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ボスの密やかな秘密 ~冷酷なボスは私にだけ甘すぎる~
ボスの密やかな秘密 ~冷酷なボスは私にだけ甘すぎる~
作者: CHUE

第001話

作者: CHUE
last update 公開日: 2026-06-19 20:42:49

 ジュハは、新学期初日からかなり酒を飲んでいた。

 五年制の建築学科も、いよいよ最後の後期。

 卒業制作の展示会も終わり、あとは卒業論文を書くだけ。

 長かった学生生活も、ようやく終わる。

 そう思うと、なぜだか無性に酒が飲みたくなった。

 大学生活四年半の間、ここまで飲んだことは一度もない。

 建築学科は酒を飲む人が多いイメージだったが、ジュハ自身は酒を好まなかったため、そこまで飲む機会もなかったのだ。

 だから、その日の彼女は珍しく酔っていた。

 道で大柄な男とぶつかったとき、何も考えず軽く頭を下げて謝ったのも、そのせいだった。

「謝り方にしては、ずいぶん適当だな?」

 そう言われ、ジュハは男をじっと見上げた。

 初対面でため口か、と文句を言うには、どう見ても自分より年上だ。

 もっとも、そんなことはどうでもよかった。

 生まれてから今まで実際に見た人間の中で、

 目の前の男が一番大きくて、一番整った顔をしていたからだ。

「じゃあ、土下座でもしましょうか?」

 どう見ても酔っている顔なのに、

 目を細めて問い返す声は妙に冷たかった。

 皮肉めいた言い方でもある。

 怖いもの知らずな表情、声、態度。

 酔えば誰だってそうなるものだ。

 たとえ相手が彼だったとしても。

 ドヒョクも、自分が少し酒を飲んでいたせいで余計な一言を口にした自覚はあった。

 だから適当に流して立ち去るつもりだった。

 ――そのはずだった。

 しかし、足は動かなかった。

 目の前の女と視線が合った瞬間、

 何年も沈黙していた身体が反応を始めたからだ。

 ドヒョクもまた、ジュハと同じように目を細める。

 ジュハはその目をまっすぐ見つめ返した。

 酔っているせいか、不思議と威圧感は感じなかった。

「それで、どうしろって言うんですか?」

 ジュハの声を聞きながら、

 ドヒョクは彼女の背後へちらりと目を向けた。

 重低音の音楽が鳴り響くクラブの前。

 酔った口調や視線でなければ、

 未成年と勘違いしていたかもしれない。

 化粧っ気のない顔に、ラフな服装。

 あまりにも幼く見えた。

 周りに女と呼べる存在なんてほとんどいなかったが、

自分が思い描いていた「普通の女」とは、まるで違っていた。

 少しだけ吊り上がった目尻は、

 狐のようでもあり、兎のようでもある。

 その不思議な顔には、

 隠しきれない好奇心が浮かんでいた。

「何歳だ?」

 唐突な質問だった。

 だがジュハはすぐに悟る。

 ――この男、私を口説こうとしてるんだ。

 そんな直感が走った。

 酔っている女を甘く見ている男だと思い、

 ジュハはさらに鋭く睨み返す。

 どの口が。

 ……なのに。

 自分に興味を持っているのだと思うと、

 なぜだか男の全身を眺めてしまった。

 理由は整った顔だけではない。

 薄暗い路地で、点滅するネオンに照らされるたび、

 うなじのあたりに入った刺青が見え隠れしていた。

 ジュハはゆっくりと視線を下ろす。

 そして思わず、小さく笑った。

 四年半、勉強漬けだった彼女でさえ、

 ズボン越しにもはっきりと存在を主張するそれを見れば、

 おおよその察しはつく。

 ――普通じゃない。

 初対面の相手の前で反応してしまうなんて、

 とんでもない変態だ。

 それでも、

 少しだけ興味を惹かれた。

「……へえ」

 しかも、それで終わりではなかった。

 視線を向けられた途端、

 見せつけるようにさらに大きくなっていく。

 この状況は、ジュハにとってもドヒョクにとっても

 戸惑うしかないものだった。

 ドヒョク自身にも、

 なぜこうなっているのか理解できない。

 だが、

 ジュハもまったく興味がないわけではなさそうだった。

 彼女の視線は一点に釘付けになったまま離れない。

 露骨で、執拗な視線だった。

 ――俺も酒が入ってるせいか。

 一度抱いてしまえば、それで済む話だ

 そう思いながら、

 ドヒョクはジュハへ小さく微笑んだ。

 まだ二十代前半とはいえ、

 もう立派な大人だ。

 警戒心を解くには、

 笑顔ほど便利なものはない。

 危ない男。

 頭の中では、とっくに警報が鳴っていた。

 それなのに、

 どこか妖しく微笑むその顔を見た途端、

 心のもっと奥で「やめたほうがいい」と誰かが囁いている気がした。

 もっとも、

 彼の笑顔がそんなふうに見えたのは、

 酔ったジュハの勘違いだったのだが。

 それでも、

 そのどんな警告も、もう彼女を止めることはできなかった。

 笑った顔が――

 何十倍も格好よく見えてしまったから。

「家はどこだ?」

「教える義理はありません」

「別に家まで送ろうなんて下心じゃない」

 そう言って、ドヒョクは腕時計へ視線を落とした。

 時刻は午前一時になろうとしている。

 女と一緒にいるところを部下に見られたくはない。

 しかも酒も入っている。

 選択肢は、それほど多くなかった。

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