まれるとどちらかがヴァンパイアになるが、男女の場合は両方がなると言われている。六辻家筆頭ながら久しくヴァンパイアがいなかった調家では、当主の家刀自(由香里の母)が二人を確実にヴァンパイアにするため、同年生まれの双子を「餌」として飼うことにした。幼い身に大量の血を与えるとショックを起こしかねないので徐々に摂取量を増やす計画だった。その餌として選ばれたのがひまわりとミワだ。二人は毎週末お友だちの家に遊びに行くと言って調家に通わされたが、その実態はレイカとレイカの兄に血を与えるため目の前で瀉血させられていたのだった。「ひまわりとあたしの実家はチダルっていう家柄でね」 と空に指で漢字の「血」の字を書いて「木偏に尊厳の尊って書く樽で血樽」とミワさんが説明すると、ナナミさんがそれを引き継いで、「ヴァンパイアの餌の家系と言われている。自分たちはヴァンパイアにはならないけれど、因子は受け継いでるから極上の血なんだそうだよ。六辻家で双子が生まれると同じ年に双子が生まれるって属性までついてね」「でも、そんな生活から由香里さんが救ってくれた」 小学校に上がる直前、それまで家刀自の言いなりだった由香里が二人を解放した。ひまわりとミワのことを哀れんでのことだったらしい。レイカの兄をヴァンパイアにしてしまったことを悔いてというのもあったのだそう。「レイカさんはその時、ヴァンパイアにはならなかったんですね」「そうだね。あいつはならなかった。でも一度なりかけたみたいなんだ。その時、六道辻にあった調家が爆発炎上して家刀自とレイカの父親が死んだ」 それって、高倉さんが話していたヒカの隣にユカが引っ越す原因になった火災のことだろうか。「爆発とヴァンパイアってどんな関係があるんですか?」 冬凪がインタビュースキルを発動して正面突破な質問をする。ナナミさんは、「爆発オプションなんて持ってるヴァンパイアはいないはずなんだけどね。ただ、由香里さんがレイカのことバクダンって言ったのが単なる比喩でないのは感じてる」 ミワさんが笑顔のまま、「今ちょうどレ

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