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2-67.コミヤミユウ(1/3)

last update Last Updated: 2025-09-13 06:00:13

「ピーナッツが出てきたときあったよ」

フリッツ・ハッセンのラウンドテーブルの足はそれぞれ4本の金属の細い棒が合わさってできている。それらが一緒になる下の方はポケット状になっていて、ちょうど赤ちゃんが座った目の高さだ。この家に来たばかりの幼い冬凪とあたしは競うようにそこに色んなものを詰め込んでいたとクロエちゃんが懐かしそうに話してくれた。冬凪とあたしが何を突っ込もうと、決して叱ったりしないで、次は何を隠すか、変なものとか面白いものを見つけたらミユキ母さんとクロエちゃんは報告しあって楽しんでたんだそうだ。あたしも何を入れたかまでは忘れてしまっていたけれどその時の二人の笑顔は何となく覚えていた。あー、手乗りカレー★パンマン挟んでたな、そう言えば。

 冬凪もあたしも本当の子供ではないのにクロエちゃんとミユキ母さんの愛情を目一杯受けて育ったんだ。それが鬼子のエニシだとしても幸せなことに変わりはないと思った。

 鬼子のエニシ。さっきクロエちゃんがぽろっと言った、「ミヤミユがそうだったから夏波も鬼子使い」っていうのがそのエニシに関わることのような気がした。鞠野フスキが勝手に付けた偽名というだけではない関係。それをクロエちゃんは知っている。

「あたしとコミヤミユウの関係って?」

 クロエちゃんはソファーから立ち上がって窓際まで歩いて行き、

「玄関脇の奥に山椒の木が何本か植えてあるでしょ」

 窓にへばりついて見えもしない山椒の木を確認しようとした。玄関の脇の裏庭に通じるスペースにあたしの身長より高い山椒の木が並んでいる。暗がりであれが目に入ったらドキッとするし、夏になるとアゲハの幼虫がわんさかついてキモいから、あたしはなるべくその存在を忘れて生きている。だから、そういえばあったなと思ったくらいの山椒の木だ。それが何だと言うのだろう? 冬凪が何か知ってるかもと顔を見たけれど首を横に振っただけだった。

「あれ、コミヤミユウがこの世にいた証なんだよ」

鬼子は死ぬと人から忘れ去られてしまう。それは普通の人の記憶から消えるばかりではなく、この世にその人がいた記録までが抹消されてしまう。そうなると、その人が関わったものを残すことくらいでしか証がたてられないんだよと言った。

「鞠野フスキはコミ
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