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・Chapter(4) 穴場で旨い店

last update Last Updated: 2025-06-19 21:12:46

エアコンの点検が終わると、瑞穂ら三人は、和田マネージャーが言っていた「穴場でうまい店」で、ランチを食べる為、ひとまずマンションを出た。

五月とはとても思えぬ、陽炎《かげろう》が立ち上る炎天下の中、瑞穂と古田の二人は汗を拭いながら、先頭を歩く和田マネージャーの背中を追いかけていく。

「いやぁ、一時はどうなる事かと思ったけど、何とか話がまとまって良かったよ」

先導する和田マネージャーは、横目で後ろの瑞穂と古田に目をやると、安堵の息をついた。

「いや、俺が何とかしたんですよ。

その辺はある程度、感謝してくださいよ」

その和田マネージャーの弁に対し、古田がポケットに手を突っ込みながら、言葉をぶつける。

「だから、言ってるだろ、カツアキ。

タダでそうしてくれ、とは言わないって」

和田マネージャーは苦笑すると、視線を前方に戻し、再び瑞穂と古田の二人を引き連れて歩いた。

目の前に、瑞穂がいつも通勤で利用している最寄り駅が見えてきた。

和田マネージャーは、その駅を通り過ぎると、先程待ち合わせをしたドトールも通り過ぎ、高架に沿って、ただひたすらに歩いていく。

「和田さん、どこまで歩く気ですか?

俺も次の仕事が午後に入ってるから、あんま車から離れると、ちょっと……」

「ここだ」

高架下を利用した駐輪場を通り過ぎた後、和田マネージャーは歩くのをやめ、振り返り、古田に対して言った。

アンティークショップのような門構え、ツタまみれの外観。

「親父の隠れ家」という、女性には入りづらい屋号。

高架下であるからか、どこか薄暗い雰囲気の店内。

「ココ……、なんですか?」

その様相に圧倒された瑞穂は、おそるおそるといった感じで、和田マネージャーに対して訊いた。

「そうだよ」

「こんなトコロに、お店があったんですね……」

「あっ、高畑さん。知らなかった?」

「スーパーと逆の方角ですから、この辺はあまり通らないんです。

ってか、ココがそういう店だって、今まで知らなかった……」

「そういう店なんだよ。

見かけはご覧の通り地味だけど、味は絶品のダイニングバーだよ。

ホント、おいしいから。

俺、この店の支店が地元にあった時、記念日とか年末によく行ってたモン」

言い終えた後、和田マネージャーは引き戸を開ける。

「いらっしゃいませ」

それと同時に、40代前後の女性の温かみのある朗らかな声が、さざ波のように店内に響き渡った。

·

「1時に3人で予約してる、和田。

ちょっと早いけど、いい?」

和田マネージャーは三本指を立て、先程出迎えの言葉を述べた、女性に訊く。

「大丈夫ですよ、どうぞ」

ウェイトレスである女性は笑顔で返答すると、和田マネージャーら三人を奥のテーブル席へと案内した。

外観の雰囲気とは違い、店内は思った以上に小綺麗な感じであった。

王族の寝室を思わせる、モスグリーンを基調とした壁。

ニスが塗られ、ピカピカに磨かれた、パイン材のテーブル。

高架下という立地である為か、陽光が入りにくく、電球のみで照らされた店内は、薄暗いの一言そのものではあったが、それが「隠れ家」という屋号を一層際立たせていた。

「先に、お飲み物をお訊きしてよろしいでしょうか?」

テーブル席に三人が座るなり、ウェイトレスが笑顔を保ったまま、注文を促す。

そのウェイトレスの言葉に、瑞穂はオレンジジュース。

和田マネージャーと古田はジンジャーエールを注文すると、ウェイトレスは「かしこまいりました」と頭を下げ、颯爽とテーブル席から歩き去っていった。

「さて」

ミントの香りが漂う紙おしぼりで手を拭きながら、和田マネージャーが意気込んだ様子を見せる。

「何かしら興味を持ったのがあれば、頼んでみてよ。

この店、何を頼んでも、基本ハズレがないからさ」

「ホントですか?」

古田は訝しげな表情を見せると、テーブル脇に置かれていたメニューを二つ手に取り、その内の一つを向かいの瑞穂へと手渡した。

「あっ、高畑さん」

瑞穂がメニューに目を通すと同時に、和田マネージャーが言葉をかけてくる。

「はい」

「その、2ページ目に載ってる、『ホタテたっぷり・ウニのクリームソースパスタ』って、美味しいよ。

俺、この店に来る度、絶対にそのパスタを頼んでるんだ」

「へぇー、じゃあそれにしようかな」

「でさ、バケットも一緒に頼むんだ。

そんで、残ったウニのクリームソースをバケットで拭い取って食べるのも、また格別なんだよ」

「じゃあ、それにしてみます」

瑞穂は、笑顔で頷く。

「で、お前は何にするんだ?」

次に和田マネージャーは、向かいの瑞穂から隣にいる古田へと視線をうつす。

「何にしましょうかね……」

古田は首をかしげたまま、次の句を述べない。

「和田さん、俺にも何かオススメないですか?」

そして、数十秒の沈思の後、古田は横目で和田マネージャーを見据え、訊いた。

「あっ、それうまいぞ。

牛ほほ肉の赤ワインソース仕立て」

和田マネージャーは身を乗り出すと、古田が持っているメニューを指差しながら、答える。

·

「俺、ガッツリ食いたいんですよね……。

それも頼むとして、ご飯系で何かオススメないですか?」

抑揚を欠いた平淡な声で古田は言葉を返すと、眉根を寄せながらメニューを凝視する。

その様子から、どうやら和田マネージャーの提案は、古田の意に添わなかったようだ。

「やれやれ。ちょっとメニュー貸せや」

和田マネージャーは肩をすくめると、古田からメニューを奪い取り、常連らしく慣れた手つきでページをめくっていった。

「あっ、これうまいぞ。

とろーり半熟玉子の乗ったガーリックチャーハン。

俺、これも来る度に結構な頻度で頼んでるしよ」

「和田さん、勘弁してくださいよ。

俺、この後にまだ仕事があるんですよ。

ニンニクの匂いをさせたままで、人の家なんか上がれませんよ」

思慮を欠いた和田マネージャーのオススメに、古田は思わず苦笑いを浮かべた。

「ワガママな野郎だな……」

和田マネージャーは小さくため息をつくと、メニューのページを駆け足でめくっていく。

「じゃあ、これはどうだ?

どて焼きたっぷりのオムライス。

これ、トロトロに煮込んだ牛すじに、チーズがかかっててよ。

カロリーはクソ高いと思うんだけど、結構やみつきになる味だぜ」

「おっ、いいっすね。じゃあ、それにします」

ようやく、自身の琴線に触れる一品を紹介してもらったようで、古田は柏手を叩く事で喜びを表現した。

「あっ、でも……」

しかし、懸念材料が道路を突っ走る黒猫のように頭をよぎったらしく、古田のその顔がにわかに曇る。

「それ食うんだったら、さっきの牛ほほ肉の赤ワインなんちゃら、いらないっすね。

肉、肉になっちゃいますから。

残念だなぁ、赤ワインとか洒落た事を書いてるから、ちょっと興味があったんだけど」

「興味があるんなら、牛ほほ肉頼めばいいじゃねえかよ、カツアキ」

和田マネージャーは顔を上げ、メニューから古田に視線をやる。

「……えっ?」

「みんなで、食えばいいだろ。

何も、一人で全部食う事はねえんだからよ。

一口か二口食って、後は俺ら二人に任せりゃいい話だろ」

「あっ、それやっていいんっすか。じゃあそうします」

ゲンキンなもので、古田は少年のように満面の笑みを浮かべた。

「牛ほほ肉もうまいから、出来れば皆に食って欲しいからよ」

その古田の様に和田マネージャーも釣られて笑うと、「すいませーん」という言葉と共に小さく手を上げ、先程のウェイトレスを呼んだ。

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