تسجيل الدخول社殿を出で階の上に立つと、境内は乳白色の光に包まれまるで真昼のように明るかった。
夜空を見上げると銀色の満月が鬼子神社のすり鉢を覆い尽くしていた。
その月が放つ光がまるで世界樹の幹ように真っ直ぐ降り注ぎ境内を包み込んでいるのだった。
境内には上半身裸の豆蔵くんと定吉くんだけがいた。石舟の側に荒縄を肩にかけた姿で立っていた。
他の人たちを探すとすり鉢の斜面に付いた螺旋のスロープを人の列が登っているのが見えた。
「みんな、どこ行くの?」
「多分、避難してるんだと思う」
地獄の蓋が開くとき境内にいてはいけないようだった。
「豆蔵くんと定吉くんは?」
「役目があるから」
役目とはよ。豆蔵くんと定吉くんの側に行ってみた。
「いいの?」
避難しなくて。
「う」
豆蔵くんの言葉が聞こえてくる。
オレたちは夕霧の世から鬼子のために命を賭けてきた。それがオレたちのエニシだ。
夕霧物語のまめぞう、さだきち、りすけ。
3人は夕霧太夫と伊左衛門に従ってひだるさまと闘い命を散らした。
青墓の決戦手前で自由を与えられても、最後まで付き従った。
今またそのエニシをなぞるのだと言う。
「それでいいの?」
「う」
定吉くんの言葉は短かった。
なさいでか。
意味わかんないほどの死語構文。
冬凪と鈴風とあたしはそれぞれ図面で指定された場所へ向かった。
月明かりの中、斜面に着くと足元あたりにそれらしい場所を探した。
あった。
斜面の少し上がったあたりにちょうど人が一人立てるぐらいの平面が。
そこに上がって境内を見渡すと、冬凪と鈴風も同じ高さの斜面に立って手をふっていた。
「両手で他の二人を指して! あと、少しで月が南中する。そうしたら何かが起こる」
冬凪が叫ぶ。
「「何かって?」」
沈黙。そして、
「分
リング端末が地獄への時を刻む。 0:29:55 0:29:56 0:29:57 0:29:58 0:29:59 0:30:00 突然頭の中がグラついた。意識が何かにぶつかられて外に弾き出された。そのまま宙を飛びまた何かにぶつかって止まった。視界がおかしかった。境内の真ん中にいる豆蔵くんたちが別の方向を向いていた。左手が鈴風を指していた。そして右手では、あたしを指していた。そのときあたしは冬凪だった。冬凪の記憶が押し寄せてきた。あらゆる時空の冬凪があたしの中に入ってきた。あたしは冬凪の全存在になった。再び頭の中がグラついた。また意識が何かにぶつかられた。宙を飛び何かにぶつかり止まった。今度は、右手で冬凪を、左手であたしを指していた。その時わたしは鈴風だった。鈴風のパラレルな人生全てを体験した。わたしは過去から未来の全鈴風だった。そして再びあたしになった。それが何度も何度も繰り返された。永劫続くようだった。でもやがてそれは止まり、あたしはあたしに戻ったのだった。何が起こったのか。あたしは全てを理解したと同時に全てを理解できていなかった。 頭のクラクラがまだ残っていた。「走って! 石舟へ!」 境内を石舟に走る冬凪の姿が見えた。「石舟へ!」 鈴風が走り出す。あたしも遅れないように斜面を飛び降りて走った。走りながらすり鉢の斜面近くの地面が波打つのを見た。地震?違った。境内の地面が液化し出したのだ。月光のせいで暗い臙脂色だけど、ホントは血のように真っ赤な色なんだろう。個体だった表面がどんどん溶けながら中央の石舟に白いの波濤となって迫ってくる。
社殿を出で階の上に立つと、境内は乳白色の光に包まれまるで真昼のように明るかった。夜空を見上げると銀色の満月が鬼子神社のすり鉢を覆い尽くしていた。その月が放つ光がまるで世界樹の幹ように真っ直ぐ降り注ぎ境内を包み込んでいるのだった。 境内には上半身裸の豆蔵くんと定吉くんだけがいた。石舟の側に荒縄を肩にかけた姿で立っていた。他の人たちを探すとすり鉢の斜面に付いた螺旋のスロープを人の列が登っているのが見えた。「みんな、どこ行くの?」「多分、避難してるんだと思う」 地獄の蓋が開くとき境内にいてはいけないようだった。「豆蔵くんと定吉くんは?」「役目があるから」 役目とはよ。豆蔵くんと定吉くんの側に行ってみた。「いいの?」 避難しなくて。「う」 豆蔵くんの言葉が聞こえてくる。 オレたちは夕霧の世から鬼子のために命を賭けてきた。それがオレたちのエニシだ。 夕霧物語のまめぞう、さだきち、りすけ。3人は夕霧太夫と伊左衛門に従ってひだるさまと闘い命を散らした。青墓の決戦手前で自由を与えられても、最後まで付き従った。今またそのエニシをなぞるのだと言う。「それでいいの?」「う」 定吉くんの言葉は短かった。 なさいでか。 意味わかんないほどの死語構文。 冬凪と鈴風とあたしはそれぞれ図面で指定された場所へ向かった。 月明かりの中、斜面に着くと足元あたりにそれらしい場所を探した。あった。斜面の少し上がったあたりにちょうど人が一人立てるぐらいの平面が。そこに上がって境内を見渡すと、冬凪と鈴風も同じ高さの斜面に立って手をふっていた。「両手で他の二人を指して! あと、少しで月が南中する。そうしたら何かが起こる」 冬凪が叫ぶ。「「何かって?」」 沈黙。そして、「分
冬凪が夜野まひるにべったり張り付いている鈴風を呼んで来てあたしの側に座った。そして、「クロエちゃんに教わったんだ。昔のJKがやってたフィンガーサイン」 そう言うと冬凪は右手でピースサインを作り、あたしたちの真ん中に差し出した。鈴風も同じように前に出して冬凪の中指に自分の人差し指当てる。「「夏波」さん」も」 あたしは中指を鈴風の人差し指に、人差し指を冬凪の中指に付けた。「5人でやると五芒星になります」 夜野まひるが言った。前の時はユウさん、ミユキ母さん、クロエちゃん、夜野まひるともう一人でこれをやったのだそう。 あたしたちのを見るとそれは三角の辺が凹んだ歪な形だった。「マキビシ?」 忍者の武器みたいだ。「3という数字は、破壊と創造を表すそうです」 鈴風が言った。それに冬凪が、「破壊と創造か。あの世で何をするかもわかってないけど、そういう事なのかもしれないよね」 つまりあたしたちはあの世で大暴れするってことになるわけね。 しばらくして紫子さんが伊左衛門をおんぶして立ち上がって言った。「そろそろかね」 社殿の暗がりにリング端末の明かりが一斉に灯る。時間は0時になろうとしていた。南中まであと30分。「う」 豆蔵くんと定吉くんが作業があるからと先に社殿を出て行った。赤さんたちが鈴風に目線をくれてからそれに続いた。辻川町長一団が出口の襖をぶっ壊しそうになりながら出て行く。校長室でもおんなじ事してたよ。あの黒服サングラスたちは学習能力がないのだろうか?最後に夜野まひるが出て行くのに鈴風も誘われてついて行きそうになったのを冬凪が止める。「鈴風さんは、あたしたちと一緒」 渋々それに従う。 冬凪は鈴風を元の位置に落ち着かせると、真ん中に等高線がびっしり描かれた図面を広げた。それは鬼子神社を上から見た詳細なものだった。
潮時の時刻が迫るにつれてクロエちゃんの様子がおかしくなってきた。社殿の床に突っ伏して口を開け荒い息をしている。皆んな見てるような見てないような微妙な感じで距離を保っている。そんな中、クロエちゃんに寄り添って背中を撫でさすってあげているのはミユキ母さんだった。 クロエちゃんの口から涎が垂れる。「ごめん」 ミユキ母さんがそれを袖で拭いてあげる。「ね」 二人の間には長年そうしてきた二人にしかわからないエニシがあるのだ。 そう言えば、紫子さんや伊左衛門は潮時関係ないんだろうか? 紫子さんは相変わらずじゃれつく伊左衛門のことをあしらうのに忙しそうだ。まあ、伝説の二人だから例外ってことでオk?(死語構文)「夏波は大丈夫なの?」 そうだ。あたしも当事者だった。なに他人事してんだろ。「体調なら特に何もないかな」 石舟のアクティベートは潮時ってクロエちゃんは言ってたけど、鬼子の発現もマストアイテムなんだろうか?そうだとしたらあたしも準備しとかなきゃだ。このままだと素のまんまで石舟乗ることになりそうだ。何かブッ刺すものはっと。そうだ、夜野まひるが用意したアフタヌーンティーセットに銀製のホークあったはず。「あの……」 夜野まひるに話しかけてみる。「どうぞ。これでいいですか?」 銀製のホーク渡された。胸ポケットにそれをしまう。「でも鬼子になるのはマストでないと思いますよ」 やば、心の中読まれてるし。脳死脳死。 ピ―――――――――――――――。「前回のあの時、ユウ様は発現を乗り越えていらっしゃいました」「ほんと?」 とミユキ母さんを探したけど社殿の中にはいなかった。「外に出てったよ」 冬凪が教えてくれた。クロエちゃんが暴走を始めたから追いかけて行ったんだそう。
「お腹空いたでしょ」 紫子さんが伊左衛門に社殿の隅に置いてあった大きめのリュックを持って来させた。そして、「クロエちゃんたちも呼んでおいで」 と言った後、中からランチョンマットを出して床に敷くとその上に山のようにオニギリを盛った。「お腹空いたでしょ。たくさんあるからお食べ」 と勧めてくれる。どれにしようかと手を伸ばすとどれも海苔が巻かれていない塩ニギリだった。冬凪もあたしも海苔が嫌いなのを紫子さんは知ってて用意してくれたのかと思った。ミユキ母さんも海苔が嫌いだ。そう言えばクロエちゃんもだった。ワンチャン(死語構文)……。「伊左衛門も海苔が嫌い?」 ラップを剥がして塩ニギリにかぶりつこうとしている伊左衛門に聞いてみた。「うん。嫌い。海の匂いを思い出すから」 夕霧物語の中に、伊左衛門は海で入水を試みたけど死ねず夕霧太夫に拾われたとある。その時身体中にまとわりついた潮の匂いのせいで海苔がダメになった。つまり鬼子はみんなその記憶を持ってるから海苔が嫌い。そんな属性いらんでしょ。 塩ニギリばっかり、中には青い実をまぶした山椒ニギリもあったけど、さすがに飽きて3つまでが限界だった。冬凪はあたしの隣で、相変わらず両手に塩ニギリ持って食べ続けてるけども。ラップの量から推して10個はいってるな。 そこに夜野まひるが、「遅くなってしまいましたが、食べていただけるとありがたいのですが」 と、先ほど宿泊先のホテルから届いたというアフタヌーンティーセットを広げだした。地味で埃っぽい社殿の床が一度に花が咲いたように明るくなった。美術品のようなサンドイッチの盛り合わせとカモミールティー。おなか鳴っちゃうじゃん。「夏波さん。どうぞお食べください」 あたしのおなか鳴ってないよね。そんなに物欲しそうな顔してたか? するとミユキ母さんが、「まひるさんは人の心が読めるだよ。あんま
―――その昔、まだ世界樹がこの世を睥睨していた時代、ここには神社を守る神主一家が住んでいた。神主、その妻、年老いた母親と、幼い子供二人の6人家族だった。ある日、流れ者の野之上藤十郎という男が宿を貸してくれとやってきた。神主一家はその男をもてなしよくしてやった。ところが藤十郎という男はもっぱら盗賊として世渡りしていた男で、これまでも幾度となく押入り強盗を働いてきたのだった。ある夜、神主一家が寝静まるのを待って目ぼしいものを盗んで逃げようとした時、小便に起きてきた子供に見つかってしまう。露見するのを恐れた藤十郎はその子を首を絞めて殺したのだったが、それを今度は神主に見つけられて、進退窮した藤十郎は懐の刀で切り殺す。あとは皆殺ししかない。そう思った藤十郎は老母、妻、もう一人の子と次々に斬殺してしまう。世話になった一家を皆殺しにして神社を去ろうとした時、何処からか赤子の泣き声があ聞こえた。藤十郎が泣き声の主をさがすと、殺した神主の妻の股座に臍の緒を付けたままの赤子が泣いていたのだった。それを見た藤十郎は捨ておけなくなった。藤十郎もまた流されかけた子だったのだ。藤十郎は昔産婆に聞いた支度をすることにした。臍の緒を切るため竹を探しに森に入り、産湯の水をくみに川におり、盗んだ衣類の中から新しいものを裂いておくるみを作った。そうして支度を整えた藤十郎が赤子を取り上げようとすると、赤子が息をしていない。ゆすれど尻をたたけど息を吹き返さない。赤子は生きることが出来なかったのだった。赤子がこと切れてしまったと知った藤十郎は号泣した。救えた命を救えなかったことを悔いて泣き叫んだ。一家6人を殺しておきながらだ。藤十郎は死んだ赤子を抱いて走った。泣きながら夜を駆けた。夜空の月が新月から満月になって再び新月になりまた満月になるまで駆けた。駆けて駆けて駆け続けて世界樹の元まで来ると赤子を世界樹に掲げて言った。







