LOGIN「勝手にイッたらどうするの。許可も取らないで。
ねぇ、坊や。それでちゃんとした奴隷になれると思ってる?」
「っ、さっきと別人じゃねぇか……! あ、ぅっ……! 今イッたばっかなのに、また動かされたら……!」
「抜くだけ。抜くだけだから」
朱夏は「大げさなんだから」と呆れたようにぼやきながら、ペニバンをするりと引き抜いた。
一気に抜けていく感覚すら妙で、道赫はまたびくりと腰を震わせる。
――大げさ。
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。
初めて刃物で刺された時だって、一度も声を上げず耐え抜き、「肝が据わってる」と言われ続けてきた男だ。
それなのに、まさか「大げさ」なんて。
「はぁ……マジで、疲れた……」
「動いてたのは私なのに、なんで坊やが疲れてるの?」
道赫は数ある呼び方の中で、どうして今さら「坊や」なんだ、と抗議しかけてやめた。
今はそんなことを気にしている場合じゃない。
自
ドヒョクは鼻歌を口ずさみながら服を着た。ようやくジュハが少し心を開いてくれたようで、ほっとしていた。ちょうどもうすぐ学期も終わるというし、一緒に過ごせる時間も増えるのではないかと思うと、胸が弾んだ。もちろん、ジュハには学期が終わっても卒業制作展が残っているし、卒業したらすぐに就職するつもりだから、それほどたくさんの時間ができるわけではないだろう。それでも、今よりはずっといい。ドヒョクはそんな希望に胸を膨らませていた。彼は温かいお茶の入った保温ボトルを手に、ジュハの部屋の前で待機した。最近は毎日持ち歩いているものだった。初めのうちは見向きもしなかったジュハが、いつの間にか慣れたのか、時折自分から欲しがるようになった。それが嬉しくて、喜んで持ち歩いているお茶だった。彼はちらりと時計に目を落とした。八時半。ジュハは遅くまで部屋にいても、たいてい九時前には出てくる。あと三十分ほど待てばいいだろう。そう思いながら、彼はじっと立ったまま、ひたすら扉を見つめていた。三十分が過ぎても、部屋の中からは何の物音もしなかった。ドヒョクはもう一度時計を見た。九時五分。まだ眠っているのだろうか。気にはなったが、だからといって勝手に扉を開けるわけにもいかない。彼は携帯電話を取り出した。けれど、すぐにしまい直した。いくら彼女が気楽に接してくれるようになったとはいえ、眠っているところを起こすわけにはいかなかった。彼はさらに三十分待った。ようやく扉の向こうから、かすかに動く音が聞こえてきた気がした。珍しく寝坊したんですね。ドヒョクはそっと口元を緩めた。ジュハがこの家を居心地のいい場所だと思っているからこそ、寝坊もするのだと信じていた。普段なら、起きてから二十分もしないうちに出てくる。それほど時間はかからないはずだった。とこ
あの日以来、ジュハは少しずつ以前のように振る舞うようになった。もっとも、それはあくまで計算したうえでの行動だった。昔のように気楽に接すれば、彼も心を開いてくれるのではないか。そんな期待を抱いてのことだった。「坊や」「はい、ジュハ様」相変わらず「ご主人様」と呼ぶ許しは得られていなかったが、ドヒョクは嬉しそうに返事をした。ジュハはずいぶん、以前のように彼と接するようになっていた。「この鞄、持って。あ、本も」「はい」頻繁に用事を頼まれることからして、そうだった。ただの意地悪ではなく、本当に必要だから頼まれる用事。それがどれほど嬉しいことか。ドヒョクはいそいそと鞄と本を受け取った。少しも重くなかった。「夕食は何?」よく尋ねられることなので、あらかじめ確認しておいたドヒョクは、淀みなく答えた。ジュハは何でもないように頷き、先に歩き始めた。何でもいいから用意しろと言っておきながら、あとから突き返すような意地悪も、もうなくなっていた。彼女は以前のように、出されたものをそのまま食べた。もちろん、その間にこの家で働く者たちも、彼女の好みをかなり把握するようになっていたのだが。とにかく、すべてがほとんど元どおりになっていた。ジュハが気楽に接してくれるようになったからこそ、ドヒョクはその機嫌を損ねないよう、忠実に、そして完璧に彼女の命令に応えた。うっかり自分が一線を越え、この平穏が壊れてしまうことだけは避けたかった。「代表、姉貴、お戻りですか。どうぞごゆっくりお食事を」「はい。いただきますね」二人が食堂に入ると、皆がさっと立ち上がり、席を片づけ始めた。そんなことをする必要はないと言ってあるのに、こればかりはなかなか直らなかった。ジュハは慣れた様子で挨拶を返し、いつもの席へ向かった。そして、それ以上に慣れた仕草で、ドヒョクが引いてくれた椅子
いつの間にか、四週間が過ぎていた。ジュハが初めてこの家に戻ってきた頃を思えば、今のドヒョクはすっかり元気を取り戻していた。ジュハが家を出ていったあと、まるで死人のように痩せ細っていった男は、再び規則正しく食事を取るようになり、一日も欠かさず運動をしていた。血の気のなかった顔にも少しずつ生気が戻り、時折、口元をそっと緩めて小さく笑うことも増えた。その間も、ジュハは相変わらず目の回るような忙しさだった。卒業制作の締め切りと期末試験が迫り、徹夜する日も多くなっていた。午前二時。ジュハの作業室には、時計の秒針の音だけが響いていた。ジュハは息をするのも忘れたように、作業に没頭していた。ここ数日まともに眠れていないせいで凝り固まった首筋を揉みながら、カッターを置いた。目の前の課題はそろそろ完成に近づいていたが、頭の中は複雑に絡まり合い、ぐるぐると回りそうだった。午前二時とは思えないほど明るい照明がなければ、もっと疲れていただろう。しばらくぼんやりしていたジュハは、ふと、近くにいるはずのドヒョクへ顔を向けた。彼は一日中、ただの一度もジュハの視界を遮らない場所に立っていた。背筋をまっすぐ伸ばした端正な姿勢。少しの乱れもない眼差し。まるでジュハを不快にさせまいと息さえ潜め、ただ彼女の動きだけを見守っているようだった。そんな光景にも、もう一か月近く経つうちにすっかり慣れてしまい、ジュハは一瞬、口元を緩めた。それは自嘲に近い笑みだった。何か言ってやろうという気概は、いったいどこへ消えてしまったのだろう。忙しかったこともあるし、彼の姿を見るたびに、いつも気力が萎えてしまったからでもあった。もう、本当に時間が残されていないのに。そんなことを考えながら、ジュハは乾いてざらついた口の中を、舌で一度なぞった。もう、彼女に切れるカードもほとんど残っていなかった。「坊や」わざと淡々とした声で呼んだ。
一方、ジュハは勉強をしているうちに首が凝ってきて、席を立った。ドヒョクは反射的に背筋を伸ばし、彼女についていこうと歩き出した。ジュハの腕には、本やら何やら、こまごまとしたものがいっぱいに抱えられていた。今すぐにでもお持ちしますと言いたかったが、彼はぐっと堪えた。ただ、彼女の半歩後ろについた。扉を開けると、思いのほか冷たい風が吹き込んできた。ジュハの肩がわずかにすくむ。ドヒョクは一日中持ち歩いていた毛布を、すかさず差し出した。「だいぶ冷え込んできましたし、せめてこれだけでも……」「いい。歩きにくいから」今日も返ってきたのは冷たい拒絶だったが、ドヒョクは眉一つ動かさなかった。この程度、試練と呼ぶほどのことでもない。返事をしてもらえるだけでも、十分すぎるほど寛大なことなのだから。毛布には目もくれずに歩き出した彼女の後ろを、ドヒョクは黙ってついていった。もちろん、ジュハも彼の存在を意識していた。空気は冷たかったが、すぐ後ろを歩く彼から温かな気配が伝わってきて、どうにか耐えられた。背後から吹く風をまったく感じないのも、彼が遮ってくれているからだとわかっていた。そんなことを考えているうちに頭の中が複雑になり、足取りが少し乱れた。腕に抱えていた分厚い本が滑り、地面に落ちそうになる。「あっ!」「!」ドヒョクは素早く手を伸ばし、本が落ちる寸前に受け止めた。大きな身体が一瞬で目の前に迫り、ふわりと香りが漂ってきた。あまりにも馴染み深い香りだった。数日前、自分の下で許しを乞うていた彼の姿が、不意に頭をよぎった。こんな些細な接触で、そんなことを思い出すなんて。ジュハは首を振り、無意識のうちに口を開いた。「ありがとう、坊や」だから、これはただの癖のようなものだった。いつも彼をそう呼んでいた、その癖。
「まだああしていらっしゃるのか?」「許してもらえてないみたいだな」テギュとソンチョルは、遠くに見えるドヒョクの姿を眺めながら首を振った。ジュハが家を出ていった頃に比べれば、ずいぶん人間らしい姿に戻っていた。それでも、痛々しいことに変わりはなかった。ジュハが最後の学期を忙しく過ごしている間、ドヒョクはただ彼女のそばに立ち、ひたすらその場所を守っていたのだから、部下たちからすれば見ていて気の毒で仕方がなかった。実のところ、ドヒョク自身はそれなりに幸せそうだった。けれど、そんなささやかな幸せで満足していることが、かえって部下たちの胸に引っかかっていた。「姉貴もすごいよな……」一日中そばに立っている人間を見ても、まだ許す気になれないのだろうか。つい、そんなことを考えてしまう。身内にはどうしても甘くなるものだ。いくらドヒョクの命令でジュハに仕えているとはいえ、二人はどこまでいってもドヒョクの人間だった。「俺だったら、すぐ許しちゃいそうだけどな」「……でも、あれはさすがにひどかっただろ。守るべきプライドってものがあるだろうに、まったく」テギュとソンチョルは、あの「大惨事」が起きた日、その場にはいなかった。組織の者たちの間では、あの日は「大惨事の日」と呼ばれていた。もし二人がその場にいたなら、命を懸けてでもドヒョクを止めただろう。ジュハに何を言われようと、あんなことを起こさせるはずがなかった。もちろん、その場にいた者たちは、そんな話を聞くたびに不服そうにした。実際にジュハを目の前にしていたら、絶対にそんなことはできなかったはずだ、と。そもそも、ジュハを最優先にしろと言ったのはドヒョク自身だった。それに彼らだって、ドヒョクを止めようと精いっぱい努力したのだ。本当に。「でも、もうずいぶん長いよな……」「姉貴がいなかった頃より、顔色
「よかった……です」ドヒョクは、それ以上何も付け加えなかった。どれほど悩んで選んだのか、いくらしたものなのか、どうやって手に入れたのか。そんなことは何一つ話さず、ただジュハが気に入ってくれたという事実だけを喜んだ。自分が用意した贈り物を拒まれなかったことが、ただ嬉しかったのだ。「大切に使うね」ドヒョクは口を開きかけて、ぎゅっと唇を結んだ。その言葉があまりにも嬉しくて、ジュハが自分の贈ったものを「使う」と言ってくれたことが、少し信じられなくて。うっかり口を開けば、笑みを隠せなくなってしまいそうだった。彼はただ、結んだ唇の端を上げたまま、頭を下げた。部屋にしばし沈黙が流れた。「……もう行って」ジュハはノリゲから視線を外して言った。ドヒョクがびくりと顔を上げた。まだ、今はこれが精いっぱいなのだろう。行為を終えたあと、並んで横になって話をしていた頃を思い出すと名残惜しかったが、仕方がなかった。今はまだ、慎重にならなければならない時期だった。彼女の機嫌がすっかり直ったのかどうかさえ、確信が持てなかったのだから。彼はすぐに気持ちを立て直し、小さく頷いた。「はい」ドヒョクは扉を開けかけたところで、ふと、一番大切なことを言い忘れていたと思い出し、慌てて振り返った。ジュハは彼の後ろ姿をこっそり見ていたところだったので、少し驚き、思わず目を細めた。そうでもしなければ、驚いたことが顔に出てしまいそうだった。その表情にドヒョクはびくりとしたが、すぐに口を開いた。「あの、お誕生日……おめでとうございます……」突然の展開に、一番大切な言葉を伝えそびれていたのだ。部屋の中は、嘘のように再び静まり返った。ジュハはしばらく口を開かなかったが、やがて「うん」と短
「もう、今にもイきそうですけど」「そんなわけない」 軽い挑発のつもりだった。 平然と言い返したつもりなのだろうが、その声は少しも格好よくなかった。 思った以上に震えていたからだ。 緊張しているようには見えなかった。 それでも、その声を聞いた途端、ジュハは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。「そうですか?」 その一言が、ひどく挑発的に聞こえた。 どこまで耐えられるか試してみる、とでも言いたげに。 ドヒョクは少し意地になった。 だが、酒の入った身体は意思とは裏腹に勝手な反応を始める。 ここ数年、まともな性行為から遠ざかっていたせいかもしれない。 ――いや。 そんなものは
「まあ、この辺ならホテルなんていくらでもありますし」 この辺りはラブホテルだらけだった。 ドヒョクはジュハの言葉に、小さく周囲を見回す。 生まれながらの坊ちゃん育ちで、こんな場所に来たことは一度もない。 もっとも、今さら二人でタクシーに乗ってホテルを探すというのも、それはそれで妙な話だった。「ふーん」「手でしかしませんけど。 それでもいいなら」「……何?」 ずいぶんと肝が据わっていた。 自分より倍は大きな男に向かって言う言葉とは思えない。 世間知らずなのか。 それとも、何か根拠のない自信でもあるのか。 酒に酔っているはずなのに、その瞳だけは不思議なほど生き生きとして
ジュハは、新学期初日からかなり酒を飲んでいた。 五年制の建築学科も、いよいよ最後の後期。 卒業制作の展示会も終わり、あとは卒業論文を書くだけ。 長かった学生生活も、ようやく終わる。 そう思うと、なぜだか無性に酒が飲みたくなった。 大学生活四年半の間、ここまで飲んだことは一度もない。 建築学科は酒を飲む人が多いイメージだったが、ジュハ自身は酒を好まなかったため、そこまで飲む機会もなかったのだ。 だから、その日の彼女は珍しく酔っていた。 道で大柄な男とぶつかったとき、何も考えず軽く頭を下げて謝ったのも、そのせいだった。「謝り方にしては、ずいぶん適当だな?」 そう言われ、ジュ
ドヒョクは、その十一桁の電話番号をじっと見つめていた。 名前を登録しようにも、何と保存すればいいのか分からない。 昨夜は、酔い潰れるほど飲んだわけではない。 それでも朝になると、ようやく頭が冷えてきた気がした。 そもそも、なぜ番号を聞いたのか。 自分でもはっきり覚えていない。 あの女と、この先どうするつもりだったのか。 昨夜のことは、ちょっとしたハプニングとして終わらせればいい。 そう自分に言い聞かせながら、ベッドを降りた。 もしかすると、昨日