ANMELDEN夜風が肌寒くなってきた。
ダルい。
でも、寒いし、お腹も空いた。
生きる上での基本的な欲求が、俺を動かした。
「帰るか…」
なんだか、とても辛いことなのに…空腹一つで行動が変わるのが、自分の心の弱さと『実際封印してきた過去なんて大したことないじゃん…』ということなのか?という何とも言えない気分になった。
家に戻ると、ちょうど夕食の準備が整っていた。
キッチンからはいい匂いが漂ってくる。リビングでは、母さんがテーブルに料理を並べていた。
父さんは相変わらずリビングのソファに座っているが、新聞を脇に置き、俺たちを見ていた。。
智絵は……少しだけ口をとがらせて、テレビを見ながら不機嫌そうな顔をしている。
食卓を囲む。父さん、母さん、智絵、そして俺と
父さんは無言で、黙々とご飯を食べている。智絵は、俺とは目を合わせようとしない。
母さんは、
「ねーねー、お母さん! しょーへーって小さい時どんな子供だったの? 超無気力だったとか?」
「翔平は昔は元気の塊みたいな子供だったのよ」
「サッカーは小さい時からのめり込んでて」 「まあ、勉強はね……脳筋だったし……」
父さんも、
「母さんからメールとかで聞いている」
「海上自衛隊の訓練で遠泳といって、丸一日休みなしで泳がされた」 「翔平のサッカーの試合は見てやれなかった……」
「少し年が離れていたので、よく面倒見て貰った」
「サッカーの試合のお兄ちゃんはカッコよかった」
「ねー、お父さん、お母さん。しょーへーのこと、なんか心配じゃないの?」
母さんが、寂しそうに言った。
父さんも、何も言わないが、その表情から心配しているのが伝わってくる。 「智絵ちゃんは? 兄貴のこと、どう思ってるわけ?」
「別に……どうも思ってないし」
「うっそだあ! さっき、兄貴のこと嫌いって言ってたじゃん! ……高校の時は輝いてたのにって!」
智絵はそう叫ぶように言うと、再び口をつぐんだ。
その時、智絵が、おそるおそる顔を上げた。
そして、俺の目を見て、小さな声で尋ねた。 「……兄貴……大丈夫……?」 その言葉に、俺は胸が詰まった。 智絵の冷たい態度は、心配の裏返しだったのか。 俺の無気力さを見て、大丈夫かと心配してくれているのか。俺は、智絵の目を見つめ返した。
さっき、公園のベンチで、過去の痛みと向き合ったこと。 そして、「でも……自分の人生、自分の決断に、ちゃんと……責任を持とう、と思う」
逃げるのは、もうやめよう。
過去も、今も、そして未来も、自分のものとして受け止めよう。 そう、心の中で決意した。 俺の言葉を聞いた智絵は、少しビックリした顔をした。 そして、ふっと、口元に微かな笑みを浮かべた。 それは、さっきまでのとがらせた口元とは違う、安堵のような、納得したような笑みだった。「……そっか」
智絵はそれだけ言うと、再びご飯を食べ始めた。
でも、その表情は、さっきよりずっと穏やかになっていた。 俺が智絵と、そして自分自身と向き合った、その瞬間だった。「えっ、また!?」
(……どういうことなのか……?)
この「ラリった世界」は、俺と
「ねえ、お兄ちゃん」
智絵の顔は、もうさっきの冷たさはなく、ただの妹の顔だった。
「……じゃあさ、絵も……再開するの?」 智絵の言葉に、俺は固まった。絵。
サッカーと同じように、挫折して、逃げて、心を閉ざしたもう一つの過去。
俺は、言葉に詰まった。 サッカーの挫折は、吹っ切れなくても、自分の決断に責任を持つ、と心に決めた。 でも、絵は……? 過去の別のトラウマが、まだ心に引っかかっている。「それは……」
俺は、ごまかすように視線を逸らした。そして、立ち上がった。
「ちょっと、部屋にいる」
俺は、
絵を描くこと。過去に向き合うことの、もう一つの試練。
部屋に入り、扉を閉めた。
壁に貼られたサッカーの賞状が、俺の過去の栄光と挫折を雄弁に物語っているようだった。 そして、部屋の隅には、埃を被ったスケッチブックが置かれている。 ダルい。 でも、(26/108)
近くの……と言っても、周囲の喫茶店はライブ参加者で埋まっていた。 結局駅前まで移動して、落ち着いた雰囲気の店に入った。 入り口前で奥さんはどこかに連絡していたが、すぐに合流し、店の奥にある席に五人が座る。 俺、羅璃、宮司、奥さん、そして女子高生。 これは一体何の集まりだろうか? 緊張する俺とは対照的に、羅璃は楽しそうに周囲を見回している。 仏頂面していた宮司さんを、奥さんが肘で軽く小突いた。 宮司さんは帽子とサングラスを外し、開口一番、深々と頭を下げた。「この度は、さくらのことで済まなかった」 その言葉に、俺は恐縮して身を縮める。 宮司さんは顔を上げ、羅璃のほうをちらりと見た。「羅璃殿の存在は、いまだに信じられないことだ。 神職に就いてから、あそこまで周囲に認識させるほどの存在を持つ事象に遭遇したのは、生まれて初めてでな……この退魔を成し遂げたなら歴史に名を残せるかと、その功名心に抗えなかった。我ながら、恥ずかしい限りだ」 宮司さんの言葉は、率直な反省の言葉だった。 だが、羅璃はそんな宮司さんを茶化すように言った。「寝食忘れて神職ついて……今日はこの前のリベンジか?」 なんかラップ?ダジャレ入れてる……怒っているというより面白がっている様だ。 宮司さんは、何とも困った顔をして沈黙する。 どうでもいいけど、パーカーのぶかぶかパンツは今回用に用意したのかもしれないが 似合ってないな……と少し前の自分を差し置いて思ってしまった。 ただ、場に合わせようと必死に宮司さんが用意したのだと思うと、ちょっと微笑ましい。 あの時の宮司としての正装を身に着けて威厳を持つイメージからは想像できない。 そんな宮司さんに代わって話し始めたのは、こ
サークルのゲーム制作も順調に進み、俺は背景画のデザインに集中していた。 羅璃の助言と、皆に必要とされているという感覚が、俺の「ダルい」という感情を薄れさせ、代わりに充実感を与えてくれていた。 そんな中、ミサト先輩から次のライブのチケットを渡された。 俺と羅璃の物語を歌った新曲が披露されると聞き、心からライブを楽しみにする自分がいた。 ◇ そして、遂にライブ当日になった。 会場は前回と同じ、三軒茶屋のライブハウスだった。 前回は初めてのライブハウスに圧倒され、ただ呆然とするばかりだったが、今回は少し違った。 慣れというのは恐ろしい。 開場時間に合わせて到着すると、すでに多くのファンが列をなしていた。 今回は先輩達「白い堕天使」がトリという事で、他のバンドも観る余裕があった。 俺は体力がないので、後ろの方でドリンクをチビチビ飲みながら、様々なバンドの演奏を聴いていた。 どのバンドも熱気がすごくて、観客もそれぞれのバンドに熱狂している。 羅璃は、最初から全力で最前列に行ってはしゃいでいた。 赤い瞳を輝かせ、頭の角を揺らしながら、全身で音楽に乗っている。 彼女こそが、このライブハウスの熱狂を体現しているようだった。 ミサト先輩達のバンドの出番が近づくと、会場の人が増え始めた。 俺は、ドリンクを片手に、人の波を眺めていた。 その中に、ふと、慣れない感じのサングラスにキャップを被った中年の男性と、場違いな気品を纏った女性がいることに気づいた。 その二人は、明らかにこのライブハウスの雰囲気に馴染んでいない。 不思議に思って見ていると、サングラスの中年男性が、不意にこちらに気付き、あっという顔をした。(あ……宮司さん……!) 俺は、一瞬でその男性が天宮司さんのお父上、宮司さんであることを悟った。 普段着でもないだろう……パー
春に向けて、俺は課題やレポートも、羅璃のスパルタ管理が無くとも何とかクリアできるようになった。以前の俺なら考えられないことだ。 まあ、ギャーすか言われなくても羅璃がいるだけで緊張感があるのは良いことだ…いなくなったら…は考えない様にしようと思う。 学年末の単位は修得し終わったので、しばらくは、コンビニのバイトとサークル活動に集中することにした。 大学構内では天宮司さんには会えなくなっていたが…ミサト先輩から、ライブに向けてバンド練習に集中していると聞いた。彼女も自分の夢に向かって努力しているのだ。 俺のデザイン作業は一段落していたが、寺社杜さんの勧めもあって、パソコンを使ったグラフィック作業を手伝うことになった。 授業で必要な安いラップトップPCは持っていたが、グラフィックツールなど使ったこともなく、正直困惑した。 だが、寺社杜さんが、無料で使えるCGツールを教えてくれて、その使い方まで丁寧にレクチャーしてくれた。彼女は、いつも静かでミステリアスな雰囲気だが、教えるのはとても上手だ。 と言っても、初心者すぎる俺にできることは限られていた。 球体に百目(ヒャクメ)の絵を描いて貼り付けたり、背景の羅生門の絵を切り抜いたり、色を調整したりといった、比較的機能を覚えずに済む簡単な作業がメインだ。 それでも、自分の描いた絵が、ゲームの中で動くと、とても新鮮で楽しかった。 羅璃が画面の中で跳ね回るのを見ると、自分が作ったものが、本当に「生きている」ような感覚になる。 羅璃は、出来上がるゲームをプレイしながら、文句を言う係だった。「会長、これ、もっとこうしろよ!」「あれが足りない! これ、できないの!?」 山本会長に、あーしろこーしろと好き放題言っていた。 会長は、羅璃の意見に怒りもせず、真剣に耳を傾け、取り入れられるものは取り入れたり、技術的な限界を説明したりしていた。 …その姿を見て、俺は少しだけ胸の奥がチクリとした。
サークルのゲーム制作も順調に進み始めた。 羅璃は、画面の中で走ったりジャンプしたり、謎の玉を出したりと、コントローラーで自由に操作できるようになっていた。 より完成度が上がり、画面内を動き回れるようになったキャラを操作しながら羅璃は大喜びだった。 俺は素人なので、よくわからないが、ゲームの開発はとても大変で特に3Dは時間も人手もかかると言っていたのを聞いていたので、こんな少ないメンバーで本当に大丈夫なのだろうかと思っていた。 ところが、ほんの数週間で画面にキャラが出て動くなんて、ちょっとした衝撃だった。 何せ俺の場合、羅璃のキャラクターのデザインだけで結果1週間くらいかかっていた気がするからだ…… 中村山くんの話では、既存のライブラリを組み合わせているから、そこまで大変ではないという。 寺社杜さんも、アニメーションはライブラリを使っていると言っていた。俺は、まだその「ライブラリ」というものがよく分からなかった。 羅璃が「ゲームの作り方よく知らないけど、図書館がどうしたの?」 と質問すると、中村山くんは、世界中で作られているゲームの絵や音楽、プログラムを、基礎的な部分でデータベースとして共有し、効率化しようという仕組みがあることを教えてくれた。 それは「ライブラリ」と呼ばれ、より大きな枠組みでは「ゲームエンジン」と呼ばれるらしい。 一介の大学生が数名でゲームを作れる……すごい時代になっているのだと思った。 そして、何かその共有して助け合う流れは、羅璃が言っていた「他人に必要とされたい」という承認欲求や、「社会性において役に立つ機能」という内容にも通じるように思えた。 羅璃が、サンプルを操作しながら、何気なくポロっと言った。「これ、撃てるやつはたまに転がしたり跳ねたりしたら面白くない?」 その一言に、山本中会長の目がキラリと光った。「なるほど! 確かに、箱
翌日、コンビニのバイトに入ると、高橋先輩が飛んできて、俺の手を取った。「ありがとう、翔平! サクラから連絡があって、次のライブの参加の許可が貰えたって! 潟梨君のお陰だって!」 高橋先輩は、大はしゃぎだ。「いやぁ~当事者というか主催の私が行っても火に油と思って、この件に関しては本当に絶望的で藁にも縋る気持ちでお願いしたんだけど……まさか本当に解決するなんて!一体どんな魔法使ったの?」「いや、俺は何も……全ては羅璃のお陰です」 俺がそう言うと、高橋先輩は羅璃の方を向いた。「きゃー、羅璃ちゃん、ありがとう!!サクラに聞いたけど 大活躍だったんでしょ!?」「そーなんですよ、ミサトさん〜! サクラのお父さん、怖い人で〜」 羅璃は、大袈裟にそう言って、高橋先輩の胸に頭を埋めている。「やーん」と、高橋先輩は嫌がっているのか喜んでいるのか分からないような声を上げた。 佐藤店長が、呆れたようにこちらを睨んでいるので、俺はすぐにシフトに着いた。 ◇ しばらくして休憩時間になり、高橋先輩にまとわりついていた羅璃から声が掛かった。「翔平、来て見て!びっくりだよー!」「何?」 羅璃が、徐に高橋先輩から一枚のプリントを受け取り、俺に差し出した。「次のライブ決まったって言っただろ? 君たちの曲作ってみるって話……したじゃん?」 少し頭を掻きながら高橋先輩が言う。「……はい?」 確かにそんなことを言っていたような…… 俺は、プリントされた紙を受け取った。それは、歌詞だった。 読み進めていくとそれが、俺が羅璃と出会ってからの物語であることが一目で分かった。 ------------------- タイトル:彩(Color o
天宮寺さんの家庭(社務所)訪問は、羅璃の思わぬ介入と宮司の誤解により波乱の展開を迎えた。 最終的には羅璃の逆転と翔平の真剣な訴えによって、宮司から解放され事態は収束に向かった……まあ、結果的に勝手に帰ってきてしまったが…… 社務所を後にして、羅璃と共に帰る道すがら、俺は羅璃に話しかけた。「羅璃、ありがとう」「何だよしょーへー、改まって」 羅璃は、いつものようにケラケラと笑いながら言う。「今日は……感動した」 俺は、本当にそう思った。宮司の圧倒的な威圧感と、羅璃を「浄化」しようとした時の恐怖。あの状況で、羅璃は、俺の想像を遥かに超える行動で、事態を収拾してくれた。「羅璃が何者なのか、気にしても仕方ないって俺は思ったんだ。ありのままの羅璃を受け入れようと……」 羅璃は、少し目を細めて、俺の言葉を聞いている。「出会った時、羅璃は俺の中から出て来たって言ってたよね。 確かに、羅璃を縛ると言った文様は、俺の煩悩だったのかもしれない」 羅璃の身体に刻まれていた文様。 そして、俺の煩悩が解消されるたびに、それが薄れていく現象。 羅璃の言葉は、その整合性を保っている。「でも、今日の大見得を見た時思ったんだ。 俺はそんな知識持ち合わせてないし、圧倒的に知識も判断材料も、羅璃には敵わない」 宮司の繰り出した神術。 そして、それをあっさり無効化し、さらに論破してみせた羅璃の知識と力。 そんなもの……。「そんなモノは俺の中には無かった……なら、羅璃は何処から来たのか……っていう疑問が、今日、ものすごく強くなったん







