登入「もう、今にもイきそうですけど?」
「そんなわけない」
軽い挑発のつもりだった。
平然と言い返したつもりなのだろうが、その声は少しも格好よくなかった。
思った以上に震えていたからだ。
緊張しているようには見えなかった。
それでも、その声を聞いた途端、ジュハは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「そうですか?」
その一言が、ひどく挑発的に聞こえた。
どこまで耐えられるか試してみる、とでも言いたげに。
ドヒョクは少し意地になった。
だが、酒の入った身体は意思とは裏腹に勝手な反応を始める。
ここ数年、まともな性行為から遠ざかっていたせいかもしれない。
――いや。
そんなものは、ただの言い訳だと本人が一番よく分かっていた。
酒を飲んだからといって、こんなことは今まで一度もなかった。
組の連中が陰で「あっちの方はサッパリらしい」と噂していることも知っている。
だが、誰に対しても欲情したことなどなかった。
数年前の経験だって、ほんの些細な好奇心からだっただけ。
本当に性欲がない人間なのだとしても、それで困ることはないと思っていた。
性欲がないこと自体は、不便でも何でもない。
そのぶん他のことに力を注げばいいだけだ。
ただ、その力を注ぐ相手が少し足りなかっただけで。
結局、ドヒョクは長くは耐えられなかった。
終わった瞬間、慌てて言い訳を並べ始める。
酒のせいだ。
今日は寝不足だったからだ。
ちゃんとすれば違う。
そんなふうに必死でジュハを引き止めようとしたが、彼女は「もう帰ります」と肩をすくめるだけだった。
「頼む。
手でもう一回。
な?
今のはノーカウントだ」
その大きな身体で、どうしてこんなに情けないのか。
ジュハは少し呆れながらも、「分かりました」と小さく頷いた。
終わる前と後では、まるで別人だった。
怖そうだった刺青も。
大きな身体も。
低い声も。
もう何も怖くない。
最初は、男なんてみんなこれくらいで終わるものだと思っていた。
だが、ドヒョクがあまりにも騒ぐものだから分かった。
どうやら、かなり早くイってしまったらしい。
さっきは「何もしなければ半分くらいは保った」と言っていたくせに。
ジュハは先ほどより興味を失ったまま、どこか気だるそうに手を動かした。
その表情を見て、ドヒョクは思わず呆れる。
経験豊富というわけではない。
それでも、裸の自分を前にしてこんな顔をしていた女は初めてだった。
組にいると、男同士の下世話な話くらいは嫌というほど耳に入る。
だから、人並みに男女のことは知っているつもりだった。
どうにかして自分と寝ようとする女ばかり見てきたせいだろうか。
まるで課題でもこなすように淡々と手を動かすジュハは、妙に新鮮だった。
「……っ」
もっとも、ドヒョクにとって一番衝撃だったのは。
あんな表情を見せられても、あっという間にまた昂ってしまう自分自身だった。
……どうかしてる。
恋に落ちたような顔でもない。
どうしても一度寝たい、と欲を隠そうともしない顔でもない。
ましてや、金目当ての女の顔などなおさらではない。
それなのに、どうしてここまで身体が反応するのか。
いくら長いこと性欲とは無縁だったとはいえ、それだけが理由とは思えない。
どんな言い訳を並べても、しっくりくる答えはなかった。
「おじさん。
もう諦めたらどうですか」
ジュハは気だるそうに言った。
悪いとは思う。
けれど、ちょうどいい室温の部屋に入ったせいか、少しずつ眠気が襲ってきていた。
照明が薄暗いせいもあるのかもしれない。
ドヒョクは呆れて何か言い返そうとした。
だが、その前にまたイってしまった。
再び勃つまでほとんど時間がかからなかったことにも驚いたが、それ以上に、さっきより早かった。
「手、洗ってきますね」
そう言うと、ジュハは何事もなかったかのように洗面所へ向かっていった。
ドヒョクはぼんやりとその背中を見送り、
自分の頬を軽く叩いてみる。
夢なんじゃないかと思ったからだ。
もちろん夢ではない。
それなのに、現実味がまるでなかった。
こんなことが本当にあり得るのか。
どうしても理解できない。
一方その頃。
ジュハは冷たい水で手を洗いながら、少しずつ酔いが醒めていくのを感じていた。
……オ・ジュハ。
本当に何やってるの。
自分でも正気じゃなかったと認めるしかない。
そして、ドヒョクのことを思い返す。
危ない男だ。
何とか平然を装って、ここを出なければならない。
さっきまでとは別人のように見えたとしても、油断していい相手ではない。
そもそも、初対面の男とラブホテルへ来た時点で大問題なのだから。
「それじゃ、私はこれで。
お世話になりました」
「番号」
「……え?」
「電話番号くらい置いていけ」
ドヒョクは裸のまま大股で近づいてくると、スマートフォンを差し出した。
相変わらず大きな身体だった。
それなのに、不思議と怖くはない。
ジュハは少しだけ迷った末、電話が来ても着信拒否すればいいだけだと思い、自分の番号を入力した。
ドヒョクはその場で発信し、自分の番号を知らせる。
ジュハは着信を確認してから、ようやく部屋を後にした。
そのままタクシーで帰宅すると、彼の番号を迷わず着信拒否にする。
――どうせ、もう二度と会うことなんてない。
少なくとも、このときのジュハはそう思っていた。
「ま、待って……っ!」「ここだって言ってたよね」 ジュハが小さく呟く。 その声に、ドヒョクは嫌な予感を覚えた。 後ろを責められながら勃つはずがない。 そう思っていたのに、ジュハの手が触れた途端、彼のものは抵抗することなく熱を帯び、ゆっくりと硬さを取り戻していく。 ……反則だ。 そう言おうとした、その瞬間。 ジュハの腰の動きが急に深くなり、ペニバンの先端が奥深くを正確に突き上げた。 身体がびくりと震える。「ぁっ……!」「……あれ?」 ドヒョクの口から漏れた声に、ジュハは思わず動きを止めかけた。 本来なら、このあたりで絶望しているはずだった。 逃げるどころか、感じているのだから。 なのに、その声が妙に可笑しくて、少しだけ興味まで湧いてしまう。 彼女はそのまま腰を動かす速度を上げた。 大柄な男を相手に押し込むというのは、思った以上に体力がいる。 それでも、そんなことを忘れたように夢中で腰を振る。 ……本当にあるんだ。 前立腺って。 そんな妙な感心を覚えながら。「っ、あ……! ま、待っ……それ、ぁっ……! 違っ、ん……!」 突くたびに、まるで楽器みたいに声が鳴る。 ジュハは彼のものを握る手も止めず、そのままさらに腰を速く動かした。 少し楽しくなってきた。「ぁっ、ご主……人、さま……!」「ほら、いつもみたいに言ってみなよ。 チンポがどうとか、得意だったでしょ? 今日はさ、お尻の話でもしてみる?」 どこか年配の男が娘をからかうように、くすくす笑いながら言う。 声はすっかり楽しそうだった。 ドヒョクは呆れながらも、頭が回らない。 少し止まってほしい。 それしか言えなかった。 だがジュハには、そ
「もう一回、命令してくれます?」「うつ伏せになれって?」「はい。もう少し……色っぽく」「何言ってるの。さっさとうつ伏せになって」 期待はしていなかった。 とはいえ、想像以上に素っ気ない言い方だった。 ドヒョクは思わず吹き出しそうになる。 ……やっぱり俺のご主人様だ。 そんなことを考えながら、素直にベッドへうつ伏せになった。 まったく。 自分を知る人間が見たら、誰一人信じない光景だろう。 だが当のご主人様は、そんなことなどどうでもいいと言わんばかりに、当然のように彼の脚の間へ座り込んだ。「そのままやるつもりじゃないですよね!? 本当に裂けますって!」「ジェルあるから」 必要なものだけは妙にきっちり揃えている。 そんなことを思った直後、尻の奥へぬるりと冷たい感触が流れ込んできた。 正直に言えば。 ドヒョクはそれなりに荒れた人生を歩いてきた。 二十歳そこそこの頃、一度だけ後ろを狙われかけたこともある。 だが、それが現実になったことは一度もない。 この先も、絶対にないと思っていた。 まして敵対組織に拉致されたわけでもない。 こんな小さな女へ、自分から尻を差し出す日が来るなんて。 本気で想像したこともなかった。 ……オ・ジュハの何がそこまでさせるんだ。 そんなことを考えていても、身体だけは律儀に彼女へ従っていた。「……あー、これ。 結構、気分悪いですね。 でも分かってます? ご主人様だから我慢してるんですよ」「何言ってるの。 うるさい。 ほんと、おしゃべりだよね」 慣れない感覚のせいで、余計に口数が増える。 だがジュハは、そんなドヒョクを慰める気などまるでなかった。 彼女にも彼女なりの苦労がある。
「ちょっと待ってて」 そう言うと、ジュハは急いで買ってきたペニバンを手に取り、革のベルトへ脚を通した。 ……本当に、これで合ってるんだろうか。 そんな不安もあった。 けれど、目の前の大男を追い払うには、このくらいしないと駄目な気がした。 一億ウォンでも逃げなかった男だ。 一億どころか。 十億積んだって逃げるとは思えない。「もう一回、こっち向いて」 いつものように飄々と振り返ったドヒョクは、その姿を見た瞬間だけ表情を固めた。 もちろん。 ジュハを前にすれば、今だって身体は簡単に反応する。 だが、こんな展開は一度も想像したことがなかった。 ……効いた。 ジュハは平静を装いながらも、そんな確信があった。 そうだ。 これで逃げない男なんているわけがない。 そう思いながら、わざと少し腰を突き出してみせる。「せっかく挿れてあげようと思って準備したのに?」「うーん……」 一度果ててからというもの。 あれほど「ご主人様、ご主人様」と甘えたり、自分のを引き合いに出してジュハを振り回していた男が、まるで別人のように黙り込んでいた。 しかも。 初めて会った日から、いつだって、彼女を見れば元気になっていたそれも、今は妙に静かだった。 ……なるほど。 勃ってなくても、あれくらいあるから大きく見えたんだ。 そんな妙な感想まで浮かぶ。 ジュハは少し得意げに笑った。 ドヒョクが逃げるなら、今が最後のチャンスだ。「ご主人様は俺のこと、ずいぶん信用してくれてるんですね。 喜ぶべきなのかな」 そう言って、ドヒョクはいつもとは違う笑い方をした。 どこか危うい空気をまとった笑みだった。 ジュハが力で彼に勝てないことくらい、最初から分かっている。 今さら抵抗できるとも思
「それでも駄目そうなの?」 ヘジンは心底驚いたように言った。 駄目どころか、余計に面倒なことになるのは目に見えていた。 あの男なら、間違いなくそうなる。 お金じゃない。 もっと別の方法が必要だった。「それじゃなくて、その……性的に引くような方法とかない?」「それなら、九八・三パーセントくらいの確率で逃げ出す方法があるよ」 妙に具体的な数字だった。 だからこそ妙な説得力もある。 ……とはいえ。 あの男は、残り一・七パーセントのほうへ平気で入りそうな気もした。 普通じゃない、というのはそういう意味だ。「何?」 とりあえず聞くだけ聞いてみよう。 どうせ今のジュハには、どんな方法でも試すしかなかった。「自分が挿れる側だって言えばいいの」「……私には、ないけど」 一瞬意味が分からなかった。 だがすぐに察し、ジュハはそう答えた。 もしそういう意味なら、自分には"それ"がない。 自然と、ドヒョクのものを思い出す。 あの、とんでもなく大きかったものを。 もちろん、自分には似たようなものすらない。 何となく自分の指先を見下ろく。 ……これじゃ、どう考えても無理だ。「ペニバン使えばいいじゃん」 何それ、と聞くより早く、ヘジンはスマートフォンの画面を見せてきた。 ジュハは思わず顔をしかめる。 こんなものを脚の間へ付けたいとは、とても思えなかった。 説明されなくても用途くらいは分かる。 それくらい分かりやすい形だった。 どこか凶器みたいにも見えた。「実際にやる必要なんてないって。 これ見せて、『今度は私が挿れるね』って言うだけで逃げるよ」 そうなのだろうか。 ジュハは少しだけ心が揺れた。 そして、ドヒョ
「奴隷って呼ばれてもいいかも。そんなふうに呼ばれたら、俺のチンポ、壊れそう。」「もしかして…… マゾなんですか?」「今までは違ったけど。 ご主人様相手なら、そうなのかもしれない」「どうして私だけなんですか」「ご主人様にしか反応しないんですから」 ジュハは短くため息をつき、ひらひらと手を振った。 本当はこんな話をするつもりではなかった。 なのに、気づけば毎回こんな結論になってしまう。「とにかく。 外で『ご主人様』って呼ぶのは禁止です」「なんで? じゃあ何て呼べばいい? ジュハさん?」「呼ばなくていいです」「えぇー。 じゃあ、せめてタメ口くらい駄目?」 その図体で「えぇー」って何なの。 しかも拗ねるって。 こんなことで。 三十一歳にもなって。 ジュハは急にどっと疲れ、額へ手を当てた。 名前で呼ぶことすら難しいのに、いきなりタメ口など簡単にできる気がしない。 それでも、やらなければならなかった。 もっと無茶なことまでさせて、この男を諦めさせるつもりなのだから。「……分かった」 八歳も年上の大男へタメ口を使う日が来るなんて、考えたこともなかった。 酔った勢いで見知らぬ男と関わってしまったことはあっても、それ以外はごく普通に生きてきた人生だった。 八歳年下の小柄な女からタメ口を向けられた男は、なぜかさっきよりもずっと嬉しそうに笑っていた。「確認も終わったし。 今日はもう帰って」「えっ。 ここまでさせておいて、このまま帰れって? 人をあんなに恥ずかしい目に遭わせておいて?」「全然恥ずかしそうじゃなかったくせに。 それに、奴隷なのにずいぶん口答えするんだね」 面倒くさそうに言い
「……こんなの、本当にあり得るんですか?」「今、目の前で見てるだろ? 俺、本当にご主人様を見てるだけでイけそうなんだけど。 もうイってもいい?」 ついさっきまで、画面越しではまったく反応していなかったはずなのに。 いつの間にかすっかり元気を取り戻したそれを揺らしながら、ドヒョクが尋ねる。 ジュハは片手を上げ、短く命じた。「駄目です。 止めて、こっちへ来てください。 ビデオ通話も切って」 ドヒョクは名残惜しそうに唇を尖らせながらも、素直に従った。 二人は再び部屋へ戻り、さっきと同じ位置に向かい合う。 ドヒョクはベッドへ腰掛け、 ジュハはその彼を見下ろしていた。「それ以来、他の女の人とは試したんですか?」「俺、そんな節操ない男じゃない」 本当は試そうとはした。 ただ、結果的にそうならなかっただけだ。 だが、そこまで説明するつもりはなかった。「初対面の女の人にあんなことしてもらっておいて?」「それは、ご主人様だったから」「まだ違います。 その時は、もっと違いました」 ドヒョクは「最初に見た瞬間で分かった」と真顔で言う。 もちろん。 ジュハには、ただの戯言にしか聞こえなかった。 本人だけは至って真剣なのだが。「質問を変えます。 じゃあ今までは……不能だったんですか?」「うーん……」 ドヒョクは視線を泳がせた。 女とは距離を置いて生きてきた。 だが、自分を不能だと思ったことはない。 ジュハを想像するだけで反応するのだから、さすがに違う気もする。 そんなふうに考え込むドヒョクを見て、ジュハは「やっぱり」と口を開いた。「それは違いますよね」「まあ…… 似たようなものだったのかも」
「どう? 家族の借金は少しあるけど、学校の先生だ。 悪くないだろ?」 何が「どう」なのか。 ドヒョクはソンミンの手から酒瓶を取り上げ、自分でグラスへ酒を注いだ。 そして、一気に飲み干す。 少し酒が入れば、昨夜と同じ状態になるかもしれない。 そんな考えが頭をよぎる。「今までとはちょっと違うタイプを集めてみたんだけど?」 だが、ドヒョクの隣へ座った相手は、目を合わせることすらできず小さく震えていた。 別にここで誰かと関係を持つつもりで
ドヒョクは、その十一桁の電話番号をじっと見つめていた。 名前を登録しようにも、何と保存すればいいのか分からない。 昨夜は、酔い潰れるほど飲んだわけではない。 それでも朝になると、ようやく頭が冷えてきた気がした。 そもそも、なぜ番号を聞いたのか。 自分でもはっきり覚えていない。 あの女と、この先どうするつもりだったのか。 昨夜のことは、ちょっとしたハプニングとして終わらせればいい。 そう自分に言い聞かせながら、ベッドを降りた。 もしかすると、昨日
「まあ、この辺ならホテルなんていくらでもありますし」 この辺りはラブホテルだらけだった。 ドヒョクはジュハの言葉に、小さく周囲を見回す。 生まれながらの坊ちゃん育ちで、こんな場所に来たことは一度もない。 もっとも、今さら二人でタクシーに乗ってホテルを探すというのも、それはそれで妙な話だった。「ふーん」「手でしかしませんけど。 それでもいいなら」「……何?」 ずいぶんと肝が据わっていた。 自分より倍は大きな男に向かって言う言葉とは思えない。 世間知らずなのか。 それとも、何か根拠のない自信でもあるのか。 酒に酔っているはずなのに、その瞳だけは不思議なほど生き生きとして
ジュハは、新学期初日からかなり酒を飲んでいた。 五年制の建築学科も、いよいよ最後の後期。 卒業制作の展示会も終わり、あとは卒業論文を書くだけ。 長かった学生生活も、ようやく終わる。 そう思うと、なぜだか無性に酒が飲みたくなった。 大学生活四年半の間、ここまで飲んだことは一度もない。 建築学科は酒を飲む人が多いイメージだったが、ジュハ自身は酒を好まなかったため、そこまで飲む機会もなかったのだ。 だから、その日の彼女は珍しく酔っていた。 道で大柄な男とぶつかったとき、何も考えず軽く頭を下げて謝ったのも、そのせいだった。「謝り方にしては、ずいぶん適当だな?」 そう言われ、ジュ